004
僕と有馬は道なりに町を闊歩し、やがて大きな建物の横に雑木林があるのを発見した。
この周辺はあまり来ない、人通りのあまりない場所だった。
「圷さんはこういう人気のない場所は好きですか?」
「まぁ、きらいじゃないな」
「女を襲っても誰も助けにきやしねぇしな。へっへっへ」
「勝手に変な内面描写を付け加えるな!」
「ばれました」
「バレるわ、おばか」
軽口を叩きつつ、有馬はやる気満々に身構えていた。シャドーボクシングの練習なんかもやり出す。
やる気があるのは結構だがそれ使うか……?
彼女がその鎧武者に出くわしてしまったという林は、喫茶店から徒歩十数分の場所にあった。
ちらちらと辺りを見回しても別に人影は見えない。
「何を探してるんですか? お金?」
「落ちてるわけあるか」
やははは、と笑ってちょっと顔を傾ける。
有馬は僕と同じように周囲に視線を巡らせた。
遠くで鳥が鳴いてるだけで、人のほとんど通らない道だ。
だからと言って近くに林しかないかと言えばそれも違う。
しっかりと建物はあった。大きくどっしりと構える、異様な日本家屋が。
ちらりと覗いてみると、破れた障子、ひびの入った木の戸、汚れた外壁、壁を覆う蔦。人が住んでいそうな雰囲気はない。
むしろ別の何かが住んでそうだ。
ここだけ別世界みたいな、嫌な雰囲気で近寄りがたい。
「THE・お化け屋敷ですよ。聞いたことありませんか? 幽霊屋敷の噂。この辺じゃ有名ですけど」
「あーー……。なんか聞いたことあるような……」
「窓に居ないはずの人影が見えた。夜、ひそひそと子供の嗤うような声が聞こえた。家が揺れた。女の悲鳴が聞こえた。黒くて大きな影が屋敷の外に見えた。風も吹いていないのに、見ているだけで急に寒くなった。中に入った人は、誰も出てきたことがない……。エトセトラ、エトセトラ」
「なんだ、それ」
「この幽霊屋敷に関わる噂ですよ」
どれもバラバラな噂だ。
まるで統一感がなく、子供が適当におもちゃ箱をひっくり返したようにも思える。
彼女はその噂に脅えてはいなかった。
むしろ楽しんでいるフシがある。
「どれも、『あの屋敷に何かがいる』ってことは共通しているんです」
「随分手広い幽霊さんだ」
「もしかするとこの先はもっとグローバルに活動するのかもしれません」
「どんなふうに」
「本場アメリカに拠点をうつして……」
「引っ越しちゃってるじゃないかよ!」
まぁ怖い噂が立つのも納得の見た目ではあった。
もし僕がそんな噂を覚えていたとしたらここに近付くことさえ躊躇っただろう。
人を寄せ付けないようなオーラがあるのは確かだ。
「ま、その近くに現れたのは日本家屋にお似合いな鎧武者さんだったんですけど」
予想通り、という顔でそう呟く。
有馬はまったく気にしていなかった。のほほん、とまではいかないけど必要以上におびえてる気配はない。
彼女が僕の袖を再び引っ張る。
「ほらほら、さくさくいきますよーっ!」
「お、おい! ちょっ……待てって!」
お構いなしだな……。
有馬は探検隊隊長という風格で胸を張りワンツーワンツー前進前進。
呆れ半分、不安半分。
焦る気持ちは分からなくもない。
彼女にとっては僕以上に意味の分からない、不安定な状態なんだから。
僕も彼女に続いて林に足を踏み入れる。
————ゾクッ、と冷気が背中を走った。
空気の色が変わるように。
世界の匂いが切り替わるように。
前を進む有馬の肩を急ぎ掴み引き留めた。
咄嗟の行動だった。
自分でもなんでそんなことしたのか聞かれたら分からない。
でも、そうしないと得体の知れない何かが僕たちを殺しかねない、と感じた。
次の瞬間、彼女の足元数センチ先に何かが飛んできた。
飛来物は火焔を纏った矢だ。
それは辺りの木々に燃え移ることなく轟々とただその身一つだけ燃やし続けている。
普通の炎じゃない。
妖の炎。
息を飲む。
汗が噴き出る。
瞬きが増える。
視界がまわる。
脅えが脳を硬直させる。
————————居る、射手が。
「……避けたか」
ノイズの混じったような歪んだ声が木々にこだましていく。
神経を逆なでするような、不快な響き。
その悍ましい声は遠くから聞こえているわけじゃない。
近く————そう、近く。
すぐそば。
「————まさか」
僕も有馬も行動は同時だった。
一斉に宙を見上げる。
葉の隙間から漏れる緑の日差しの中、木々のうちの一つ——その枝に黒い影が見えた。
それはこの場に似つかわしくない鎧武者だった。
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