008

「圷……っ……。逃げ出したはずでは……」


 鎧武者は木の上から僕を見下ろしている。


 僕はそんな視線なんて見ず有馬を探した。


 草木を掻き分けて辺りを見渡して。


 そうして遠くに倒れ込む有馬を見つけて。


 肝が冷えた。


 走った。


 駆け寄った。


 有馬は、僕の顔を見て安心したって笑い方をする。


 体中、汚して。


 髪も乱れて……。


 手を差し出す。


 有馬は、迷わず僕の手を取って立ち上がった。


「どうして、戻ってきたんですか……?」


「逃げ出すことから逃げ出したんだ。僕は臆病だから」


 誤魔化すように僕は笑って、様子をうかがう鎧武者を見据えた。


 木の上から高みの見物ばかりしやがって……!


 有馬の手を強く握る。


 離さないぞ。もう逃げ出すもんか。


「やい鎧武者! 有馬は絶対に渡さないからな!」


 そう叫んで僕は、彼女の腕を引っ張り逃げ出す。とりあえず逃げ出さなくちゃ意味がない。あいつは飛び道具を使って僕たちを追い詰めてくる。


「ど、どうします⁉ このあと」


「僕が分かるもんか‼」


「無責任な⁉」


 ああ、分かんない。


 そもそもあの鎧武者は何なんだよ。


 あれだけいろんな物事から隔絶されたみたいな存在だし。


 飛んでくる炎の矢もだ。


 あれがあの鎧武者の特殊能力みたいなものなのかよ。そんな漫画やアニメじゃあるまいしさぁ!


 こういう時大体主人公は特殊な能力に目覚めて、とか特殊な力を持っていて、とかそういう特別な対抗手段を持ってるだろ。


 僕は平々凡々な高校生なんだよ!


 だから、自分にできることを考えろ。


 僕にだって出来る事はあるはずだ。


 ヒントはたくさんあるはずだ。


 鎧武者を観察しろ。


 狙いは何だ? 


 そもそもどうして襲ってくるんだ。


 それに……。


「有馬、最初に会った、時あの鎧武者、……ゆみ、や……使って、たか⁉」


 息切れの中言葉を吐き出す。


 苦しい。


 有馬は不思議そうに髪を揺らす。


「いえ、使ってなかったはずですけど」


 顎に人差し指を当てて思い返している。


 こういう奇怪な現象は、大体そういう細かいところにヒントが隠れているのが定石だ。


 鎧武者は木の上から矢を放ち続けている。


 そう、放ち続けているが一本も当たっていない。


 ずっと僕たちの後方に突き刺さり続けている。


 逆に言えば追われているだけで……。


 あ。


「な、なにか分かったんですか‼」


 有馬が期待のまなざしを向けてくる。


 僕は彼女の手を引いて林から抜け出した。


 目の前にコンクリートの道と屋敷の塀が顔を出す。


 踏みしめる足の感触が、土の不安定な気色悪さから変わる。


「なっ……! 林から出たら丸見えですってば」


「分かってる……! でもこのままじゃジリ貧だ」


 林を睨みつける。


 音が止む。


 様子を窺っていやがる。


「あの鎧武者の矢は……


 そう。あれはただの威嚇射撃。


 最初の一撃こそ掠っていたものの、それ以降は殆ど掠っていない。


 それは別に走るのが上手くなったわけでも、逃げるのがうまく行っているわけでもない。

 

 ただ鎧武者の狙いが変わっただけだ。


 あいつはただ矢を射って疲れさせて……。


「僕たちが倒れたところを襲うつもりだ。逃げたまんまじゃ何も変わらない」


 だから僕は、改めて逃げる事から逃げ出す。


 どこに行くかはもう決めている。


 林という場所が矢を射るのに適している狩場ならば……。


「幽霊屋敷の探索と行こうじゃないかッ」


 閉鎖空間を利用するだけだ。

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