いにしえの盟約

「さて、わらわがここに来た理由じゃがの、いにしえの盟約に従ってのことじゃ」

 リンが話し始めた。

「どういうことだ?」

「ライヘナウ帝国の興りということでしょうか?」

 ハンスがモノクルに指をかけながら問い返す。

 

「うむ、いまより1600年前。一人の戦士がわらわの先代……父上に竜騎士として認められた。彼のもの、ルドルフは7人の仲間と共に大陸を駆け巡り、ついには帝国を興した」

「……それは史書にも記されています」

「うむ、父上とルドルフは盟を結んだ。それで代替わりの際のあいさつに赴いたというわけじゃ」

「……なる、ほど?」

 この中で最も博識と思われるハンスが相槌を打っていたが、代替わりの挨拶という点でいろいろと疑問が生じていた。

「一つ聞きたのですが……」

 ハンスも同じような疑問を抱いたのだろう。

「なんじゃ?」

「先代の皇帝陛下が亡くなって6年です。そのあとは第一と第二の皇子が互いに皇帝を名乗って争っております」

「そうなのか」

 さらっと軽く流された。

「で、此方に逗留されている……アルベルト殿下は皇帝を名乗ってすらいません。無論継承権はお持ちのはずですが」

「ほう、まあ、わらわとて今の帝国の有様をよく知っておるわけではないからの。しかし、盟約の術式に基づいてこの地に導かれた。で、あれば彼のアルベルトこそが帝国を継ぐにふさわしき者ということじゃの」


 沈黙が場を満たす。


「その理由は何でしょう? 血筋という点ではどの方も皇帝の血を継いでいます」

「さあのう? わらわもようわからぬ。しかし、見ず知らずの村人を助けるために身体を張る。その勇気は実に尊いものであると思う。父上から聞いたルドルフも、困った人々を助けるうちにそのもとに人が集い、ついには大陸を制する力となったと聞く。その面影を感じた、ということではないか?」

「多くの人々を統べる王者としては軽率のそしりを受けると思いますがね」

「であれば周りがそれを補佐し、盛り立てればよい。故に難しいことは考えず、まずは立つのじゃ。のう、アルベルトよ」


「僕にどうしろって言うんですか……」

 育ちの良さと、同時に気の弱さを内包した面差しで途方に暮れたようにつぶやく。

「無論、ルドルフの志を継ぎ皇帝となるのじゃ」

「無茶いわないでください! 僕は確かに皇子として生まれた。けど僕に何の力もない!」

「だが、おぬしの行動に心動かされたものがいる。ノーグの村人は命がけでそなたを守ろうと働いた」

「う、それは……」

「護衛騎士もじゃ。ちと言葉は悪いがおぬしを売り渡せば相応の報酬が得られたであろうのう」

「……そう、ですね」

「それはおぬしを守るに足る、盛り立てるに足る者と思うておるからじゃ」

 リンの言葉に皆がうなずく。

「だけど……僕にはみなを守る力がない。守られるばかりだ」

「今はそれでよい。お主はまだまだこれからじゃ。知恵も力もおのずとついてくる」

「そうだ。それにだ、子供を甘やかすのは大人の特権ってやつだからな」

 団長が混ぜっ返すと周囲から笑いが漏れる。

「っと申し訳ありませぬ。殿下に無礼な口を……」

 この言葉にも笑いが漏れた。

「いや、いいんだ。僕はまだ無力な子供だ。だからこそ皆の期待に応えたいと思う」

「うむ、殊勝なり。その心根を忘れぬ限りわらわはお主を守る力となろうぞ」

「えっ!?」

「そういうことじゃ。無論代価はいただくがのう?」

「わかりました」

 ニヤリと笑みを浮かべるリンに即答する姿を見て皆が驚いた。

「お、おい。相手の条件も聞かずに即答するでない!」

「貴女は僕を守ると言ってくださった。ならばかなう限りの返礼をするのが王者たるものの矜持でありましょう」

「条件を聞くが聞くまいが変わらぬ、と?」

「そういうことです」

 笑みを浮かべるアルベルト殿下は何やら大きく見えた。今後の細かい方針などは団長たちが決めるだろう。俺はひたすら槍の腕を磨く、そう思っていると、足音が聞こえてきた。


「大変です! 村のふもとに傭兵団が集結しつつあり!」

「数は?」

「およそ500、旗は複数、中央にワイバーンの紋章」

「……血煙か」

 ワイバーンは辺境において死神に等しい扱いをされている。空から一気に舞いおり、人や家畜をその爪で引き裂き喰らう。

 ワイバーンの旗を掲げる血煙傭兵団はその機動力での一撃離脱を得意としており、その打撃力は諸々の傭兵団の中でも突出していた。


 敵情を探るため矢倉に上る。

「んー、ヴァレンシュタインの手回しニャね」

「こっちの兵力は100余り。まともにやったら勝てん。立てこもるにしても昨日の戦いで防衛施設はボロボロだ」

「にゅふ、まるで団長みたいな物言いニャ」

「師匠の教えだ。一人の兵として戦え。ただし……」

「一介の兵として在るな、だな」

「師匠!」

「うむ、よくわたしの教えを守っている。しかし、あれだ……少し見ないうちに立派になって」

「10年は少しじゃないですよ。って師匠にとってはほんの少しの時間だったかもしれませんが」

「ああ、君と最後に分かれてからわたしとしては1年もたってない。修行をして新たな力を身に着けたと思ったらリンに抱えられて空を飛んだ。で、今に至るというわけさ」

 やれやれと肩をすくめる師匠には、圧倒的な敵に取り囲まれているという悲壮感はない。そもそもリンが元の姿で戦えば桁が一つ増えても敵にならない。

「ああ、先に言っておくぞ。リンは戦えない。あの子が元の姿を取り戻せるのはその身に危機が迫っている時だ」

「そういうことですか」

「うむ、本人にも制御ができないそうだ。というわけで、君とわたしで敵を突き崩すぞ」

「はい、師匠」

 と、その時、敵陣から声が上がった。


「アルベルトとかいう小僧を差し出せ! そうすれば村は焼き払わず有り金全部で許してやる!」

 呼びかけている傭兵の周囲には縛り上げられた近くの村人がいた。

「ふむ、殿下の義侠心に付けこんできたか……」

「師匠、どうします?」

「逆に問う。ライル、君ならどうする?」

「そう、ですね……危険ですが」

「危険なしに成果は拾えないよ」

「殿下に前に出ていただきます。そうして耳目を集めているうちに別動隊が奇襲」

「うん、合格だ。それでよろしいですか?」

 矢倉の下には団長たちに守られて殿下がいた。


「ああ、それで行こう。だから、頼むよ。彼らを救い出してくれ」

 そういうと殿下は門の外へと歩を進める。


「行こう」

 師匠の後に付き従って俺は歩き出した。背後からは殿下が名乗りを上げている。


「僕がアルベルトだ! まずそこの人たちを開放しろ!」

「てめえにそれを選ぶことはできねえんだよ。やれ!」

 縛り上げられている村人の脚に剣先が突き込まれた。

 猿轡の下からくぐもった悲鳴が漏れる。


「やめろ!」

「やめてほしいか? ならお前がこっちにこい!」

「わかった」

 殿下はスラリと剣を抜き放つと、傭兵たちに向かって突進した。


「なにっ!?」

 素晴らしい速度で踏み込むと、脅しをかけてきていた傭兵の喉首を貫く。

 村人たちを拘束していた傭兵がシーマの狙撃を受けて倒れた。


「いまだ!」

 シリウスの部隊が素早く展開し、村人たちを保護に向かう。

「かかれ!」

 村人たちの背後に展開していた敵兵がこちらに向かってきた。


「行きます!」

「おう!」


 師匠に続いて俺も横合いから敵兵に突きかかる。


「はあっ!」

 気合一閃、突きだした槍先は……敵兵の胴に大穴をあけた。

 爆散した血や臓物が周囲にいた兵に降りかかり、盛大な悲鳴が上がる。


「あー、ごめん。言い忘れてた。君はさっきの試練で新たな段階の力を開放してるのよ」

「といいますと!?」

 師匠は的確に槍を突き出し敵兵を斃す。味方の援護という役割は充分にこなせていた。というか、最初の一撃が衝撃的過ぎたのか、誰もこっちに近寄ろうとしない。


「君の力の使い方を誘導しただけよ? 動作と呼吸を一体にすることで爆発的な威力が得られるの」

「ええ、それはわかっています。それだけじゃありませんね?」

「……魔力も循環させるように仕向けたの。君の槍先には魔力が付与されているのね。だからリンの魔力弾を破壊できたわけ」

「……なるほど」

「やー、普通はこの段階の修行で槍先に魔力を巡らせるようになるにはまた10年かかるはずなんだけどねえ」

 何やら不穏なことを言っている。とりあえず体の感覚に従って槍を振るう。


「偃月!」

 いつぞやの戦いで、どこぞの騎士が使っていた槍を振るう技に魔力を乗せる。

 思った通り、魔力の刃が放たれ、敵兵を斬り裂いた。


「……やー、一気にそこまで強くなるとは思わなかったなあ」

 師匠のあきれが混じる表情を背に、敵は逃げ出していった。

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