一章 ~突然現れた異変は、すべてをぶっ壊してくれました~
一章 一節 日常が壊れるのはいつだって一瞬
この辺りでは珍しい四階建ての校舎に、約1000人とわりと多い生徒。そのくせ治安は最高に悪くて、いじめなんて当たり前……要するにここは公立の底辺中学校だ。
私のクラス、2ー8組は南校舎の三階にある。いつも窓が全快にあいていて、朝は優しい初夏の風が舞い込んでくる場所。どんな時も元気で明るい良いクラス、それが教師からの評価だった。私は、そんなクラスが大嫌いだ。
実際、一生徒の私からみるとこのクラスには教師どもが嫌うはっきりとしたカースト制度が存在していた。
一軍は、人をいじり倒して授業を崩壊させることしか考えない猿どもだ。一人であればまだ収集がつくものの、運が悪いことにこのクラスにはそれが五人もいる。もう救いようがない。
二軍は、そんな一軍にいじられることで何とかキャラを守っているやつらだ。いじられキャラという最も楽で苦痛な立場に回って、一軍に流されるままのやつら。
そして最後は、私たちみたいなカーストランク外。発言をすることもあまり許されていない、少し目立つだけで全力で潰される人間。そして、一軍どもにバカにされるだけの存在。無論私はここに所属している。
大嫌いなクラスが始まって、大嫌いなクラスメイトと共に暮らしていた毎日。希望もなく、かといって人生を壊されるほどの絶望もない。つまりそれは、平凡でつまらない私の日常だった。
そんな毎日がぶっ壊されたのは、ある五月の日だ 。ぼーっと窓の外の景色を見ていた朝のこと。
雲が一つもなくただ見せかけの青さだけが広がっている空と、貧乏でもない、かといって裕福でもないいわば普通の住宅街が広がっていた。なんら変わることのない景色、それは私にとってある種の憂鬱だった。
時折、窓から飛び出したいという衝動に刈られることがある。飛び降りたら周りは一体どのような反応をするのか? どう思われるのだろうか? そんなことばっか考えてしまう。
けれど、どうせ飛び降りたところで誰もなにも思わないだろう。少し驚いて、そして忘れられていくだけ。誰も私を思い出さなくなる。それがわかっているから、私は実行に移すことはないだろう。
そんなことを考えながらうとうとしていたとだった。突然、後ろから声が聞こえてきた。誰にでもない、私に向かって。
「おはようございます、
アマギツネ……それは、ここで絶対に呼ばれることのない名前のはずだった。振り返ることもできず、ただただ頭が真っ白になっていく。
「え……?」
思わず、声を漏らしてしまう。心音がどんどん大きくなっていく。だってアマギツネ、その名前はネットで使っている名前のはずだ。
「なんですか? 無視でもするんですか? ひどいなぁ、天音さんは」
今度は、普通の名前。何かの聞き間違えだったのだろうか? そうだ、聞き間違えに違いない。どうせ、いつもの大嫌いな連中が私をからかいに来ただけだろう。
振り返って、いつも通り落ち着いて対応しよう。そう思い、背中を向けていたその人に視線を移した。しかし、そこにいたのは……
「だっ、誰……?」
本日二度目の間抜けな声が漏れだした。立っているのは、私の知らない誰か。この学校で、多分一度もすれ違ったことのない人間。無論、クラスメイトの誰とも顔が一致しない。
「酷いなぁ、幼馴染の僕を忘れちゃったんですか? 今日はほんと、いつにもましておかしい。熱でもあるんです?」
「本当に……誰……?」
頭にかかっている靄がより濃くなった。おかしい、私には幼馴染何ていないはずだ。それに、周りの人間はこの異常事態に何も反応を見せていない。
一軍馬鹿五人衆は、いつも通りに人をからかって遊んでる。からかわれている二軍も、満更ではなさそう。勉強している子も、本を読んでいる子も、みんないつも通り。
窓から入ってくる風さえいつも通りで、何一つおかしいところはない。風で揺れるジニアの花びらも、飽和している初夏の空気も何もかも変わらない、そのまんまだ。
「天音さん、ちょっと失礼」
急に自称幼馴染の顔がが近付いてきた。思わず目をつぶってしまうと、おでこに何かくっついた。
「な、何をするんですか?」
「熱測ってます」
いやそもそも熱があったら学校に来ないでしょ……と反論をしようとしたが、その人の声に遮られる。
「うん、熱はない。むしろ僕の方が高いくらいですね。昨日、何時に寝ました?」
「えっと……三時とか?」
「それは寝なさすぎ。四時間寝れたら良い方じゃないですか?」
呆れたような声で話してくるその人の顔を、私は知らない。けれど、その声はどこかで聞いたことがあるような気がして……あと一つ角を曲がれば知っている道に出られるときのように、もどかしい気持ちが大きくなっていく。
「なんです? 僕の顔になんかついてますか?」
はっと視線をそらす。どうやら考え事をするあまり顔を凝視していたらしい。
「え……っと……ごめんなさい」
「いや、良いんですよ。ただ今日、本当になんかおかしい気がしてねぇ。なんか変なものでも食べました?」
「いや、そんなことより……」
出しかけた言葉を、ゆっくりと飲み込む。
──もしかして、おかしいのは私?
そんな考えが頭をよぎる。けれど、昨日までの……私の思い出せる記憶に、この人の存在はない。何処か知っているようで、知らない存在。
「何か聞きたいことでもあるんですか?」
不思議そうな顔をして、こちらを見てくる……そうだ、一度聞いてみよう。何か言われても、誤魔化せばどうにかなるだろう。
「あなたは、誰ですか」
少し目を細めた。いや、笑っているようにも見える。とにかく、どっち付かずの表情をしてその人は言った。
「僕ですか? 僕は氷斗……
私は耳を疑った。氷斗……その名前はネットの先で、いつも私を勇気づけてくれる人の名前だ。
「嘘でしょ……氷斗さん!?」
点と点が線で繋がった。通りで、アマギツネという名前が急に出てきたのだ。声に既視感があるのは、いつも配信を聞いているから。
キーンコーンカーンコーン、とタイミング良くチャイムがなった。
「あ、もう時間じゃん。僕はもういかないと、じゃあね」
そういって席に戻ろうとする氷斗さん。
「待って!!」
私が声をかけてもどんどん先に進んでいく。皮肉なことに、その姿以外の周りの人間も、環境も、いつもと何も変わりがなかった。
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