第5話




 天に輝く一条の光

 行くぞ我らが甲装騎兵ローヴァサーク

 愛馬召喚 Ride on!

 敵は地獄のファーガーシュ

 討てよハロムフェイ 迷宮の果てに

 我らが力見せてやれ!







 少年はさっきまで苦しかったのにと、自分を見下ろした。

 黒っぽい赤のコットンシャツとジーンズ。それぞれポケットについたワンポイントの竜が買ってもらった理由だ。

 ?

 パジャマじゃなかったか?

 そろそろ戦隊もののキャラのついたパジャマは恥ずかしいからと、無地のトレーナーにしてもらったはずで、それを着ていたような記憶がある。

 まぁ、いいか。

 しんどくなくて、気分が良かった。

 だから、些細なものだと、こだわるのをやめた。

 とにかく、からだが楽だった。

 このままどこまでも走ってゆける。

 その確信が嬉しくて、実際、気がつけば走っていた。

 まだ新しいスニーカーの底が、地面の凸凹を簡単に捉える。

 走りながら歌えるか?

 そんな気がして、なんとなく歌ってみた。

 なにを歌う? 考えるまでもなく最近最終回を迎えたばかりの『甲装騎兵 ローヴァサーク』の主題歌が口を突いて出ていた。

 宇宙を舞台にした、甲装騎兵隊の活躍を描いたアニメだった。

 宇宙を甲装姿の騎馬が駆け抜けるようすがとても格好よかったのだ。だから少年はいつもベッドの上から画面を食い入るようにして見ていた。

 何度か続けて歌った後、さすがに飽きて、ただ走るだけにした。

 疲れも知らずにどれくらい走っただろう、少年は、突然響いた苦しげな唸り声に、足を止めた。

 とっさに手近の岩陰に身を隠す。

 深い霧がいきなり周囲を取り巻いたと思えば、不意に消える。

 と、アニメで耳慣れたのによく似た馬蹄の音が大きく聞こえ、すぐ目の前を数騎の人馬が駆け抜けていった。

「うわ、ローヴァサークだ」

 アニメなのになぜ? そんな疑問は湧いてこなかった。

 それよりも気になったのは、先ほどの唸り声だ。

 ローヴァサークがどこかに去ったということは、この先にいるのは、もしかして?

 無謀な興味が、少年を突き動かす。

 グルグルと、未だ苦しげな、絶命しかけた生き物のたてるような喘鳴が聞こえてきている。

 ローヴァサークが相手にするのは、ファーガーシュたちだ。彼らは宇宙を破壊する怪物なのだ。だから、この向こうにいるのは、おそらく、怪物のなにがしに違いない。

 実を言うと、少年は主人公たちも好きだったが、それよりも恐ろしい怪物たちが好きだった。恐ろしいと言われながら、破壊の限りを尽くしながら、どの怪物もどこか魅力的で、見ようによっては綺麗と思えるものたちだったからだ。

 唸り声と前後してグラグラと揺れ始めた周囲に注意しながら、声の方へと足を向けた。

 草が生え、石も転がる。ところどころは枯れかけた草の間に、地面というか、空間が剥き出しだ。そうとしか言いようがない。より正確に言おうとするならそれは、夜空に敷いた強化ガラスとでも言えばいいだろうか。暗い夜空に瞬く星までもが足元にある。それらが、揺れる。左右にある巨大な岩や木々も、大きく揺れ、時々音を立てて転がり落ちる。その度に強化ガラスのような地面が割れはしないかとヒヤヒヤとする。


 どれくらいそうして進んだだろう。


「うわぁ!」

 少年は感嘆の声を上げていた。

 現状も忘れて、恐怖などは湧いてこなかった。

 少年が叫んだ途端、ひときわ大きな岩が転がり落ちたが、それよりも、なによりも、少年を惹きつけたのは、目の前にうずくまりながらも、それでも巨大なそれだった。

「ハロムフェイだ!」

 クジラくらいはあるだろうか、ギラギラと凶悪に輝く鱗を濡らすものは不思議な色彩の液体だった。それが、三つある首のそれぞれの傷口から流れ出しているところを見るに、血液であるのだろう。まるで夜空のような、きらめきを宿しながらそれでいて底の知れない闇のような血液が、どくどくと地面をも濡らしてゆく。

 新たな血があふれる度に、地面が揺れる。

 ハロムフェイ。

 三つの頭を持つ西洋タイプのドラゴンは、『甲装騎兵ローヴァサーク』のラスボスである。

「怪我してる!」

 自分のからだよりも大きい三つの頭に恐れげもなく駆け寄る。

「!」

 威嚇するハロムフェイに、それでも、少年は怖じることはない。

「痛いよね。大丈夫?」

 傷口をなんとか塞ごうとしようにも、巨大な首それぞれに開いた傷口は少年の小さな手に負えるものでは当然なく。

「ローヴァサークにやられたの?」

 では、最終決戦だったのだろう。アニメなら、ローヴァサークはハロムフェイが消滅するのを見届けてベースに帰還するのだが。

「痛かったよね」

 竜に与えられた痛みを思えばゾッとする。

 痛いのは嫌いだ。

 だから、涙がこみ上げてくる。

 いつの間にか威嚇をやめた三頭が少年を凝視していた。不思議と静かな眼差しだった。

「最後までここにいてあげる」

 死ぬのは怖いから。

 不安だから。

 さみしいから。

 少年は、血に濡れるのも気にすることなく地面に座った。

 地面は揺れつづけている。

「名前をつけてあげるね」

 そう。

 ハロムフェイの三つの首には名前がない。アニメを見ながら、それがなぜか悲しいことに思えて、どうして名前がないのか気になって仕方なかったのだ。

 静かな緑の瞳を見上げて、

「銀のたてがみが、ラドカーン」

「赤いたてがみが、ヴェンツェル」

「金のたてがみが、オーロイレ」

 口になじまないそれらの名前は、自然に出てきた。どこか記憶の奥底に眠っていたかのように。だから、さして意識もせずに、少年はそうささやきかけた。


 地面の揺れが止まったのはその瞬間だった。


 そうして。

 その刹那に、少年の運命は決定してしまったのだ。

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