獅子の怒り
敵の攻撃を一度は退けたが、第二波の攻勢が迫っていた。負傷した村人はひどく苦しんでいる。
「刺した剣先に毒が塗られているようです」
「なんだって!?」
診察した村の医者が苦渋の顔を浮かべる。
症状からして即効性の毒で、解毒剤は少なくともこの村の備蓄にはない。
「ハンス、団の物資には?」
「それが……むろん毒矢に備えての準備はあるのですが」
「……許せぬ。狙うなら僕だけにすればいい。何の関係もない無辜の民をいたずらに傷つけるか」
アルベルト殿下の周囲に何やらオーラのようなものが見える。
「ライル、君にも見えるか」
「はい、気当たりとも違う。あれは……?」
「魔力だ。高貴なる血脈は魔法使いの血を継ぐ。だがあれは……なんともすさまじいな」
「命ずる。あの卑怯者どもを討ちとってくるんだ」
毛が逆立ちそうな勢いでゆらりと空気が揺れる。アルベルト殿下は怒りを吐き出すかのような鋭い口調で俺たちに命じた。
「はっ!」
団長と師匠が膝をついて首肯する。
「先陣は俺が!」
その雰囲気に浮かされたように立ち上がり、走り出す。
「俺たちもお供しますぜ」
コルクマーたちが脇を固めるように立ち上がった。
「ふふ、ならばわたしが援護しよう。アルギズ、テイワズ、ライゾー、イングズ、ルーンの加護よ、在れ」
師匠の指先が描いた魔術文字は俺たちに様々な強化を施した。何やらハンスがものすごく複雑な表情を浮かべている。
「いけ!」
師匠の激に従って足を踏み出すと……軽く踏み込んだ蹴り足で景色が流れた。
「うおおおおお、なんじゃこりゃあ!?」
「すごい、鎧も武器も重さを感じない!」
付き従う兵たちも驚きの声を上げている。魔弾のごとくの勢いで敵陣に突入した。
「はあ!」
盾を構える陣列に突きかかる。普段の俺なら盾を叩き割って刺突することはたやすい。
そして軽く突き出した槍は……盾兵数人を吹き飛ばした。
「ぬああああああああああ!?」
背後に守られていた弓兵が巻き込まれて倒れ伏す。
「どうりゃああああああああああ!」
コルクマーが開いた陣列に斬り込んで縦横無尽に剣を振るう。一振りごとに腕やら首やらが斬り飛ばされ、敵兵は大混乱に陥った。
槍衾が蹴散らされたのを好機と見た団長が角笛を吹き鳴らさせる。
「クリストフ、突撃だ!」
「承知!」
虎の子の騎兵十騎が槍先をそろえて突進した。
前衛の部隊が蹴散らされ潰走する。
「敵は裏崩れを起こしたぞ! 続け!」
前衛が馬蹄に掛けられ、大混乱を起こして潰走する。そこにさらなる追撃を命ずる団長の激に応じて俺も前に出る。
「偃月!」
一振りで五つの首が飛んだ。クリストフの騎兵に混じって馬上からシーマの矢継ぎ早の妙技、退く手も見せぬ三連射が馬上で特選していた敵の隊長を射抜いた。
「押し返せ!」
血煙傭兵団の騎兵も前進しようとするが、潰走してくる味方に阻まれ動きを封じられて思うように任せない。
「ちくしょう、何たることだ!」
「ふん、テオバルト。お前の敗因は、足手まといを大量に引き連れてきたことだよ!」
団長率いる主力が敵の本隊とぶつかった。騎兵を中心とした部隊は……足を止められると弱い。
「馬を狙え!」
長槍隊が穂先をそろえて真横に突き出す。下から騎上を狙えば叩き落とされる。ならば真横に突いて馬を倒せばあとはただの的だ。
「突け突け突けええええええい!」
後方から指揮する団長に向かって敵の隊長が突進を始めた。突き出される槍先を見事な槍さばきで弾き飛ばし、隊列を突き崩す。
「いかん!」
誰かが声を上げた。団長の周辺の兵が槍先をそろえるが敵の隊長テオバルトに全くかなわない。
「ふん、その首貰った」
指揮に使っていた剣を投げ捨てると従兵から槍を受け取る。
突きだされる穂先を何とか払う。
「ぐうっ! この馬鹿力が……」
「頭でっかちの貧弱野郎が、地獄では鍛錬を欠かすなよ」
「ああ、今度からはそうするよ!」
何とか攻撃を防いでいるが徐々に追い詰められている。こっちは敵陣深く切り込んでいたため、戻ることができない。
そしてついにテオバルトの槍先が団長の槍を弾き、その隙を逃さずに突き込まれた槍先は団長の喉首を貫かんとして……別の槍に阻まれた。
「兄上、その者の申す通りです。もう少し鍛錬をしましょう」
「くっ、邪魔をするな!?」
「一応こんなのでも血を分けた兄なのですよ」
「こんなの言うな!」
「とりあえず下がっていてくださいな。邪魔です」
取りあえず師匠が割って入ったことによって団長が討たれる心配はなくなった。
こちらの陣列に突入してくる騎兵はあらかた倒され、援護の歩兵が何とか騎兵を逃がさんとぶつかってきている。
「弓兵、射よ!」
ハンスが息も絶え絶えの団長に代わって命を下す。
二〇人ほどの弓兵が一斉に矢を放ち、背後に迫っていた歩兵の足止めに成功した。
「ってお前、ユーノか!」
「お久しぶりです、テオバルト卿。腕を上げましたね」
「ちぃ!」
数度の突きの応酬で、テオバルトは師匠に勝てないことに気づくと逃げの一手を打つ。
「逃がしませんよ」
「なんてこったあ!?」
下段突きから変化した一閃はテオバルトの足を払い転倒させた。
突きつけられた槍先に、武器を捨てて両手を上にあげる。
「テオバルトはこのユーノ・ヴィゼルが捕らえた! 次の相手は誰だ!」
大音声に呼びかける声に敵は崩壊した。四分五裂して逃げまどう姿はいっそ哀れではあったが、クリストフ率いる騎兵が背後から敵兵をなぎ倒す。
戦闘で真っ向からぶつかる時というのは意外と死人は出ない。最も兵が死ぬのは敗走している時だ。
この時も、最初の激突から敗走に至るまでの時間の何倍もの兵が追撃によって倒れていった。
「慈悲なる者、癒しの御手よ」
村に戻ると何やら信じがたい光景が広がっていた。
殿下の後ろに控えていた少女が……治癒魔法を使っていたのだ。
「ありがとう、ルナ」
「いいえ……」
疲れを見せながらもはにかんだように微笑む少女。
「要するに、あの子も狙われるべくして狙われたということだ」
疲労困憊の団長がげっそりとした表情を浮かべている。
「なるほど?」
「去年、聖女が叙任前に逃げ出したって話があっただろ?」
「あ、ああ、そういうことで」
「聖女を陣営に引っ張り込んだ方は神に選ばれたって名分を手に入れることができる。ましてや今代の聖女様は今迄みたいなお飾りじゃなく……」
「実質の力があると」
「そういうことだ。まあ、アルベルト殿下の立場がどんどん強化されているようで、助かると言えばそうなんだが」
「それでも問題は山積みと」
「そうなんだ。血煙の連中の旗が上がったときは本気で逃げる算段考えてたからなあ……」
がっくりとうなだれる団長の背中を師匠がすぱーんと叩いた。
「勝ったのに景気の悪い顔をするでないぞ!」
その隣にはなぜか自由の身でテオバルトがゲラゲラと笑っている。
「師匠、よろしいので?」
「ああ、もともと旧知の仲だからな」
「……なるほど」
「それに臨時雇いを殺しても仕方あるまい」
「おう、雇い主は俺をほったらかして逃げやがったしな。だったら俺も義理立てする必要はあるまいよ」
「というわけでわたしが個人的に雇った」
「んなっ!?」
「なんだ兄上。何か言いたいことでもあるのか?」
「ぐ、ぐぬぬ。そういうお前はどうするんだ?」
「うむ、殿下の護衛だ。報酬は出世払いと言い切られて思わず笑ってしまったよ」
けらけらと笑う師匠はいつぞや俺に槍を教えてくれた時と同じだった。
「あー、ライルよ。今回の戦いの功績をもって切り込み隊長にする。給料は倍だ」
いきなりの言葉に団長を二度見する。
「俺ただ暴れてただけだぞ?」
「の割には敵の陣列がどんどんと崩れていったけどな。ま、あれだ。お前にゃ戦況を見抜く眼力みたいなもんがある。だから言い方はあれだが勘で突っ込め」
「あ、ああ……」
「ふふ、仲が良いのだな」
「ん、まあな」
「それは良いことだ」
ふわりと笑った師匠の後ろから風が吹く。それは戦場に残った血の臭いを洗い流すかのような、さわやかな木々の匂いを運んできた。
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