第4夜「……のために」
私の妻は少し神経質だと思う。
ちょっとの汚れでも気になって仕方がないみたいだし、服やコップ、歯ブラシなんかの定位置から少しそれらを動かしただけで、すごく文句を言ってくる。
けれど、私がそれを指摘すると決まって、
「あなたがずぼらすぎるのよ」
とまた怒られる。
そんな私でも、妻に指摘されてから、どうしても気になって仕方がなくなったことがある。
夜決まった時刻、午前2時になるとどこからともなく、音楽が流れてくるのだ。
初めに気づいたのは妻で、目の下にクマを作って、思いつめたように朝食を食べているときに私に、
「ねぇ、夜に音が聞こえてくるの……」
と話してくれた。
その音、より正しくは、妻によれば、何とかのためにとかいう曲らしいのだが、その曲をどうやら妻はどことなく不気味に思っているらしい。その上、それを深夜に聞くわけだから、不気味を通り越して恐怖を感じているらしく、寝不足で日を追うごとに元気がなくなってきている。
最初の内は、また妻の神経質だと思っていたのだが実際に、夜その時刻に起きてみると、なんだかメロディのある音が聞こえて来るし、しかも、どうやら毎日鳴っているようで、最近ではピンポイントで私も起きてしまい、その曲を聴く羽目になっている。
家の中に思い当たる節もなく、外から聞こえてきているのだろうと思って、家の外に出てみたこともあるが、外に出るとふっと音がしなくなる。
だとすれば、やはり、家の中になってくる。
そう思い、音の源を探すこともしたが、どこの部屋からも大きくはないがはっきりと耳に音が届く。
心霊的な何かと気に病んで考えたこともあるが、今住んでいるこの家は、つい昨年買った新築の一軒家で特に謂れわないはずだ。
そんなことを一通りふらりと訪ねてきた甥に今話し終えたところだった。
「ははあ、それじゃあ、家の見取り図みたいなのってありますか?」
私が話し終えるとすぐに、頭をかきながら甥はそう言ってきた。
どうしてそんなものをと思いつつも、戸棚の奥からそれを引っ張り出して、甥に手渡す。
「なるほどねぇ。こっちですよこっち」
そう言いながら、どんどんと家の奥に入って行き、押し入れを開けてものを取り出し、あろうことか、押し家の奥のベニヤ板を拳で突き破った。
「おいおい!」
前々から変わったやつだなとは思って、まさか苦労して手に入れた新築の家に穴を開けられるとは。
「まあまあ、そう言わずに、これが音の原因ですよ」
そう言って甥が見せてきたのは、金髪の少女の人形だった。
そして、甥はその人形の腹の部分をぐっと押した。
すると、毎晩深夜2時に聞く、あの、何とかのためにとかいう曲が流れ出す。
「いやあ、見取り図を見ると家の中心付近に空白があるんですよ。でね、もしかするとと思ったわけですよ」
確かに家の中心であれば、どこの部屋から聞こえて来るのにも説明がつく。
「まあ建築の際にどっかから紛れ込んだんでしょうね」
少し薄気味悪いニヤっとした笑顔で笑いながら、甥は帰っていった。
結局、私は、音の原因を突き止めてくれたこともあり、甥を咎めることは出来なかった。
甥を見送り家の中に戻ると、机の上に置いておいたくだんの人形を、眉に皺をよせながら妻がのぞき込んでいた。
「これ何?」
「ああ、それが原因だったんだよ、音の。壁と壁の間の空間にあってな」
「そうだったの。なら電池を抜いとかないと」
そう言って妻は人形の背中の電池のポケットを開ける。
「えっ……」
そう小さく悲鳴のように叫んで妻が固まる。
怪訝に思って覗き込むと、思わず私も息をのんでしまう。
そんな私たち2人の前で、唐突にまた、あの曲が流れ出す。
電池の入っていない、その金髪の人形から――。
サクッと読める百物語 沫茶 @shichitenbatto_nanakorobiyaoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。サクッと読める百物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます