第4話

 部屋の中央にあるどっしりした木製の机には、暖かい湯気を上げるシチューとコナーが買ってきた黒パン、あと良い香りのするヒノキ材のコップが並んでいた。


 コップには冷たい水が注がれている。近くに飲用水として利用できる川がなく、水は貴重だ。だから、大抵の家では製水器を使う。魔力の込められた石が埋め込まれ魔法陣が複雑に描かれた辞書程度の銀製の箱に、蛇口が取り付けられている。


 これは私が作ったものだ。調整すれば、熱湯や水蒸気、ジュースやワインも出すことができる。


 コナーが魔術を覚えれば覚えるほど、私が指南する必要がある場所は少なくなる。課題を与え、資料を与え、あと、たまに来る質問に答えるぐらいだ。


 私の研究資料がひと段落して、やることがない午後に暇に任せて作った。久々に最新の魔術書を開いて新しい知識を使った。


 今も私が製水器を使っている間にコナーはカボチャやらブロッコリーやらを蒸して温野菜のサラダを作っている。


 料理の腕が私を超える日も、もう近いだろう。


 コナーが温野菜を持ってきて机の上に置いたところで夕食が始まった。


 向かい合って同じ釜の飯を食う。話題は、大抵料理のことか魔術のことだ。今回私たちは、新しく発表された魔術論文について話し合っていた。


「あの論文って間違ってますよね?」


 コナーが聞いてきた。あの論文というのは、ちょうど今日国際魔法協会を通じて発表された論文のことだろう。


 それは魔導兵器に関する論文だった。太古の魔術遺産から発掘された資料を基に作成されたらしい。全自動魔導兵器が実在するかしないかという話だった。


 全自動魔導兵器とは、太古に存在したといわれる魔術兵器で、人間より圧倒的に強い魔術を使い、自己判断で敵味方を判定し、数々の軍隊を勝利に導いたといわれている世界最強の兵器。


 彼の主張を要約すると『私が発掘した魔導兵器開発を行っていたという伝説のある遺跡から出てきた資料には、そのような記録も、そんな兵器があった痕跡すらなかった。ここから推測するに、全自動魔導兵器は存在しなかった』


 と言うことだった。


 賛否両論を巻き起こした論文だが、核心の部分が間違っている。そもそも、今回論文を出した研究者が発掘した魔術遺産は全自動魔導兵器と関係がない。


私はあの遺跡が動いていたころを知っているのだが、あそこは点火装置や製水器などの魔導製品の工場だった。なぜ誰も気づかないのだろう。


「ああ。間違っている。そもそも、彼が発掘した施設は魔導製品の工場だった。軍事施設じゃない」


「全自動魔導兵器は、人口知能をどれだけ高性能にできるかが肝でしたよね。私が作ったやつも、上手く動きませんでした」


 彼が作ったのは魔導兵器ではなくて高性能の自動人形オートマタだ。


 人工知能の複雑な部分に、少しミスがあっただけなのだが、やはり複雑な部分だけに分かりにくいミスだったので、作ってから一カ月たったがまだそのミスには気づけていない。隙間時間を見つけては原因解明をしているらしい。


「人工知能は繊細なんだ。複雑すぎて、私でもたまにミスする。点ではなく、全体をしっかり見ればきっと正解が浮き出てくる」


 私は、かつて師匠に言われたことを、弟子に引き継いでいる。かつて人工知能で手間取る私に、ファウスト師匠は同じことを言った。


 コナーは分かったような分からないような、かつての私と同じ表情をしていた。


 そんな彼を眺めながら私は、シチューをスプーンですくうと一口飲んだ。


 とろとろしていて、ほんのり甘く暖かかった。

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