007
逃げるのは得意です。
遊ぶのも、楽しむのも得意です。
だけど死んじゃうのだけはとっても怖いから。
私は今必死で逃げているんですね。
林は複雑で、葉っぱが多くて、地面は凸凹していて、決して逃げるのに向いている場所なんかじゃないと思います。
でも何度と通ったこの林の道は、私にとってそんなたいそうなものじゃありません。
ちょっと不気味かもしれないけど。
自分の家の庭を走り回るものだから。
全っ然、苦しくないな!
「小癪な小娘よ……逃げ足が速くて何が楽しい」
吐き捨てるように鎧武者さんは木々の上から言います。
全く、その通りです。
何が、楽しいんでしょう。
こんな、ただ走るだけの行為なんて。
『有馬さんは走るの得意なんだね。いいなぁ』
————得意だから、何ですか。
『風を切る感覚って楽しいでしょ。癖になっちゃうよね』
————風を切って、それがなんなんですか。
『やっぱり、体を動かすのは楽しいから。それで一位になったらもっとうれしいでしょ』
————私は別に上を目指してるわけでもないんです。
『陸上やらない? そんなきつくないからさ』
————きつくはないです。でも、やる意味ってなんですか。
『有馬さんの成績なら大会でも絶対いい記録出せるって!』
————いい記録が出て、みんながちやほやして……
『おめでとう、有馬いろりさん』
————何がおめでたいんですか。
『いろりちゃんは陸上部の誇りだよ』
————しりません。
『練習もっとでてほしいなって』
————しりません。
『ねぇ、真剣にやってよ』
————しりません。
『みんな一生懸命やっても、練習もろくにしてないアンタに』
————しりません。
『人の努力を踏みにじる気?』
————ちがう。
『ねぇ』
————ちがう。
『なぁ』
————しりません。
『陸上、真面目にやる気ある?』
————だれが。
だれがそれを強制させたんですかッ。
私が、得意だから。
得意だから好きだって決めつけて。
無理矢理そんな思想を押し付けて。
勝手に解釈して。
みんな、偶像ばかり見て。
私は……
私は…………?
私、何が言いたかったんだろう。
忘れてしまっているような……。
一番言いたいことを。
一番思っていたことを。
何か大切なものまで失くしてしまっていて……。
一人きり、祠の上で誰にも認識してもらえなくなって……。
どれだけ、一人だったんだろう。
たった二日ほどのはずです。
さみしくはなかった。
どうしてだっけ。
思い出せない。
圷さんはもう遠くまで逃げれたでしょうか。
願わくば、もうここまで帰ってきてほしくありません。
多分、私はここで死んじゃうから。
「あ」
木の根に、ひっかかって。
視界が揺らぐ。
前に倒れ込んで。
あっ、逃げ回るの無理だこれ。
ここで倒れたところを矢で、ずどーん。
それでたぶん、生と死の狭間で冥途のメイドなんて気取ってた私は本当に死んじゃって。
……こわい。
……こわいなぁ、死ぬのって。
……でも、意味がない人生じゃなかったよね。
私のせいだったけど、巻き込んだ圷さんは逃げてくれたし。万事うまく行ったよね。
地面にどしゃっとぶつかります。
顔が痛くて、足も疲れていて、もう動けそうにありません。
視線を後ろにちょっとだけ向けると、木の上に紫色の光が見えました。
鎧武者さんが私を見つめて、今にも殺そうとしてます。
そういえば、圷さんにパンケーキのお礼、言ってなかったな……
はは……最後に考えちゃうのがこんなことだなんて……
変だな、私
「大丈夫か有馬————っ!」
木々の向こう側。
そこに立っているのはかっこよいばかりの人じゃありません。
でも、確かに戻ってきて。
私を心配してくれている……。
あれは。
「テンプレって、やつですね。小説の、お約束の……」
泣き虫で、臆病な、ヒーローさんでした。
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