祝祭のチーズグラタン

 一週間後。

 例年のごとく、コンパーニョ国王一行は収穫祭最終日に訪れた。王妃と第二王子と三名の大臣、国王本人を入れると合計六名。賓客の到着を、俺は鐘楼のベルの音で知った。食材の下ごしらえはまだ途中だ、が、予定通り。

 背筋に、ぴりりと心地良い痺れが走る。この一週間試作を重ねた料理が、どう受け取られるか――すべてはこの瞬間にかかっている。いかなる皿もひとりでは完成しえない。料理の評価は、それを食べた相手が決めるものだ。勝算は十分にあるとはいえ、若干の緊張はある。


メインディッシュセコンド・ピアットの方、準備はできてるか?」

「はい、『鶏の悪魔風アッラ・ディアーヴォラ』の準備は完了しています。あとは焼くだけです」


 副料理長の答えに大きく頷く。メインの肉料理セコンド・ピアットを他人に任せるのは異例中の異例だが、今回に関しては仕方がない。俺は、「挑戦状」への答えに全力を注ぐ。


「わかった、そっちは任せた。俺は『例のやつ』にかかる、他の連中は食器と飲物の準備を始めてくれ」


 俺はオーブンの温まり具合を確かめると、鉄板に並べた「それ」を、ゆっくりと熱い洞の中へと押し入れた。



 ◆  ◇  ◆



 扉を開くと、食堂には賓客がいた。

 最上座の貴婦人がコンパーニョ王妃、その隣が国王だろう。それぞれの向かいに、我らが王妃と国王陛下が座っている。国王陛下の傍らに、いつものように「毒見人」のレナートが控えているのを見ると、ほんの少し落ち着くように思えるのが不思議だ。

 精緻な細工を施されたシャンデリアの下、蔦の文様があしらわれた壁紙に囲まれた、優美な曲線に満ちた空間だ。

 ここに「例のやつ」を持ってくるのは、相当な勇気がいる。だが、その分、印象も強いはずだ。

 かすかな高揚と緊張を感じながら、俺は食卓へ向けて進み出た。一礼し、俺は最初に、副料理長に任せてあった前菜アンティパストの説明を始めた。


 前菜アンティパストが終わり、いよいよ最初の皿プリモ・ピアット……「例のやつ」の出番だ。

 ウェイターが料理を運んでくる。皿の上には、掌に乗るほどの大きさのカボチャが丸ごと乗せられている。ただ、真ん中のあたりが水平方向に輪切りになっており、そこから黄色がかった何かが黄金の輪のように見えていた。

 客人の前に皿が置かれる。ウェイターがカボチャの上半分を取り外すと、中は黄金色に輝くソースがあふれんばかりに満ち、白く浮くマカロニの間に、刻まれたほうれん草やベーコンが彩りを添えている。チーズの香ばしい匂いが、辺りにふわりと満ちた。


「……これは……?」


 コンパーニョ王妃が、軽く首を傾げた。


「カボチャのチーズグラタンでございます」


 深々と頭を下げつつ、俺は言った。


「小ぶりのカボチャの中身をくりぬき、チーズおよびホワイトソースと合わせてグラタンにいたしました。先日いただきましたカボチャが、見た目も大変見事でしたので、形を活かして器とさせていただいております」

「ほう……」


 コンパーニョ国王が、感嘆の溜息をもらす。ひとまず第一印象は成功のようだ。

 だが本当の勝負はここからだ。


「コンパーニョの示された友誼に、我々は大変感謝しております。そのしるしとして、このカボチャたちも礼を伝えております……ごらんください」


 俺は掌を上げ、国王陛下の前に置かれたカボチャを差し示した。

 カボチャの裏側、つまり国王陛下からは見えない位置に、「顔」が彫り込まれている。目は下弦の弓型、口は上弦の弓型――満面の笑顔が、コンパーニョの賓客に向けて投げかけられていた。

 国王陛下の皿だけではない。王妃の皿も、王子の皿も、大臣たちの皿も、すべてに笑顔が施され、客人へ一斉に笑いかけていた。


「『微笑みのチーズグラタン』……これが、我々の心です」


 俺が頭を下げると同時に、俺たちデリツィオーゾ王国の者が皆、頭を下げた。

 コンパーニョの人々は無言だった。ただそれは拒絶ではなく、深く心を動かされたゆえの沈黙であるように、俺には感じられた。



 ◆  ◇  ◆



「どうにかうまくいきましたね……正直、私は不安だったのですが」


 コンパーニョ国王一行が帰途についた後、片付けも終わって無人になった厨房で、俺はレナートと話をしていた。


「まあ、賭けだったのは確かだよな……ま、負けたら負けたで、後ので挽回するつもりだったけどよ」

「確かに、メインディッシュセコンド・ピアット付け合わせのカボチャローストも、デザートドルチェのカボチャプディングも、高水準の出来ではありましたが」


 レナートが溜息をつく。

 小ぶりのカボチャは形を活かしてチーズグラタンに。大型のカボチャは豪快に切ってローストに。それ以外はピューレにしてプディングに。それが俺の立てた戦略だった。


「カボチャ自体を器にすんのも、なかなか野趣に溢れててよかっただろ?」

「溢れすぎです。それだけならまだしも、なんですかあの『顔』は」

「……思いを伝えるのは、なにも料理本体でだけじゃないと思ってな」


 一週間前のことを思い出しながら、俺は少し声の調子を落とした。

 木の器に刻まれた食べ物の絵。それらが持ち主の思いを強く伝えるものであったように、俺もまた、「器」で何かを伝えられたのだろうか。

 料理に器を合わせることで、さらなる何かを、俺は見いだせたのだろうか……そう考えかけて、思わず俺は吹き出した。

 なんだ。気が付けば、俺はすっかり迷いなんて忘れてやがる。


「びっくりしました……なんですか、急に笑いだしたりして」

「なんでもねえよ」


 駆けられるところまで駆けていく。結局、俺にそれ以外の道はないのかもしれねえ。

 幸いにも俺には、伴走者がいる……時々、いやだいたいいつも、かなり鬱陶しい奴ではあるけれども。


「さて、それじゃあ明日の仕事もあることだ。朝に障らねえように早く寝るぞ」

「私の言いたいことは、まだ言い終わっていませんが」

「それは明日以降いつでも聞くぜ。明日の朝食が出せない羽目になってもいいのかよ?」


 レナートはゆっくりと頭を振り、聞こえよがしの溜息をつく。その様を見ていると、妙に可笑しくなってくる。

 ああ、俺はどこまでも、こいつの指す方向へ走っていくしかねえんだろうな。

 たとえそれが地獄の底でも。灰の林檎のアップルパイや、硫黄の苺のジャムを作る羽目になっても。

 俺の目指すべき高みは、その先にしかないんだろうから。




【終】

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目と目で通じる、祝祭の皿 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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