急報

「ノルベルト、兵の集まりはどうだい?」

「はっ、いくつかの傭兵団が参戦を申し出てくれております」

「そうか、到着したら教えて。僕から感謝の言葉を伝えたい」

 普通は参戦させてくれてありがとうございますって体になるんじゃなかろうか、と思っていると案の定というか、師匠が口を挟んだ。


「殿下、さすがに軽すぎます」

「軽い、とは? だって僕のために戦ってくれるってことだよね?」

「建前ではそうですね」

「建前……」

「極論を言えば食事です」

「……なるほど」

 思うところがあったのだろう。少し苦い表情を浮かべて殿下がうなずいた。


「ロッソウでもあった。借金を背負ってしまった男が身を持ち崩していくのだ」

「食べることと生きることとはほぼ同じこと。人もまた生き物です。死が身近に迫れば形振りなど構えませぬ」

「わかった。まずは僕のもとに集った人々を飢えさせないことだな」

「はい、しかしそれすら第一歩にすぎませぬ」

「ああ、そうだね。なんとも重たい課題だよ」

「それにはまず殿下が彼らを従わせないとなりません」

「では、彼らのあいさつを迎えるようにしよう。少なくとも僕の言うことを聞いてもらわないといけないからね。最初が肝心、そういうことだろ?」

 その言葉に師匠はにっこりと微笑んだ。


 集う傭兵も様々だ。シリウスのようにある程度規律を保っている集団から、数人のパーティ規模、以前の俺のように単身で戦場を渡り歩いている奴が大多数だ。

 その経歴も様々だろう。団長のように実家が没落した。盗賊に村を焼き払われた。戦争に巻き込まれた。

 人間の数だけ事情がある。


「ハンス、食料は足りそうか?」

「……そう、ですね五百までならなんとか。それ以上となると買い付けの規模を大きくしないと厳しくなります」

「資金は?」

「ノーグとその周辺からも出ておりますがなかなか厳しいですね。とりあえず新た医やってきた連中にはギルドの依頼をさせています」

 ハンスが少し困った表情である一点を見ていた。

 そこにはすさまじい量で料理を平らげていくリンの姿があった。


「ドラゴンってのはよく食べるんだな」

「ほかのドラゴンを知らないのでなんとも……」

 団長とハンスの恨み節を知ってか知らずか、リンのご機嫌な声が響いた。曰く「おかわり!」


「かかれ!」

 数日後、俺は小隊をいくつか率いて山中に分け入っていた。先日の戦いで逃げ散った敗残兵が潜んでいる可能性があるからだ。


「シーマ、どうだ?」

「んー、10人くらいかニャ」

 場合によっては降伏を勧告し、従わなければ討つ。治安を回復しておかないと近隣からの支援が受けられないし、何より背後を脅かされてはまずい。


 こうしてもぐらたたきのような作戦がひと月余り続き、経験の浅い兵に実戦経験を積ませることもできた。


 そんなさなか、いくつかの報告がもたらされた。


「第一皇子と第二皇子の軍が激突した」

「なっ!?」

 アルベルト殿下は驚きの声を漏らした。

「……勝ったのは第一皇子の軍だそうです。第一戦功はアルブレヒト・ヴァレンシュタイン」

 ハンスの言葉で場に緊張感が走る。

「……ここで僕が降れば帝国はまたまとまるのかい?」

「残念ながらそうはならないでしょう。アウグスト殿下は戦場から離脱し、配下の貴族のもとに身を寄せております。戦力を大幅に失ったことは事実ですが……」

「アウグスト兄上が降っても許されない、か。であれば戦いはまだ続くわけだね」

「これは最悪の想像ですが、外国の軍を引き込むことも考えられます。負けたら命を失うのであれば国土の割譲すらためらわないでしょう」


 重苦しい沈黙が場を満たす。派閥が分裂しても帝国は一つの国体を保っていた。しかし、場合によっては第二皇子派閥が別の国を建てると宣言することすらあり得るのだ。

 そうなれば国力は大きく衰退し、曲りなりに帝国が果たしてきていた大陸の秩序の維持は果たされなくなるだろう。


「今以上にひどい戦乱が起きうると言うわけか」

「それも低くない可能性で、となります」

 ひとまずは戦力の増強を続けるということで、問題は先送りされた。そもそも今の兵力では万を超えるヘルムート軍に勝てるわけもないのである。


 そうしてさらにひと月後、さらなる状況悪化を示す伝令が現れた。


「注進! リングシュタット侯爵の手勢を中心とした五千がロッソウに向けて進軍。伯爵は手勢を率いて出撃、ヴェルダンの砦に入られました。現在にらみ合いが続いております!」

 早馬を乗り継いでやってきた使者はロッソウ伯とのつなぎを担当していた。

 ノーグからロッソウまでは1日の距離なので、それほど前の話ではない。


「ノルベルト、出陣だ」

「殿下ならそうおっしゃると思いましたよ。なんとか敵の背後を衝いてやれば勝ち目はあります」

 団長もなんとか場を盛り上げようと軽口をたたくが、リングシュタット侯爵は歴戦のつわもので、背後からの奇襲を許すようなことはないだろう。


「ライル、先駆けを率いて出立しろ」

「承知」

 

 軍議が行われていた村長宅から出るとすぐにシーマとコルクマーがやってきた。

「隊長、出撃ニャ?」

「ああ、先遣隊として出る。敵の背後をかく乱するぞ」

「あちしにお任せニャ!」

「行くぞ野郎ども!」

 コルクマーのあげた激に先駆け隊の皆が応える。

 

「シリウス先駆け隊、出る!」

 門を開いて駆け出すと、後ろから一塊の兵が付いてくる。


「なんだ、見送りならいらんぞ?」

「俺たちも連れて行ってくれ。もちろんあんたの指示には従う」

「いいだろう。ただし、俺たちの任務は先駆けだ。一番危険な役回りってことだけは頭に入れておいてくれ」

「もちろんだ。手柄を立てればアルベルト殿下の覚えもよくなるだろ?」

「まあ、そうだな。あの皇子様は悪くない。少なくとも働きに応じた褒美はくださるだろうさ」

「なんとも働き甲斐のある主君じゃねえか。あとは気前が良ければ最高だな!」

 先駆け隊を追いかけてきた傭兵は大笑いしていた。


 ロッソウを通り過ぎ北上する。街道の両脇は春にまいた麦が実り始め、穂波が揺れている。

 ここを踏み荒らされればロッソウのみならず帝都も飢える。しかし第一皇子はそんなことも考えが及んでいないのだろう。

 ロッソウの備蓄を狙っているのかもしれないが、それとて今年を乗り切る分だ。来年以降のことを全く考えていない。

 ふつふつと沸きあがる感情を押さえ、ロッソウを出て二日後、俺たちはヴェルダンの丘を見渡せる平原の端にたどり着いていた。

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