防衛戦

「ぐああああああ!」

「痛い、痛い痛いあああああああ!」


 矢を受けた村人たちがのたうち回る。タチの悪いことに火矢に混じって普通の矢が飛んできていた。

 暗闇に覆われつつある今、火矢は目立つ。それを避けようと動くと普通の矢が飛んできて突き刺さるというわけだ。


「柵に火が移るぞ、消すんだ!」

 誰かが叫ぶと、棒立ちになっていた数人の村人が柵に向かって駆けだす。

「いかん!」

 柵という明確な目標がある状態でそこに近づけばただの的だ。

 駆け寄った数人は悲鳴を上げる間もなく何本も矢を受けて息絶えた。


「弓持ちは反撃だ! 街路をふさげ! みな中央の広場に集まるんだ!」

 村長の息子、ゲオルグが一瞬の動揺から立ち直って指示を下す。初手の火矢で村人たちは大きく動揺していた。

 外縁部の家は火矢を受け、火の手が上がりつつある。赤々と燃え盛る炎はこちらの姿を照らし出していた。

 そうして迫る敵兵も炎に照らされて浮かび上がる。思った以上に前進してきていた。


「コルクマー、続け!」

 柵の側に迫っている敵の弓兵を打ち倒すべく、出撃する。


「はああああああああああああああ!」

 飛んでくる矢を槍で弾く。

「なにっ!」

「ぬん!」

 ざくりと肉を貫く感触。眼前にいた敵兵は断末魔を上げるいとまもなく息絶える。

 槍を引くと同時に踏み込み次の敵兵を槍玉にあげる。胴を貫かれた敵兵は苦悶の表情で絶叫する。そのまま槍を大きく振り、敵兵の身体を集団の中に投げ込む。

 

「お、ああああああああああああああああああああああああ!」

 獣のごとく喚声を上げ、目についた敵兵に向け槍先を繰り出す。

 ドスドスと肉を貫く鈍い感触。鉄さびのような血の臭いが鼻を満たし目の奥に鈍い痛みを覚える。


「隊長に続け!」

 コルクマーが弓兵の陣列に斬り込み、大剣を縦横に振るう。その巨躯から繰り出される斬撃は敵兵を藁人形のごとく斬り飛ばしていった。


 弓兵の後方から歩兵の一手が上がってくる。

 横一列に並んで駆けあがってくる様は訓練された兵のものだ。


「かか、カヒュッ!」

 剣を振りかざし攻撃の命を下そうとしていた隊長格の兵の口に矢が突き立った。

 唐突な隊長の戦死に率いられてきた兵が一瞬立ちすくむ。


「があああああああああああああああああ!!!!」

 一瞬の空白はコルクマーの喚声で埋められた。腰だめに構えた大剣を槍のように突き出す。顔面に剣を受けた敵兵は悲鳴を上げる事すら敵わず、頭蓋を砕かれ崩れ落ちた。

 そのあまりに悲惨な死にざまに周囲の兵が明らかにひるむ。


「おおおお!」

 俺たちの戦闘を見てゲオルグが10人ほどを率いて切り込んできた。それによって敵の先手は完全に算を乱す。


「ゲオルグ殿、一度下がるぞ!」

「承知した。一斉に切りかかれ。敵が怯んだら後ろを見ずに逃げろ!」

「おおおおおおおう!」

 

「「せいっ!」」

 ガァンと渾身の力で武器を目の前の兵にたたきつける。受けそこなった不運な敵兵はそのまま血しぶきの中に沈む。

 敵の背後からもガンガンと鐘を打ち鳴らす音が聞こえた。

 その音を合図に物別れとなり、村の柵の中に駆け込む。


「見事な采配だ」

 俺の言葉にゲオルグはニヤリと笑みを返す。彼も必死なのだろう。ヒューヒューと荒い呼吸が聞こえ、剣を持つ手は強張りわずかに震えていた。


「ちくしょう、ちくしょおおおおおお!」

 身内を失った村人が外に飛び出そうとしているのを止められている。

「お前ひとりで出ても死ぬだけだ!」

「けどよう! 兄貴が、兄貴が、うわああああああああああああああ!」

 泣き叫ぶ彼は激情に駆られている。

「仇は必ず取る。俺を信じてくれ!」

 ゲオルグは先ほどまでの疲れ切った表情はかけらも見せず、厳然と村人を諭す。

「ああ、わかったよ……すまねえ」


 そのやり取りにほかの村人の目にも光が戻った。そして身内を殺された怒りが伝播して行く。


「東から敵が攻め上ってきました!」

「よし、続け!」

「おう!」

 ゲオルグが剣を手に立ちあがる。

 こうして幾度かの戦闘が繰り広げられた。


「この戦いの一番手柄はシーマだな」

 敵の攻勢をしのいで小休止を取っているときに、仲間の一人がぼそっとつぶやいた。

「ああ、間違いない」


 シーマの狙撃で隊長格が数人倒された。そうなると、指揮官クラスは前に出てこなくなる。敵兵は逃げ腰になって簡単に退いていくのだ。


「にゅふふふふー。お褒めに預かり光栄ニャ」

「いい働きをしたら称える。それがシリウスの流儀なんだろう?」

「にゅふ。其の通りニャ。あちしの弓は冴えわたっているニャー」

 のほほんとした戦場に似つかわしくない笑みを浮かべる。ただ普段はピコピコと揺れている尻尾がだらりと垂れ下がっていた。

 狙撃には極度の集中が要る。まして戦場の緊張感の中でだ。彼女でなくとも極度の疲労に襲われるだろう。


「夜半を過ぎた。ここからが本番だ。おそらく明け方に総攻撃があるだろう」

 俺の言葉にシリウスのメンバーは頷き、村人の頭役たちはぎょっとした表情を浮かべる。


「今まで攻めてきていたのは野盗崩れの傭兵だ。だからそれほど強くない。本命は後方に控えているあの部隊だ」

「うみゅ。雰囲気からして違うニャ」

 シーマの言葉にゲオルグが固唾を呑む。

「だが、負けるわけには行かない。それに援軍が来るのだろう?」

「ああ、大丈夫だ。団長は俺たちを見捨てることはない」

「ならばしのぎ切って見せよう。そしてノーグに手を出したことを後悔させてやるんだ!」

「そうだ!」

「いいぞ、若!」

 

 村人たちの士気はまだ折れていない。ゲオルグがその時々で村人たちを激励している。


「んー、あのゲオルグとやらスカウトできないかニャ」

「村長の息子で、跡取りっぽいからな。難しいだろ」

「残念ニャ」

 シーマはそういうとコロンと横になった。すやすやと寝息を立てている。


 負傷して戦闘に耐えられなくなった村人を見張りに立て、主力は交代で仮眠をとる。


 そうして払暁。ずっと後方にいた部隊が動き出した。


 その陣頭に立つ敵指揮官は、暗闇を切り抜いたかのような真っ黒のサーコートに裏地を鮮血で染めにいたかのようなマントをまとい、黒鹿毛の軍馬にまたがる姿は死神を思わせるような姿だった。


「っちゃー、まさかまさかなのニャ」

「どういうことだ?」

「傭兵王のお出ましなのニャ」

 

 傭兵王アルブレヒト・ヴェンツェル。東方から攻め寄せた蛮族の大軍を撃破したことでヴァレンシュタイン男爵の位を賜った。まさに立志伝中の人物だ。

 いくつもの傭兵団を率い、蛮族との会戦では一国の軍に匹敵する兵力を集めたことから、傭兵の王としての異名を持つに至った。


 その戦いぶりの苛烈さは血も涙もないと称される蛮族の王が泣きながら逃げまどったと言われる。


「援軍間に合っても分が悪いニャ」

「肚を決めるしかないな」

「にゅふー。いざって時に人間はその真価をさらけ出すっていうけどニャ。隊長のそういうところは良いと思うニャ」

「ありがとよ。お前さんの弓であいつを何とかできないか?」

「んー、奴はいくつもの魔道具で守られてるからニャ」

「……どうしろってんだよ」

 前線でぼやき合う俺たちを村人たちは苦笑いを浮かべて眺めている。

 普段通りってのは大事なんだよ。


「かかれ」

 ぼそりとつぶやくような口調だが不思議と通る声だった。

 従兵が角笛を吹き鳴らす。それを聞いたほかの兵も音色を重ねるかのように笛を吹き鳴らした。


 ドドドドドドドドドと腹の底から響くような足音を立てて重装歩兵が村に迫る。迎撃の矢が放たれるがかざした盾と鎧に阻まれ、まったく損害を与えられない。


「ひゅっ」

 かすかな吐息と共に弦から指が離され、矢が放たれる。それは先頭を走っていた敵兵の面頬の隙間をすり抜け顔面に突き立った。

 そのまま悲鳴も上げずに転倒する敵兵を踏み越え、まったく動揺することもなく歩を進める。


「うわあ……」

 コルクマーの気の抜けたような声を出す。

 敵将の統率は鉄鎖で繋がれたように行き渡り、一人の兵が倒れたとて小動もしない様子だ。

 あ、これはいかん。ぶつかったらひとたまりもない。


「にゅー。これは間に合わんニャ」

 いつの間にか小屋の屋根に上っていたシーマが敵の背後を見やる。敵の後背を突く方向に味方の援軍が現れる予定なのだが、影も形も見えない。


 ゲオルグがギリッと歯を噛みしめ、迎撃の命を下そうとしたその時、登り行く日を何者かが遮った。


「ふぁっ!?」

 シーマの叫びに空を見やると……巨大な翼を広げて飛来する何かがいる。


「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!!」

 その咆哮はその場にいた人間すべてを金縛りにしたのだった。

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