今月のコミックライドアイビー本誌でのコミカライズ「比翼」はお休みです。各電子書籍サイト様では5話の配信が始まりましたので、単話配信が本誌掲載に追いつく形になりましたね! ライコミ様での分割掲載も5話②まで来ているので各媒体ほぼ足並みが揃った形です。お好きな媒体で末永く推していただけたら嬉しいです。
「本誌掲載がお休みならSSもお休みか」とも思ったのですが、安崎、個人的にお題縛りと化しつつあるこのSSを書くのが楽しみでもありまして。「お休みならば『休』をお題に書けばいいじゃないの!」となったので今月もSSがあります。どうぞお付き合いくださいませ!
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【一寸の退魔師にも五分の休憩】
「黄季、そろそろ休め」
不意にかけられた言葉に、黄季は思わず顔を跳ね上げた。
「え、でも……」
「顔色が悪い。一度仮眠を取った方がいい」
いつになくドタバタと騒がしい、泉仙省大部屋の一角でのことだった。積み上げられる一方で片付くことがない書類達を多忙な先輩達に代わってせっせと片付けていた黄季は、目の前に立ち塞がった氷柳を見上げてシパシパと目を瞬かせる。
「どうせ待機していても、今すぐ私達にお鉢が回ってくることはない」
「それは、……そうかもですけども」
氷柳の言葉に答えながらも、黄季は忙しなく人々が行き来する大部屋の中へ視線を走らせる。
事の起こりは、一週間ほど前のことだった。元々は泉部ではなく仙部の方に持ち込まれた案件であったという。
曰く、犯人の姿が見えない、ちょっとした嫌がらせが頻発しているのだという。
誰かに背中を押された。足を引っ掛けられた。確かにその感触があったのに、周囲には誰の姿も見えない。
風がない部屋の中で唐突に風が吹き荒れて書類がバラバラになった。儀式用に用意されていた装束の色が唐突に変わってしまった、等々。
人命に直接関わることはないが、摩訶不思議でそれなりに困るという、何とも『微妙』としか言いようがない被害が、この十日ほど、王城中で連続して発生しているのだという。
そんな実に『微妙』な、……少なくとも、妖怪を相手に日頃命がけの退魔に臨んでいる泉部の退魔師が駆り出されるような案件とは思えない一件に泉部全体が巻き込まれているのは、被害がついにお偉方にまで及んでしまったからであるらしい。
──さすがに長官が宰相様に呼びつけられたとあっては、ねぇ……
チラリと視線を部屋の片隅に向けると、いつになくやつれた慈雲が周囲に集まっては散開していく部下達に次々と指示を投げていた。澱みのない差配は常のキレを失ってはいないが、慈雲も慈雲で限界が近いことはその顔色からして明らかである。
──なんだったっけ? 議場で会議中だった宰相様の衣が突然色を変えて、それをからかうみたいに笑い声が周囲に響いたんだっけ?
風の噂で聞いたところによると、被害に遭った宰相は『妖怪ごときに恥をかかされた』と激怒し、遅々として解決の兆しを見せない仙部を見限って泉部へ早急な解決を命じたらしい。『イタズラ好きな狐狸でも入り込んだんだろ』と気にも止めていなかった慈雲は、いきなり御前に呼び付けられてさぞや泡を食ったことだろう。
──多分長官、『んなくだらねぇことに泉部を巻き込むな!』とか内心で思ったんだろうな……
とはいえ、そこは宮仕えの悲しいところと言うべきか、権力者の我が儘に楯突くと後々面倒事に巻き込まれかねない。
泉仙省はいわば特殊技術職の集団で中々替えが利かない存在であるわけだが、その割に他の官職と比べると権力的な地位は低い。特に当代の泉仙省泉部は長官である慈雲が異例の若さでの就任かつ平民出身ということもあり、他部署……特に貴族が集まりがちな三省六部からの当たりは中々に強いのだという。
というわけで、泉部は王城に迷い込んだ狐狸(仮)退治に全面的に駆り出されることになった。とはいえ、日々都の呪術的な治安維持を担っている泉部にそんな些事にかかずらっていられる余力は本来ない。結果、泉部はないはずの余力を無理やり捻出するためにここまでドタバタと慌ただしいことになっている。
──さっさと解決させたいなら任せて放置しておいてくれればいいのに、宰相様も度々『進捗報告』って長官を呼びつけるから、余計にこっちの余力が削れてくんだよなぁ……
慈雲がいつになくやつれているのは、間違いなくそのせいだ。恐らく慈雲は、この一件に巻き込まれてから碌に寝れていない。
「でも、長官を始めとした先輩方がキリキリ働いている中、一番下っ端の俺が悠々と休むのは……」
そんな状況を横目で眺めつつ、黄季は控えめに氷柳へ内心を訴える。対する氷柳は黄季がこう答えることを予測していたのか、軽く腕を組むと小さく溜め息をついた。
「問題ない。この状況はすぐに打破される」
「え?」
「見ろ」
氷柳の端的な指示に、黄季は思わず反射的に氷柳の視線の先を追った。さらにそこに見知った、だがこの大部屋では見るはずがない姿を見止めた黄季はわずかに目を瞠る。
──煌先生?
そこにいたのは、貴陽だった。
常ならば杖先が床を探る音と杖に結わえつけられた小鈴の音が貴陽の来訪を知らせてくれるが、今の貴陽の手元にはその杖の姿がない。それでも貴陽は呪力の流れと音だけで周囲の様子を把握できているのか、滑るようななめらかさでスルスルと大部屋の中を進んでいく。
貴陽が進む先にいるのは慈雲だった。慈雲の方は珍しいことに貴陽の登場に気付けていない。恐らく積もり積もった疲労と寝不足のせいで感覚が鈍っているのだろう。
──それに加えて、報告に来てる双玉比翼が、長官の気を引いてる?
黄季が見つめる先で、貴陽はあっさりと慈雲の背後を取った。
さらに貴陽はスッと腕を伸ばすと、躊躇うことなく慈雲の首筋に己の指先を押し当てる。その時になってようやく背後に立つ貴陽の存在に気付いたのか、慈雲は驚きに声を上げながら貴陽を振り返った。だが完全に体が貴陽に向き直るよりも、体勢がガクリと崩れる方が早い。
「え」
そんな慈雲の体を、双玉比翼が受け止めた。揃って慈雲の顔を覗き込んだ三人は、それぞれ頷き合うと意識を失ったらしい慈雲をどこかへ連行していく。
「え、え?」
「今回は回りくどいことをせず、首筋に麻酔針を叩き込んだか」
「はい?」
「これは相当ご立腹だな」
目の前で起きたことに理解が追いつかない黄季は、目を白黒させながら一行が退出していった先と氷柳へ交互に視線を向ける。一方氷柳は、どこか感心した風情で慈雲が連行されていった先を眺めていた。
──もしかして煌先生、長官を無理やり休ませるために一服盛った!?
貴陽は泉部と懇意な呪術医官だ。同時に、この国の全域に通じる情報網を持つ煌家の当主でもある。泉部が巻き込まれたゴタゴタの詳細も、慈雲が置かれた状況も、貴陽はとうの昔に把握できていたのだろう。
慈雲の体調に一際うるさい貴陽だ。それでも慈雲の立場と性格を鑑みて口出しを控えていたのだろうが、あまりにも無茶を重ねる慈雲を前に我慢の限界に達したらしい。
言葉で説得しても慈雲が折れないことは分かりきっているから、一服盛ることにした。その潔さというか、割り切りの良さは、さすが慈雲の無二の相方と言うべきか、何と言うか。
「貴陽が動いたならば、宰相もしばらくは静かになる」
「え」
「いかに柳家の権力者とはいえ、煌家当主……というよりも、『煌貴陽』を敵に回したくはないだろうからな」
「……え?」
『それはどういう意味ですか』と思わず問いただしそうになったが、黄季が言葉を紡ぐよりも氷柳がひたと黄季を見据える方が早かった。常よりも若干仄暗さを感じる視線に思わず黄季が表情を引き攣らせると、氷柳は黄季を見据えたまま淡々と唇を開く。
「さて。方法は違うが、実は私も貴陽と似たようなことができる」
黄季の耳で聞いても『常よりも淡々としている』と断定できる口調で黄季に言葉を向けた氷柳は、最終通告と言わんばかりに言い放った。
「ああされたいか?」
その通告に、黄季は思わずブンブンと全力で首を横へ振った。
氷柳のことだ。恐らく薬や物理ではなく退魔術で、ということになるのだろうが、『やると言ったらやる』という部分では間違いなく貴陽と通じるものがある。むしろ『一般常識』というものに疎い分、氷柳の方が思い切りがいいに違いない。
──いや、怖すぎる!
「では、己がどう振る舞うべきかは、分かるな?」
氷柳から無表情のまま圧をかけられた黄季は、愛想笑いを浮かべながら手にしていた書類をそっと卓へ置いた。そのままスッと卓からも離れると、氷柳はわずかに顎を引く。
「簡易休憩室に行くのが気まずいならば、長官室の横の部屋を使うといい」
「え。そこって、長官の私的な休憩室なんじゃ」
「慈雲はしばらく帰ってこない。私もそこで休むならば、文句を言ってくる輩もいない」
「え。氷柳さんも一緒に来るんですか?」
「見張り役も兼ねてな」
「あ、はい」
『逆に休まるかなぁ、それ』とさらに表情を引き攣らせながらも、黄季はギクシャクとその場を離れる。その後ろを悠然と氷柳がついてきているのは、気配を読まなくても分かった。
そんな師弟のやり取りに気付いていない周囲は、いまだにガヤガヤと騒々しい。
泉部に平和が訪れるのは、まだまだ先の話である。
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・コミカライズ公式HP
https://www.ivy.comicride.jp/detail/hiyoku/・角川ビーンズ文庫特設ページ(第1話の冒頭が試し読みできます)
https://beans.kadokawa.co.jp/blog/infomation/entry-5854.html・ライコミ様作品ページ(現在は第4話①まで無料!)
https://comicride.jp/series/de1f0152b002d・小説書籍版公式HP
https://beans.kadokawa.co.jp/product/series268/322308001198.html