第3夜「穴」
自室の机の上にあるそれを眺めて、私は腕組みをしていた。
学校から帰り、宿題をしようと鞄を開けて初めて、無造作にそれが鞄の中に入れられていることに気がついた。
藁人形。赤いひもで藁がくくられ、ちょうど釘を突き立てて、人を呪い殺すようなそれが、なぜだか、私のカバンの中に入っていた。
藁人形の裏には、どうぞ、呪い殺してくださいと言わんかのように、釘と、人の名前が書かれた紙が貼りつけられていた。
紙に書かれていたのは、私の友人の名前だった。でも、その友人はこんな不気味ないたずらをするような人間じゃないし、全く心当たりがない。
気味が悪いし、早く捨ててしまいところだけど、ゴミ箱に捨てるのもそれはそれで心配だった。
とりあえず、また今度どう処理するか考えようと思って引き出しを開けたところで、やっぱり思い直して、引き出しを閉めた。
友人には好きな人がいた。私と友人どちらとも仲が良いA君という同級生だ。そして、悲しいことに、私もそのA君のことが好きだった。
いつも、私と友人どちらとも隙あれば、A君に告白しようとしていたけど、お互いに牽制し合って、結局、告白できずじまいだった。
友人が恋敵だからと言って、別に殺してやりたいとなんか思う訳はない。でも、もし友人が何らかの理由で学校を休めば、告白するチャンスはいくらでもある。
呪いの藁人形について詳しくは知らないけど、この藁人形と友人の体が同調しているのなら、足に釘を打ち付ければ、足を怪我するのではないだろうか。
しばらく、じっと藁人形を見下ろしていた。けど、そんな卑しい自分の思いにうんざりして、スマホで藁人形の処理の仕方を調べて、その通りに藁人形を家の外の庭で燃やした。立ち昇る煙は黒々としていて、なぜだか一方向に流れて行っていた。
次の日、昨日の藁人形の話をしようと思いながら、学校に行くと、友人もA君も教室にその姿はなかった。それもそのはず、私が教室に入った時には、二人はもうこの世にはいなかった。
これは、後に、二人の葬式で知った話なのだけど、友人は心臓発作で、A君は焼身自殺でなくなったそうだ。
「先輩は、どう思います?この話について」
二人の死から数年がたち、大学生になった私は、ホラー小説家志望のサークルの先輩に怖い話をせがまれて、この話を、話したのだった。
いまだに私は、あの藁人形が二人の死に関係があるのではないかと、自分の行動が二人の死を招いたのではないかと、ずっと考え、思い悩んでいる。
「そんなの、わからないよ。無責任なことは言えないからね。口は禍の元だよ」
「そう言わずに、無責任でもかまわないので、もし先輩がこの話を小説にするなら、呪いの藁人形の真相をどうしますか?」
自分が怖い話をせがんできたくせに、先輩はめんどくさそうに頭を掻く。
「まあ、もしも僕なら、A君が君と友人の両方の鞄に藁人形を入れたということにするね。そして、藁人形に貼られていた名前はフェイクで、実は、君が燃やしてしまった藁人形は君自身を呪い殺す藁人形だったことにする。たぶん、君の死んでしまった友人は、君の名前の書かれた藁人形の心臓にくぎを打ち込んでしまったんだよ。もし、君が同じようにしていたら、君も心臓発作で死んでいただろうね。
あと、A君が死んでしまったのは、君が藁人形を燃やしてしまったから、かな。藁人形を燃やすのは、呪詛返しの一種だからね。藁人形を作った本人に呪いが返ったんだろうよ」
「それじゃあ、A君はなんでそんなことを……?」
「例えばの話だけど。自分のことを好きな女の子が二人いる。その二人は友人同士だ。彼は、自分さえよければ友人のことはどうでもいいというような女の子よりも、友人のことを大切にするような慎ましい思いやりのある女の子と付き合いたかった。まあ、言い換えるのなら、友人を呪い殺すようなおぞましい女より、藁人形を捨てる誠実な女の子と付き合いたかったというところかな」
そこで、一度口を閉じて、先輩はため息をついた。
「でも、そんなのは傲慢さ。だから、死んだ。因果応報だよ。いわゆる、人を呪わば、だ」
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