第14話
私は、先ほど選択した新作の論文を、操作用の銀の棒でスクロールしながら読んでいく。この装置は水面に波が立たないように、慎重に操作しないといけないため、扱いづらいのが難点だ。
こんな装置ができた今でも図書館の数は、今までと変わらずに増え続けているのはそのためだ。
私はその論文を読みながら、思わず「ほぉ」と、感嘆の声を出した。
信じられない。時間と空間という魔術学でも最難関と言われる分野の闇に光を当てるような論文だ。ここにその内容を載せても理解できる人は研究者ぐらいなので、あえて記入はしない。
だが、まさか誰も、こんなところにあの問いの答えがあるなんて思っていなかっただろう。
まるで細かい金細工のように繊細で複雑な魔術学の、その美しい芸術の一部を、この論文の作者は神の世界から持ち出してきた。
論文に書き込まれた、証明の過程で使ったという魔法陣は息をのむほど美しく、白鳥が純白の翼で空気を掴み、いざ飛び立たんと羽ばたくような感じの、力強さを感じる。
訳の分からない文章を並べ立てたが、一言で言うと、すごい論文だった。
私のそんなあっけにとられている雰囲気に気づいたのか、コナーが私の肩から論文を覗き込む。それを見た瞬間、コナーも息を飲んだ。
こんなすごい論文を作ったのはいったい誰なんだろう?私は、そのサインを見て飛びあがるほど驚いた。
『レイン 十二歳』
コナーと大体おない年だ。私はコナーの方を見る。その眼に映るのは、純粋な賞賛の心ではなかった。少し、悔しそうだ。
確かに、この分野はコナーも少し研究したことがある。何日も実験を続けても、副産物を除けば大した成果は出なかった。
それを、自分と同年代の人がここまで完璧に答えを出してしまうというのは、やはり、少し悔しいのだろう。
私も昔、師匠が持ってきた私と同年代の人の論文に完敗して、かなり悔しい思いをしたことがある。
気持ちはよくわかるし、そういう悔しいという思いは、己を鼓舞することにもつながる。いかなる思いや感情も、それを己がどう受け止め、どう使うかにすべてがかかっている。これも、師匠の教えだが。
私にとっての師匠は、
師匠。私は、あなたのようになれたでしょうか?なれるでしょうか?
私がそう問うても、すでに師匠の口からその答えが発されることはない。だが、わが弟子コナーの背中を見ながら、はっきりしたことがある。
私はワーグナーという人物で、一人弟子がいる。そしてその弟子は、私を師匠だと認めている。
人に与えられる真実は多くない。それなら、私はそれだけあれば十分だ。
死した悪魔は、もういない 曇空 鈍縒 @sora2021
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