二章 当たり前になりつつある彼の存在
二章 一節 少し早く来てしまった朝
結局氷斗さんがいなくなることなんてなく、気がつけばもうあの日から一週間が経過していた。
「……なんでこんな朝早い時間からあなたがいるんですか」
「えーっと、天音さんに会いたかったから?」
部活の朝練があると勘違いして少し早く学校に来てしまった日、クラスにはいると氷斗さんが一人で座っていた。いつもは、遅刻ギリギリの時間に来るのに。
「……そうですか、なんか宿題でも終わってないんですか?」
無論私は冷めた目で答えを返す。
「ひっどいなぁ……まあ、本当はただただ朝練があると勘違いしていただけなんですけどね。今日提出の課題は終わってます」
「そうですか……」
氷斗さんの机から少し歩いたところにある私の机へ移動する。基本的に机のなかは綺麗に整理してある。
朝、机のなかの教科書を授業順に並べかえるのが私の日課だ。そうしないと、移動教室に遅れてしまうことがある。
「今日の教科は……」
いつものようにクラスの連絡黒板を確認する。すると……
「あれ、氷斗さん。今日ってもしかして三コマしかないんですか?」
「え? そうですよ」
並んでいたのは英、数、国の三教科だけだった。今日は移動教室のない楽な日だったが……。
「そういえば、お昼ご飯どうしよう」
私の両親は共働きで基本家にいない。普段給食などのない日は家にご飯を作って置いておいてくれるが今日はそもそも給食がないことを伝えていない。
「なんですか? 忘れてたんですか?」
「はい、忘れてました……今日両親いないからどうしよっかな」
冷蔵庫のなか、何かあったっけ? と思い返そうとしても、基本的に冷蔵庫には近寄らないから何も思い返せない。
箱入り娘、と言われてしまえばそうなのだろう。料理はさせてもらえないし、洗濯なども手伝ったことがない。
「まあ、最悪昼食なんてなくてもいっか……」
「え? ご飯食べないの?」
「え? はい、なにか悪いですか?」
氷斗さんのおどけた表情のなかに少しだけ、驚いたような感情が浮かんだ。
「一食くらい抜いたところで死にはしませんが? というか一週間くらい普通に持ちますよ」
中1のころに、どことなく体調が悪いせいで一週間何も食べなかったことが実際に一度あった。まあ、確かに少し大変だったけれど別に死ぬことはなかった。今だって生きてるしね。
「そう、かもしれないけどさ……もしかして、生活力がないって言われません? 一人暮らししたら三日で死にそう」
「三日とは失礼な、流石に一ヶ月は持つと思いますよ……」
「それでも駄目じゃん」
「……」
私は比較的過保護な家に生まれたという自覚はある。それに対して別に違和感があるとかじゃない、親のルールに従っておけばどうにでもなるから。
ただまあ……一人暮らしは、出来ないだろうな。一人暮らしをした瞬間に死ぬ未来しか見えない、というのは事実だ。
「それで天音さん。今日はどうするんですか?」
「うーん、余計な体力を削らないために早く帰って寝ます」
「ボケに困るような回答をやめてください……それじゃあさ、今日僕とご飯食べに行きません? 外食とかさ、良い選択肢だと思いません?」
「あなたと一緒にいく意味は?」
「天音さんってぼっち飯出来るの?」
にやっとした目付きで言う氷斗さん。どうせここで口ごもるのだと思ったのだろう。だが、残念。
「やったことありますがなにか」
「……」
珍しく言葉をつまらせる氷斗さん。珍しく私が勝った……といいたいところだけれど、彼に向けられている憐憫の眼差しをみていると……。
「悲しくなってきました、もうやめません?」
「そうですね……」
自分の席に戻って、いつも通りの準備を再開した。気が付けば、どんどんクラスメイトが登校してきていつもの賑やかな教室になって……。
馬鹿五人衆の声、二軍の声、そして氷斗さんの姿……。もう当たり前になった光景だけれど、今もなお向けられている氷斗さんからの憐憫の視線だけは、いつも通りじゃなかった。
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