第8話

 カウンターに着くと、今度は長身痩躯ちょうしんそうくの若い男性がいた。


 営業スマイルの『営』の字も感じない仏頂面で、いかにもやる気のなさそうな雰囲気だった。


「論文を見せてください」


 彼が投げやりにそう言ったので、私はコナーの論文をカバンから取り出すとカウンターの上に優しく置いた。彼はその論文を手に取ると読み始めた。


「ふむふむ」


 彼は羊皮紙二十枚にもわたる論文を、流れるように読んでいく。かなりの速読だ。一秒で何文字読んでいるんだろう?


 おそらく、フリーカウンター業務は、このぐらいの速さで読めないと後がつかえてしまうのだろう。だからいくら不愛想ぶあいそうでも速読ができる人ではないと務まらない。


「わかりました。受理できます。論文カードを発行しますね」


 私の回想は彼の一言で中断された。もう読み終えたのか。私の長い人生の中でここまでの速読ができる人は見たことがない。


 私のそんな気持ちを露ほども知らず、彼は普通の口調で銅製のカードを取り出した。それを論文にかざして詠唱する。


 こうすることで、カードと論文が紐づけされる。原理的には会員証と同じだ。


 ただ、会員証が個人と紐づけされているのに対して、この論文カードは論文に紐づけされる。たいてい、会員証のない人が使っている。フリーカウンターに提出された論文の大半は、このような形式で保存される。


 カードの権限はだいぶ制限されているが、一部資料いちぶしりょうの閲覧、論文が評価された時の記録などがされる。ちなみに、普通の会員は銀製、管理職かんりしょくのカードは金製となっている。


 私は、彼から論文とカードを受け取ると、鞄に入れた。もうお昼時だった。本当にここに論文を提出するのは時間がかかりすぎる。もう少し工夫してほしい。


 私は、そんなことを思いながらフリースペースの空いている席に座った。この時間は混み始める直前。席が取れなくなる前でよかった。


 年寄りに、立ったままの食事は少しきつい。私はカバンから、クリームチーズサーモンベーグルを取り出した。まだほんのり暖かかった。


 私はそれを口に入れた。少し力を入れて噛み切るかみきる


 サーモンのしょっぱさと、クリームチーズの甘みがお互いを引き立て合っている。口の中でシャキシャキするレタスの食感がたまらない。


 パンの固い食感も、いいみ応えを生んでいる。やはり、あのベーカリーのパンが一番おいしい。食べるたびに、いつもそう思うのだった。

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