第2夜「カチカチ」
その音が聞こえ始めたのは、大学に入学し、マンションの一室で一人暮らしを始めてから一か月ほどたった夜のことだった。
その日は、夜遅くまで本を読んでいた。気がつけば深夜二時を回っていて慌てて布団に入って目を閉じたけど、どうにも目がさえていて寝付けなかった。
仕方なく、ぼーっと天井を眺めていると、どこからともなくカチカチという微かな音が耳をついた。耳を澄まさないと聞こえないような音で、一定のリズムで続いている。
気がつくと夜のこともあって何となく気味が悪く、むくりと身体を起こして立ち上がるって、部屋の中を歩き回った。でも、どこから聞こえて来るのかとうとうわからず、その日は布団を頭からかぶって寝たのだった。
それ以来、毎夜、寝ようとすると静かな部屋にカチカチという音が響いて、その音が気になって日を追うごとに睡眠不足で目の下のクマが深くなっていった。
そして、ある時、気がついてしまった。夜だけでなく、静かにしていれば常にカチカチという音が部屋で聞こえることに。
「カチカチカチ、カチ、カチ、カチ、カチカチカチ……」
私は何度も必死で、部屋中を探したのだけど、結局、どうしても音の源を特定することができなかった。
目のクマだけでなく、やせ細っていく私の異様な様子に気がついた友人が、そういうのに詳しいサークルの先輩を紹介してくれて、会うことになった。一通りの事情を話すと、数日、待ってくださいと言われた。
その次の日のバイト帰り、マンションの前にパトカーが止まっていて首を捻りつつ、部屋の中に入ったところで、明日会えませんかと電話がかかってきた。ちなみに、その日も、カチカチという音は鳴り続けていた。
「端的に言いますと、あなたの部屋の上で女性が監禁されていたそうです」
その人の話によれば、私の話を聞いて、カチカチという音のリズムがモールス信号のSOSの信号だということに気がついたそうで、私の部屋の隣と上で誰かが助けを求めているのではないかと思ったそうだった。それで、警察に連絡して部屋を調べてもらった結果、上の部屋で女性が監禁されていたのだった。
「実際、女性は動けないながらもなんとか現状を知らせようとモールス信号で床をドンドンと叩いていたそうです」
それで、友人が紹介してくれた人の話は終わった。
その帰り、私はようやく音の原因が分かって、ほっとしていた。音がどこから聞こえて来るか分からなかったのも、天井からなら仕方ないだろう。
けど、部屋に帰り唐突に、私は気がついた。そういえば、昨日の夜もカチカチという音が聞こえなかったか。女性はどんどんと床を叩いていたそうだが、それならなぜ、カチカチという音だったのか。
体の動きを止め、耳を澄ます。すると微かに、カチカチという音が聞こえてきた。
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