初任務

 王都を挟んで睨みあいを続ける両皇子の陣営は現状を打破する方法を互いに探っていた。

 謀略が飛び交い、味方陣営の中でも疑心が交差する。正面からの決戦はまだ互いに避けようとしていた。

 会戦となればどちらが勝つにせよ大きな損害が出ることは確実で、大幅な国力の低下は避けられない。

 であれば現状は盟を結んでいる諸国も帝国の領土をかすめ取ろうと動くことだろう。様々な思惑が絡み合い事態は膠着していた。

 

 前線はしばらく動きがない。そういう判断のもとシリウス傭兵団は前線から中立を表明している都市ロッソに入った。

 有力な傭兵団であれば戦力が喉から出るほど欲しがっている皇子たちの陣営に参じれば相応の待遇は望める。

 しかし、国内の勢力を真っ二つとはいかず、国境を守るブロンベルク辺境伯を中心として


「ギルドへ行くぞ。中隊長はついてこい。それ以外は明日の昼まで休暇だ」

 城門をくぐり、市街の広場で団長が告げると、兵士たちは歓声を上げて様々に散っていった。

 

 幹部連中はギルドに向かい、現在地の登録を行う。仕事の依頼や連絡などを円滑に行うためらしい。受付で団長が何やら手紙を受け取っていた。

 通信の魔道具で手紙を送ることができるとハンスが言っていたこと思い出した。


「ふむ……」

 依頼をまとめた紙束を前に、隊長たちがああでもない、こうでもないと議論する。俺はそれを横目で見つつ周囲を警戒していた。傭兵稼業をしていれば恨みを買うことなどは当たり前のことで、実際にギルド内で襲撃されたこともあったそうだ。

 団長は厳めしい顔で手紙を読んでいる。


「よし、ライル!」

「おう?」

 団長が俺の方を向いた。手には抜きとった依頼書がある。

「この依頼だが、村周辺に野盗が出ているらしい。先発隊を率いて向かってくれ」

「……承知した」

「人選は任せる。明日出立だ」


 そのまま手招きに従って側に行く。

「ただの野盗にしては動きがおかしいらしい。ちょいとばかりきな臭い予感がする」

「なるほど」

「の領主は中立の立場をとっているからな。場合によってはどちらか、もしくは両方の陣営から狙われる可能性がある」

「……侵攻に先立っての偵察、もしくは工作と?」

「ああ、その可能性がある」

「なんでこんな依頼を?」

「いろいろあるが……しがらみってやつだ」

 団長は苦笑いしている。

「スポンサーの意向ってやつですよ」

 ぼそりとハンスが耳打ちしてきた。普通には終わらないだろうな。そう思ってメンバーの選定と準備に取り掛かった。

 5人の兵を選抜し、分隊を編成した。依頼の前金はそのまま分配して準備を整える。

「成功報酬はそのままお前が管理していい。わかっていると思うが……」

「働きに応じてきっちり分けるさ」

「なら、いい。援軍が必要ならすぐに連絡しろ」

「ああ、無理はしない主義だ」

 

 通信の魔道具を預かった。1回限りの使い捨てだが本隊に信号が届けることができる。

 これだけで相当な金額のはずだが、使うときはためらうなと念を押された。どうも相当に危険があるということらしい。


「襲撃があるかもしれない。警戒は怠るなよ」

「承知ニャ」

 弓を手に先頭を歩く猫人族のシーマは短い返答を返す。


「隊長には指一本触れさせませんぜ」

「ああ、頼むぞ」

 先日の試合からなぜか俺の周辺を離れようとしないコルクマーはいつでも大剣を抜き放てるように身構えている。

 はじめは負けた腹いせかと思ったが、そういう性質ではないそうだ。力に対して信奉するとでもいえばいいのか。

 ほかの兵も気を抜くことなく戦闘に備えた足取りだ。野盗の規模にもよるがこっちは6人である。普通なら襲撃があってもおかしくない。

 一度、道が大きく曲がりさらに木々で視界が遮られている場所があった。兵を伏せるには絶好の場所だ。

 シーマの耳がピクリと動く。それでも何者も出てこなかった。


「どうだった?」

「んー、10人ほどかニャ」

「行商隊の可能性は?」

「なくはないけどニャ。護衛かも」


 並みの傭兵なら倍の数が出てきても勝てるだけの腕利きで編成している。逆に相手がただの野盗ではなく、正規兵、もしくは傭兵であれば、此方の力量をある程度見切って襲撃を見送った可能性もあった。

 

 そうして結果としては何事もなく、夕刻になって村に到着した。小高い丘の上にあって、水の手はやや不便だが、攻めるにしても経路が限られている。

 戦闘があることを前提としている村だなと思った。


「とまれ! 何者だ!」

 村の周囲は柵で囲まれ、出入り口の門扉は閉ざされていた。

 矢倉の上から門番の兵から誰何を受ける。

「傭兵団シリウス所属、ライルだ。野盗討伐の依頼を受けて先遣隊を率いてきた」

「ギルドから連絡を受けている。少し待ってくれ!」

 わずかに門扉が開き、完全武装の兵が出てくる。

「これを」

 半分に割れたメダルを差し出す。兵士の手には同じようなメダルがあり、組み合わせると光を放った。

「よし、照合できた。ノーグの村はあなた方を歓迎する」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 村長と打ち合わせを兼ねて挨拶する。出迎えた兵士は村長の息子らしい。スキの無い良い立ち方だった。


「最近何か変わったことはありませんか?」

「ふむ……こんな田舎の村ですからのう」

「些細なことでも構いません。時期的におかしいのです。収穫もまだの春先に野盗が村を狙うなど」

「言われてみれば……」

「実際の被害はどの程度出ていますか?」

「村娘がさらわれかけて、行きずりの騎士様が助けてくださったのじゃ。その時に傷を負われてのう。当地で療養されておる」

「……なるほど。その騎士様はお一人で?」

「ああ、5人もの野盗相手にお一人で立ち向かうなど素晴らしい勇気を見せてくださいましてなあ……」


 一通りの話を聞いて、宿舎にと借り受けた空き家に入る。噂の騎士様は村長宅の離れにいるようだ。会わせてくれないかと頼んだが、基本的に人払いをするようにと言われているらしい。年のころは成人したばかりのようだ。


「戻ったニャ。隊長、きな臭いなんてもんじゃねーニャ」

 偵察に出ていたシーマの表情は青ざめている。

「どういうことだ?」

「あれ野盗に見せかけた傭兵と正規兵の混成部隊ニャ。村周辺に野営の後をいくつか見つけたニャ。それも昨日くらいまで使ってた感じニャね」

「……まずいな」

「うちらを見て警戒したんだとすれば相当の手練れがいると思っていいニャ。あちしの警戒の外に兵を下げる判断ができるほどの、ニャ」

 俺は即座に首から下げていた魔道具を起動させた。キーンと高い音が響き、正常に動作したことを確認する。


「へっ!?」

 コルクマーが変な声を上げる。いきなり一番の切り札を切ったからか。

「村長の所に行くぞ。すぐにでも襲撃があると考えていい」

「はっ!」

「シーマは矢倉にあがれ!」

「合点ニャ!」

 もう一人の弓兵を連れてシーマが駆け出す。


 村長を訪ねると、すぐに面会できた。挨拶は省いてすぐに用件を告げる。

「村長! 野盗どもが攻めてくるぞ!」

「なんですと!?」

「狙いはおそらく彼の騎士様だ。報復にしては数が多すぎる。おそらくやんごとないご身分の方かもしれん」

 暗に野盗ではないことも告げる。彼もうすうすと気づいていたのだろう。

「……それは儂らも思っておりました。しかし村人を助けていただいた方をどうして放り出せましょう」

「ああ、そうだな。あんたは正しい。だからこそ俺たちが来た」

「ゲオルグ。戦える人手を率いなさい。儂も出よう」

「父上、無理をなさっては……」

「儂は伯爵様よりこの村を預かっておるのだ」

「……わかりました。なればここを本陣として指揮を執っていただきたい。父上が討たれては伯爵様の信任に応えられますまい」

「言うわ。お前も気を付けるのだぞ」

「伯爵様に恩があるのは俺も同じです。犬死はしませんよ」


 カンカンカンと矢倉の鐘が打ち鳴らされる。変事が起きたという合図だ。


「一晩持ちこたえれば本隊が来る」

 集まった村人たちに通信の魔道具を見せて伝えた。

「名高きシリウス傭兵団が味方だ! 彼らが来れば勝ちだぞ!」

 ゲオルグが声を張り上げた。村人たちも喚声を上げそれに応える。


「ありゃあ大物になるかもしれませんな」

「ああ、士気と言うものをよくわかってる」

 シーマと共に矢倉に向かった兵がこちらに戻ってきた。

「シーマ殿より伝言。敵は前方に展開している。兵力はたいまつの数からして200ほど。さらに後方に正規兵がと思われる一個中隊150です」

 

 小声で聞く報告に暗澹とする。こっちは村人とくだんの騎士様まで入れて戦える数は50人がいいところだろう。

 こんな情報を聞かせれば今盛り上がった士気が一気に霧散する。

 伝令にゲオルグにだけ情報を伝えるように指示した。


「仕方ない。打って出て機先を制するぞ」

 

 そう告げたのと同時に村の四方から喚声が上がる。流星のように光の軌跡を残して火矢が雨あられと降り注いだ。

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