第13話

 なんだかんだあったが、私たちは今、いつも通りの穏やかな食卓を迎えている。


 コナーは友人と今作っているという、魔力を動力源とした時計の話と、どうしても分からない所の質問をして、私はその質問に答えている。


 いつも通りの日常。だが、それが一番ありがたいということを知るには人の命はあまりに短すぎる。


 私はパスタをフォークで巻き取ると、口に入れる。卵とクリームが使われた甘いソースに、しっかりした脂味のきいたパンチェッタが合わさり、それがパスタと絡みあうと、何とも言えないカルボナーラが出来上がる。


 口に入れると甘みが、はじけるような脂味と一緒に広がる。コナーの料理はとても美味い。二人とも食事が好きなのでどちらも料理は上手いが、コナーは格別だ。


 孤児院時代には孤児院経営の食堂で料理を作っていたらしい。その経験がしっかり生きている。経験を生かせるのは大切なことだ。


 穏やかな食事が終わると、さっき仕事をしなかったので今度は私が皿を片付け、手持ち無沙汰てもちぶさたになったコナーは自分の席に着くと、引き出しから銀製の箱や魔力が通りやすい石などを取り出して、なかなか完成しない人工知能の魔法陣を組み始めた。


 銀を細い針のような魔術道具で刻んでいく。あれは、簡単にに魔法陣が書けるよう、私が作った魔術道具だ。コナーのために作ったものだが、あまりに便利だったので自分の分も作った。


 私も、コナーの様子を見ながら、皿を洗い終えると、リビングにある魔術道具が置かれた棚から、魔法陣が底に刻まれた半径十五センチ程度の、銀の丸いお盆を取り出した。それを自分の机に置く。


 銀製の魔術道具は多い。というか魔術道具の大半が銀製だ。それには、もちろん理由がある。


 原因はいまだ未解明だが、この世界には、魔術が扱いやすい金属というものが存在する。


 扱いやすい順番に、水銀、金、銀、銅とあるが、この中で銀が使われる理由は、それぞれの欠点を補えるからだ。


 金よりは安く、水銀よりは安全で、銅よりは、魔術を扱いやすい銀。


 まるで、魔術を扱うために存在するような物質だ。ほとんどの魔術道具には銀が使われている。そのため、銀が採掘される鉱山は、大変儲かっている。


 話がそれた。ともかく、そういう理由で、銀がよく魔術道具に使われている。


 私は、棚から小瓶を取り出し、そこに入っている液体をお盆に注いだ。


 銀色のお盆が、揺れる銀色の液体に満たされていく。そう。この液体は、名を水銀みずかねと言う。普通に、水銀すいぎんと言うことの方が、圧倒的に多いが、老魔術師たちの間では、水銀みずかねと呼ばれることが多い。


 いま私がやっているのは、国際魔法協会に提出された論文を読むための魔術道具の構築だ。なぜ、危険だからあまり使われないと説明した水銀がここで使われているかの説明をせねばなるまい。


 国際魔法協会に提出された論文を閲覧する魔術道具は検索や情報の表示、印刷など、様々な機能がある。機能が増えることは、魔術自体が複雑になるのとほとんど同じ意味だ。


 それはそのまま、魔術が扱いやすい金属を使わねばならないということに、直結している。時間をかければ不可能ではないが、私でも、丸一日かかってしまう。


 そのため、銀では扱いにくすぎるのだ。そこで、水銀をつかう。流体金属であるため、情報が次々と表示される装置にはちょうどよく、それに最も魔力が扱いやすい。


 私が詠唱して魔術道具を起動すると、水銀の色が変わり水面にさざ波が立って最終的に黒と白の検索画面が表示された。


 私は、白くなっている文字を書き込む部分に、水銀を直接触らずに操作するための銀製の棒で触れると、自分の知りたい分野。今回は新しく提出された論文を示す呪文を唱えた。


 水銀は揺らぎ、黒いバックに白い字で論文の題名が箇条書きにされた画面が現れた。


 私は、そこから気になる論文をクリックする。そのクリックが、コナーの今後の研究に大きな影響を与えることを、私はまだ知らない。

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