第2話
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赤い敷き布に横たえられて、その冷たさにかすかな酒精にもたらされていた酔いが覚める。
ヤノーシュが息を飲む。
ヴェンツェルの常はおおらかな双眸が情欲を宿したのを見た瞬間、ヤノーシュは奥歯を食いしばった。褐色の瞳が眇められ、涙腺から今にも溢れんばかにもりあがった涙が流れ落ちる。
嫌だと、首を左右に打ち振っても、そのたくましい肩を力任せに叩いても、ヴェンツェルには通じない。
千切られるようにしてオーロイレが選んだ絹がはだけられてゆくのにつれて、どうしようもない諦観がヤノーシュを浸してゆく。こうなれば、三人のうちの誰であろうと、相手に身をまかせるより他にすべがないことをこれまでの経験から学んでいた。
決して学びたくはなかったが。
学ばなければ、壊れていただろう。そんな予感があった。
昨日も散々オーロイレに抱かれた。その疲労もまだ癒えてはいなかった。
このところ、頓にダメージが癒えるまでに時間がかかるようになったような気がしてならない。
いつもなら三人の中で一番やさしい扱いをしてくれるのが、ヴェンツェルであった。
だから、少しは楽になるかもしれないと、油断していたのだろう。
今日はただ眠れるかもしれないと、ほんのわずかな期待があった。しかし、蓋を開けてみればこうである。オーロイレの自己主張のような所有印に、煽られたのか。
汗が吹き出した。
苦痛の汗だった。
その逞しいからだに似合いの大きなものを前戯すらなく飲み込まされる苦痛を味わわされながら、必死に敷き布を握りしめた。
肩に担がれた足が何もない空間を蹴る。
体内で暴れるものの質量に、裂ける。
暴れるものの孕む熱に、内臓が焼けただれる。
繰り返される律動に、息がつまる。
からだの中を捏ね回される、どうしても楽しむ余裕はおろか慣れることさえもできずにいる苦痛に耐えながら、獰猛な愛のことばを素通りさせる。
「ヤノーシュ」
言われるたびに、それは俺の名前じゃないと、叫びたくなった。
「ヤノーシュ」
それは違う。
俺は。
俺の名前は。
ほとばしり出そうになった本名が、
「愛している」
ヴェンツェルのことばに、砕け散る。
愛している?
全身を使って拒絶したかった。
そんなことばは嘘だ! と。
そう。
ただ、この狂った行為を正当化させるためか、それとも、ただの戯れごと、ただの刺激、ただの癖、そのどれかに違いない。
こんなものに、愛なんて存在しない。
自分を使って、快楽を得ているだけだ。
自分なんかじゃなくても、問題はないはずなのだ。
それなのに。
どうして、三人の男たちにいいように扱われるのが自分なのだろう。
悔しくてたまらないのに。
悲しくてしかたないのに。
恐ろしくてどうしようもないのに。
辛くて辛くてたまらないのに。
この数年間の記憶が、ヤノーシュの脳裏に蘇る。
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