竜騎士
師匠は立ち尽くす団長のもとに駆け寄るといきなりペタペタと顔を触り始めた。
「兄上、おいたわしや……このように老けてしまわれて、さぞやご苦労を」
涙目で団長の顔を撫でまわす師匠。そこに凄まじい違和感を覚えた。
俺に槍の技を教えていたころとまるっきり変わっていない。あれから10年は経っているのにだ。
「え、え、え? ユーノ? にしては若すぎる……まさか娘とか言わんよな? それとも糞親父にまだ隠し子がいた? だとしてもあの野郎がくたばったのはユーノが生まれてすぐだから……」
「兄上、何を申される? 私が末子であることは間違いないことでありましょう?」
「おい、ユーノ、お前いくつになった?」
「……兄上でなくばこの槍の錆にしていたところですよ。淑女に年を尋ねるなど無礼極まりませぬ……先日22になりました」
「はあっ!?」
自分の記憶の中の師匠はおそらく二十歳ほどであったはずだ。そして、あれから10年。今の俺が22だ。であれば、師匠は俺と同じ年になる、のか?
ふと、何やらワタワタとした気配を感じ、足元を見るとドラゴンの少女が頭を抱えている。
「なんということじゃ。まさかこのようなことになろうとは……」
「ちと、お聞きしたい。このようなこと、とは何事で?」
「うむ、ユーノはわらわの騎士となるべく妖精郷にて修行に励んでおったのじゃ。あやつの才は見事なものでの。1年余りの間にオーダンのルーンの半分を会得した」
「ほう。師匠はすごいですからな」
「うむ。スカアハより皆伝を得て、その力を借り、わらわも継承の試練を乗り越えたのじゃ」
「なるほど、で?」
「う、うむ」
「で?」
口ごもるドラゴンの少女を平たんな口調を変えずに問い詰める。
「くっ……まさか妖精郷と現世の時間の流れがちごうておったとは」
「ふんふん、なるほ……はあ!?」
振り向くと師匠と団長が何やら深刻な表情で話し込んでいる。
「今は帝国暦1560年だ」
「なにっ、私は1551年だと……」
「と、言うことは……」
ぎろっと師匠がドラゴンの少女をにらみつける。
「すまなんだああああああああああ!」
身体を綺麗に直角に折り曲げ、謝罪の意を示すドラゴンの少女。
「事情を聞かせてくれますな?」
「う、うむ、実は……」
「な、なるほど……」
「しかし、人の身で10年修行したとてルーンを修めることは難しい。ましてスカアハの皆伝など並の人間では10度生まれ変わるほどの時間を経ても無理じゃ」
「へ、そうなのです?」
「うむ。そなたの才がずば抜けている証左であろう」
「うふふ、そんな褒められると照れますねえ」
何やらくねくねし始めた。俺の知る師匠からは想像もつかないしぐさだ。
とりあえず話はついたと判断して、俺も師匠の前に出る。
「師匠、お久しぶりです」
「ふぁっ!?」
俺の顔を見ると師匠は顔を真っ赤に染めた。
「えーと、以前槍の手ほどきをいただいたライルと言います」
「え、ちょ、ま!? あのちびっこ!?」
「はい、あれからも鍛錬に励み、槍使いの端くれにはなったと思います」
俺の一言に周囲の兵からジトッと視線を向けられた。
「端くれ?」「隊長クラスを軽くあしらっておいて?」「まじか……嘘だろ?」
なにやらごちゃごちゃと言っている連中がいるが気にしない。
手にした槍は村から持ち出した棒に流れの鍛冶屋が穂先を付けてくれたものだ。師匠の槍にそっくりな拵えで気に入っている。
「む、その槍は……」
「ええ、旅先で流れの鍛冶屋に作ってもらったのです」
「ほう。その槍の名に恥じぬ腕になったと見える」
「はい、僭越ですが成果を見ていただいても?」
「ああ、ライルがどれほどの腕になったか、楽しみだ」
ぐっと腰を落とし基本の構えをとる。
「はあっ!」
裂帛の気合に乗せて槍術の基本の型をなぞる。
「受け! 払い! 突き!」
「見事なり!」
ドラゴンの少女が拍手しながら称賛の言葉を投げてきた。師匠はどこか夢見心地な表情で、ポーッとしている。
「はっ! う、うむ、ライルよ。よくぞここまで極めた!」
師匠の言葉に胸が熱くなる。
「はい……ありがとうございます……」
わずかひと月ほどの間であっても子弟のきずなは結ばれたと感じていた。
「よし、ならば、私の構えに向け突いてみよ」
「はいっ!」
師匠が槍を中段に構える。浮き立つ心を押さえ、平常心を保ち、いつもどおり《・・・・・・》に付きを放つ。
「はあっ!」
「くわっ!」
構えから余分な動作なしに放たれた突きは師匠の払いでわずかに狙いをそらされた。
「……まさかこれほどとは。私も至ったばかりの「真なる突き《トゥルースラスト》」に至りつつある」
「槍の才だけで言えばユーノをしのぐかも知れんな」
「10年欠かさずに基本の鍛錬を積み上げてきたとしても、あの威力は凄まじい」
何やら二人で話し込んでいる。俺の鍛錬の成果は認められた、ということでいいのだろう。
「うむ、面白い。なれば次はわらわが相手じゃ」
「はいっ!?」
なんかいきなりとんでもないことを言われた。
「ライル。リンの放つ魔弾を防いで見せよ。ただし……槍先まで気合を込めるのだ。それができなくば死ぬと思え」
「……わかりました!」
「おいいいいいいいいいいいいいいい!」
何やら団長が全力でツッコミを入れている。
「大丈夫です。師匠ができると言ったことは必ずできました。構えを何時間も取り続けたり、落ちてくる葉っぱを30枚一息で貫いたりとか、最初は無理難題だと思いましたが、鍛錬していればできたのです」
「おい、ユーノ! 純真な子供になに吹き込んでんだあああああああああ!」
「そもそも兄上が最初にわたしに言ったことですよ?」
師匠の言葉に団長が再び頭を抱えた。
「なんてこった! 妹がここまで冗句のわからん脳筋だったとは!」
「……兄上、あとで話があります」
「い、いいだろう。いくらでも聞こうではないか」
団長の少し膝がカタカタ揺れている。ここまで駆け通しだったのだろう。部下のことを思いやる良い主だ。
「ライル、此方へ」
「はっ」
すっと出された合図に従い、腰を落として基本の構えをとる。
「手は前に。こう」
毬をつかむかのように手を広げる。
「手の中に玉があるように思いなさい。意識はその玉の中心へ」
「はい」
「意識を細く、針のごとく束ねなさい」
「はい」
周囲の喧騒が気にならなくなる。手の中には玉が見えた気がしてきた。
「肺腑から始まり左手より右手へ。力がだんだんと巡り行く」
呼吸から生み出された力を意識する。円環となった手の中に槍が差し込まれ、そのまま握りしめた。
「意識した力を切っ先に集めなさい。槍はすでにお前の手と同じ。力を通して指先に集めるように」
「はい」
「……なんということじゃ」
ドラゴンの少女、リンが嘆息を漏らす。
「いやあ、やってみるものねえ」
「ライル。これより飛来する魔弾をすべて切っ先で打ち抜きなさい」
「はいっ!」
「く、くくく。面白い。我が乱舞、とくと見よ!」
何かよくわからないが、槍先にこれまでにない力を感じる。
何かが光った。反射的にそこを突く。ふたたび光った。それも突く。目に入った光をそのまま順番に貫いていく。
「……見事なり」
「ふふん、私の弟子ですからね」
「試練は合格じゃ」
「ええ、ですよね。おめでとうライル。これでお前も竜騎士だぞ!」
「……はい?」
何やらよくわからないままに話が進んでいた。
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