旗揚げ
第三皇子アルベルトがロッソウ領ノーグで挙兵した知らせはまたたく間に帝国全土を駆け巡った。
いくつかの人助けと、ノーグであった戦いのうわさは尾ひれをまとい、どんどんと大きな話題となる。さらに巨大なドラゴンがノーグに降り立った噂は、ノーグでの戦いに参加した傭兵たちからうわさ話がどんどんと広がっていた。
そのドラゴンは竜王リンドブルムで、アルベルト皇子は初代皇帝と同じ加護を得て盟約に従い皇統を認められた、との情報はいまだ小競り合いを繰り返す両皇子の陣営を大きく揺るがせていた。
「アルベルトが竜王の加護を得ただと?」
その片割れの第一皇子ヘルムートは不機嫌な表情を隠しもせずに、報告に来た部下に問い返した。
「はっ、竜騎士の称号を得たと自称する傭兵がアルベルト殿下にお仕えしているとの流言も出ております」
「潰せ」
「は、はい?」
「潰せと言ったんだ。ヴァレンシュタインを差し向けろ」
「しかし、アウグスト殿下の兵と対峙しておりますゆえ、ヴァレンシュタイン卿を引き抜くと……」
「ふむ、ならばアウグストに使いを出せ。ともにアルベルトを討つとな」
「は、ははっ」
その決断は戦略的に正しいものであっただろう。あと少し早ければ。
講和の使者はアウグスト陣営に到着することはなかったのだ。
帝都郊外、ライヘルツの丘にアウグスト皇子の本営はあった。
そのふもとに集結したヴァレンシュタイン男爵は攻撃命令を下していた。麾下の部隊を小集団に分割し、警戒網をすり抜けて本陣付近で合流するという離れ業を演じて見せたのだ。
「敵襲!」
「なにっ!? 前線の兵は何をしている!?」
アウグストも油断していたわけではない。帝都方面には部隊をいくつも配置し、迂回路にも見張りを貼り付けている。
本隊に有効な攻撃を加えることができるだけの兵力を派遣することは無理と言えるだけの警戒網を作り上げていた。
これはアウグスト自身が将軍として有能であることを意味した。軍は基本的にまとまっていてその力を発揮する。分散させれば各個撃破の的となり、士気の低い兵であれば逃亡も多くなる。
その常識を根底から覆し、散開した部隊を敵中で再集結させ、本陣への奇襲を敢行した手腕は人ならざる者と言えた。
「迎撃だ! 前方に展開する部隊を呼び戻せ!」
動揺から立ち直り即座に命を下す。歴戦の将領でもなかなかできないことだ。兄が帝都を治め、弟が外敵を討つ。この体制ができていれば帝国は揺るぐことはなかっただろう。
ともに別の才を持ち、相手を見下すという悪癖がなければ、手を取り合うこともできていたのだろう。
「突撃!」
重装歩兵がその鎧の重さをものともしない勢いで駆ける。盾をかざし防ぎ矢を跳ね返しつつ突貫した。
「うわああああああああああああああああ!?」
勢いの付いた重装歩兵は容易に敵兵を跳ね飛ばし、人体と鎧の重量で踏みにじる。そこに後方に隠れるように前進していた軽装歩兵が展開し、あっという間に半包囲の陣形を整える。
「なんでだ、どうしてこうなったんだ!?」
アウグストは崩壊する自分の部隊を見捨ててほぼ単騎で逃げ出す羽目になった。
本陣への襲撃で全軍が混乱し、第一皇子の軍が一斉攻撃を始めたため、第二皇子の軍は大損害を被り、事実上壊滅した。
しかし、ただやられたわけでもなく、混乱のさなかにも足を止め戦い抜いた部隊も多く、これまでの対立姿勢から降伏する部隊も少なかったことで両軍に被害が続出した。
結果、第二皇子の軍は半数近い死傷者を出したが、第一皇子の軍も二割近い兵力を喪失した。
このことは皇帝に従うべき兵の……過半が消失したことを意味した。
勝報を聞いたヘルムートは頭を抱えた。日和見貴族の糾合にアルベルトが成功した場合、此方を上回ることはなくとも優位に事を運べるだけの戦力差にならない。
また直属の兵が大きな損害を受けた今、ヴァレンシュタインの率いる傭兵部隊が大きな比率を占めることになる。
「あいつ……これを狙っていたのか?」
黒い疑念が心中を満たすが、仮にそうであっても敵中を少数の兵で突破し、敵陣の真ん前で再集結を果たすという前代未聞の作戦を成功させた。
このことでヴァレンシュタインの名声は大いに高まっている。まして、大規模な回線を勝利に導いた戦功あるものを罰するならば、味方は一気に瓦解するだろう。
そう考えて再びため息が出る。
「正式は報償は即位後とするが、これは手付だ。ヴァレンシュタイン男爵を伯爵に任ずる。任地は未定であるが、愚弟に付いた者も多い故な。期待するがよいぞ」
「ははっ! 陛下の恩に報いるため、今後も粉骨の覚悟にて働く所存にございます」
「うむ、殊勝なり。貴公のこれからの働きにも期待しておるぞ」
「はっ、されば再びノーグへ遠征に赴きましょう。アルベルト殿下を詐称する叛徒どもの首を手土産にしてくれましょう程に」
「ははは、それは良いな。しかし貴公も長対陣の後である。ひと月の休暇を与える故、英気を養うがよい」
「……承知いたしました。ご配慮感謝いたします」
「貴公には苦労を掛けた。なればこそ、我が股肱として栄華を分かち合いたいものよ」
「ありがたきお言葉にございます。されど、陛下の敵を平らげるまで、臣は枕を高くすることはあり得ませぬ」
「ふむ、されば策を聞こう」
「ロッソウ伯が以前より南方辺境領で蠢動しておりました。アルベルト殿下を名乗る叛徒も彼の所領、ノーグにて挙兵しております」
「うむ、なればリングシュタット候にはロッソウを攻めてもらおう」
「御意のままに」
会戦から半月ほどで配下の軍の再編を終えたヘルムートは、配下の大貴族であるリングシュタット候クルトに五千の兵を与えて差し向けた。
ロッソウ伯の手勢は千五百余り。
「領内で戦えば領民に被害が出る。出陣だ」
ロッソウの北、帝都との間を結ぶ街道の小高い丘を中心に布陣した。
その丘の名前をとってヴェルダン会戦と呼ばれる戦いは、アルベルト皇子の初陣となる。
街道を挟んで両軍は展開し、戦意は刻一刻と高まっていた。
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