皇子アルベルト

 背後からがやがやとした声が聞こえてくる。

「お、後続が到着したな」

 ハンスが足早にこちらへ向かってきた。

「団長、本隊を率いて到着しました」

「ああ、ご苦労。負傷者の手当てを頼む。あとは……」

「なっ!?」

 団長の耳打ちにハンスが驚いた表情を浮かべる。

「周囲に斥候を出します。あとは柵の修理と……」

「ああ、一通り指示を出したら同行してくれ。やんごとない方にお会いすることになるだろう。うちとしても方針を決めんとならん」

「承知しました」


 後続の兵から戦闘の様子を聞かれ、うまく答えられずにいると、コルクマーが口を開いた。

「隊長の判断はすごかったぜ。状況を聞いてすぐに魔道具を使った。俺を含めて4人でウンカのように群がる敵兵に斬り込んだんだ」

「「おおー!」」

 どちらかというとシーマの狙撃が効果的だったと思うんだが……。

「確かに。頭役の兵をびし、バシッと射抜いて敵の動きが一気に鈍ったからな」

「あー、盛り上がってるところ悪いニャ。村長がなんかそこに所在なさげに立ってるんだニャ」

「え、ええ。申し訳ありませんが一度我が家にいらしていただけないでしょうか?」

 

 道すがら、と言ってもそれほど長い時間じゃないが情報の整理を行った。敵将はヴァレンシュタイン男爵で、第二皇子ウルリヒの陣営に属していること。

 戦いの前に出ていた伯爵様というのは、ロッソを中心にこのあたりを治めるオットー・ロッソウ伯爵のことだ。

 このあたりは穀倉地帯で、帝都への食料供給を担っている。帝都の抱える膨大な人口を支えるために周辺の領地から大量の食料が買い上げられていた。

 また、ノーグの村から少し離れると魔物が支配する森がある。そのため村人も実戦経験を持つ者が多かった。野盗崩れとはいえ傭兵相手に戦えたのはそういうことらしい。


「わかったかニャ?」

 シーマがフンスと胸をそらしてそう告げてきた。

「ああ、よくわかった。恩に着る」

 彼女は弓兵であるが、斥候などの潜入任務もこなしている。今回先遣隊として派遣されたのもその任務の一環だった。

 彼女も俺と同じく通信の魔道具を預かっており、俺が使わなければ彼女が即座に通信をするつもりだったと聞かされた。


「隊長の決断は見事だったニャ。ってことでこれからもよろしくニャ」

「あ、ああ。腕利きの弓兵がいるのは心強いからな」

 少し離れたところでは師匠と団長がワーワーと言いあっている。仲の良い兄妹が再会できたことをうれしく感じる自分がいた。


 再会して思ったことは、結局俺は故郷の村の閉塞感に耐えられなかったのだろうと言うことだ。村の恩人である師匠を探す。それは間違いなく本気で思っていたことだけども、言い訳にも使っていたのだ。

 何度も戦いに臨み何人もの敵兵を……殺してきた。自分は彼らの命に見合う何かを成せるのだろうか。


「んー、なんか難しいこと考えてるニャね?」

「ん? わかるのか?」

「こーんなしかめっ面してりゃすぐにわかるニャ」

「……そんなものか」

「んー、団長の妹さんと話してるときはもっといい顔してたのにニャ。とりあえずは……今日とか明日を生きて迎える。それくらいでいいんじゃないかニャ」

「あ、ああ。そうだな。師匠と再会できて、目指してたものがちょっと見えなくなってた。けどそれで終わりじゃないよな」

「ふふーん。妹さんすんごい美人だからニャあ」

 にゅふふふふと含み笑いしているシーマ。なぜかわずかに背後から殺気を感じた。

「いや、師匠は確かに美人だけど、そういうのとは違うだろ」

 ずるべしゃあと派手に誰かが転ぶような音がした。背後を見るが師匠と団長が並んで歩いているだけで、特に変わったことはない。

「ふふーん、まあいいニャ」

 シーマの含み笑いは村長宅までずっと続いた。


 村長宅の広間に通される。テーブルの上座には一人の少年が所在無さげに座っていた。


「ああ、初めまして、かな。アルベルト・フォン・ライヘナウ……だ」

 何とか威厳を出そうと尊大な口調を作ろうとして失敗していた。その姿に、何やら生暖かい空気が流れる。


「実は……」

 アルベルト殿下が語った内容は、物語などでありそうな話だった。

 内乱がはじまったころ、兄二人にどちらにつくかを迫られ、お付きの騎士と二人で帝都を脱出して以降はロッソで普通の少年として暮らしていた。


「逆に皇子ここにありみたいに目立つ行動をしたらまずいと思ったんだよね」

 取り繕っても仕方ないと開き直ったか、口調は市井の少年のようだった。

 それでも内容は壮絶だ。兄二人に居場所を探られ、追手らしき者が周囲をうろつくようになったので、単独行動でお付きの騎士と別れロッソ周囲を冒険者として旅していたそうだ。


「半月ほど前にここにきて、村に出入りしていた傭兵といさかいを起こしてしまったんだ」

 アルベルト殿下の脇に一人の少女が必死な表情で控えていた。

 彼女が殿下に救われたという村娘なのだろう。


「どうも人相書きみたいなのが回っていたみたいでね。村周辺に傭兵が現れるようになった。魔物狩りだと言われればこっちからは何とも言えない。だから僕一人で村を出ようとしたんだけどね……」

「村人の恩人を一人で放り出すなどできませぬ」

 村長がしっかりとした口調でそう告げた。

 ゲオルグもうんうんと頷いている。


「なるほど。事情は分かりました。その上でお聞きします。今後どうされるのですか?」

 団長の問いかけにアルベルト殿下は渋面を作る。


「今後……うーん」

「もはや日和見は許されません。どちらにも付かないと言っても兄上方は信じてくれますまい」

「そう、そこなんだ。ただ……今の帝国の状況は良くない。兄上たちが手を取り合ってくれればいいんだが」

「無理ですな。それができるなら6年前にそうなっています」

「だよねえ……」

 テーブルに突っ伏す姿は年相応の少年のものだった。しかし、その血筋がただの少年であることを許さない。


「ここに書状があります。ロッソウ伯爵からのものです」

「……見せて」

 ゲオルグが団長から書面を受け取り、アルベルト殿下に渡す。まるで近衛兵のような振舞だったが誰も異を挟むことはなかった。


「……なるほど。そうだよねえ。僕らがとりあえずとはいえロッソウで暮らせていたのは伯爵の支援だったわけだ。カールの伝手ってそういうことか。まあ、薄々と察してはいたけど」

 カールというのはおそらくお付きの騎士のことだろう。


「ノルベルト、伯爵はまず君を頼れと言ってきている。傭兵団シリウスを護衛に付けるってね」

「はい。表立って伯爵領の兵力を動かせないので、我らがまず殿下をお守りいたします」

「……わかった。もはや僕がどうこうって問題じゃなくなっている。倒れたノーグの人に報いるためにも僕は生き抜かなきゃならないんだ」

「立派なご決断です。ハンス、連絡網を回してくれ」

「承知しました」

 団長の指示にハンスはすぐに頷くと足早に部屋を出た。

 伝手のある傭兵団に同盟を持ち掛けてあったそうだ。


「さて、それではわらわの番じゃの」

 リンが重々しく声を発した。師匠は無言でその様子を見ていた。

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