009

 ギィ——と軋む扉の音が響く。


 僕たちは幽霊屋敷の中に駆け込んだ。


 幸い鍵はかかっていない。ただ開けることを阻むような雰囲気があるだけ。


 そんな雰囲気この切羽詰まった状況じゃ関係ない。


 見上げれば木目の滲んだ天井、見下げれば白く煤け埃かぶった床板。


 木々の匂いはそれ本来の良さを失いただ不快な感覚を鼻腔に与える。


 障子は破け、光が仄かに射していた。


「思った以上に広そうですね」


 ぐい、ぐいと遠くを見るように手をかざして有馬は辺りを見回す。


 僕は急いで扉を閉める。

 中の動きを知られるのは厄介だ。


 今有利なのはあの鎧武者だ。


 有馬はまだ大丈夫だけど、僕は息も絶え絶え体力は限界に近い。足手まといかよ。


 でも、有馬が疲れてない分僕が頭脳労働も行わなくちゃいけない。


「いく、ぞ……!」


 今立っている廊下の奥。玄関から遠い部屋がちらりと見えた。


 僕は痙攣しかかっている足を無理矢理動かしてそこに行こうとする。


 ふらつく。


 足をひねりそうになって。


 有馬が、肩を支える。


「へとへとじゃないですかっ。だらしないですよ! まったく……」


 言葉は呆れるみたいだけど、しょうがないなぁって顔をしてる。


 支える力が、頼もしい。


「すごいな、おまえ」


「よく言われますっ」


 ちょっと不機嫌にそう返された。


 有馬と一緒に歩いていく。


 彼女はちっとも疲れていないみたいだ。


 メイドに支えられる男っていうと、なんだか本当にだらしのないご主人様になったような気分さえしてくる。


 ようやく望みの部屋に入る。


 床に腰を下ろして一息つき、僕はぐったり足を延ばした。


 これしばらく動けそうにない……。


 立ち止まるのは失敗だったかな。


 そんな風に思っていると、僕の隣にちょこんとメイドが体育座りしてくる。ふわふわフリルのスカートは抑えて。


「ひと休みです!」


 まぁ、有馬だって……全くつかれなかったわけじゃないだろうし。


 彼女は腕を伸ばして、首を回して体の疲れをほぐす様に運動する。


 体に傷がついていないか見回して確認したり。その仕草が柔らかく、おしとやかで、ああそうだ、こいつ女の子なんだって思う。


 …………こいつ逃げて一旦は逃げたんだよな、僕。


 もう、ああいう風にこいつを一人にはさせられないな。


 その為にも、まずはあの鎧武者なんだ。


「なぁ、あいつお前を狙ってたけど……心あったりはするか」


「心当たりって言われても……完全に奇襲でしたし……」


 奇襲。


 急に襲われたっていう点は一度目も、さっきも同じだ。


 鎧武者っていう真っ向から立ち向かってきそうな顔をしてるくせに戦法が完全にだまし討ちなんだよな……。


 有馬は彼女に似合わないような翳りを一瞬見せた。


 それは気がかりというには確信が持てない。

 だからと言って無視することもできない。


 そんな微かな波風のように思えて仕方がないように。

 きゅっ、とこぶしを握り締めた。


「なにか、忘れてる気がするんですよぉ……。何を忘れているのか全く分かんないですけど」


 体を自信なさげに縮こめる。床に舞う埃を見て、もの思うように黙り込んだ。


 思い出せない事がもどかしいという風に体をよじった。


「じゃあ、それが手がかりだ」


 僕は呟く。


 多分、それを考えるのが僕の役割だ。彼女が脅えたり、頭を悩ませたりしているなら僕はその原因・背景を考察しなくちゃならない。


 目を閉じる。


 ただ埃っぽいにおいと、遠くで小鳥の囀る声が聞こえるだけ。


 こうやって考えている間もあの鎧武者は僕たちを狙っているはずだ。


 いや、待て。


 本当にそうなのか。


 炎の矢。


 鎧武者。


 相手の体力を減らす持久戦。


 だまし討ち。


 林の中。


 幽霊屋敷。


 有馬いろり。


 僕。


 有馬の失ったもの。


「そうか」

 

 分かったかもしれない。


 あの鎧武者が、何か。


 僕はゆっくりと足を延ばし立ち上がった。


 有馬が僕を見上げる。


 どうしたんですか、と問うこともなく。


 ただ不安そうな顔をして。


「なぁ有馬……さっきから部屋の外で刃を研ぐ音がしないか」


「え?」


 しない。


 そんな音、しているはずがない。


 有馬は耳を澄ます。


 そしてびくっと体を震わせて困ったようににへらぁ……と笑う。


 冷汗が頬を伝い、瞬きもせず障子戸を見つめて。


「い、いやだなぁ……圷さん……そ、そんな音……」


 そして、視線を僕にゆっくりと向けて。


「し、しますねぇ……」


 ビンゴだ。


 もう間違いない。



 ————そう思った瞬間背後の障子が破けた。


 貫いたのは紛れもなく籠手だった。


 鎧武者の手で間違いない。


 そしてそのままぐ————っと腕は障子の枠をも突き破り、鎧武者がその姿をあらわにした。


 有馬が素早く飛び上がり障子から離れる。


 僕の方を冷や汗たらたらで見ている。


 逃げ道は無い。


 ここで対立するしかない。


 正面衝突。


 最終決戦。


 僕はその決戦の舞台を整えなくちゃいけない……。

 

 鎧武者を、静かに見据えた。

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