契約

 6年前、大陸中央に覇を唱えていたライヘナウ神聖帝国の皇帝が崩御した。問題、後継者が決まっていなかったことだ。


 皇子は三人いたが、末子はまだ10歳にもなっていなかった。上二人は年子で能力は甲乙つけがたかった。凡庸という意味で、だ。

 国の有力貴族は長兄と次兄の派閥を作って真っ二つに割れ、内戦状態に陥った。そんな中、ギルドは冒険者たちを兵力として派遣し、内戦に介入した。

 両派の戦力は拮抗しており、その打開方法として、国外の勢力を頼った。帝国の兵力は教皇領を含めた諸国を圧倒しており、その帝国が分裂したことはこれまで帝国に頭を押さえられていた諸国にとっては勢力拡大の好機と呼べるものだった。

 人同士の争いが激化すれば、辺境や未開の地に追いやられていた魔物たちの活動が活性化する。

 諸国の争いに乗じて魔物の領域からゴブリンなどの亜人が勢力を拡大し始め、さらに混迷を極めていた。


 目を覚ました俺は顔を洗い、ノルベルトとの待ち合わせ場所とされていたギルドの個室に向かう。

 ギルドの個室を借りるのは相応の格がいる。傭兵団のランクはSからEまでの階級を割り振られる。

 高い戦果を挙げ続ければ昇格するが、負け戦で戦力を失えば降格となる。そして秘密の守られる個室を使うことができるのは最低でもB以上の格があるということだった。


「おう、来たな。待ってたよ」

「はっ、この度はスカウトをいただき、ありがとうございます」

「ああ、そういう堅いのは良い。そうだな、いつか騎士とかに叙任されるようなことがあれば相応の作法とやらを身に着けてもらうがな」

「……承知した」

「それでいい」


 促されるままに椅子に座る。テーブルの反対側には団長であるノルベルトとおそらく補佐役と背後には護衛と思われる大男が立っていた。

 すっと紙が差し出される。そこには何やら条件が記されていた。師匠には読み書きと算術も教わっていたので何とか内容を把握できた。


「……正気か?」

「無論。読めたのならわかっていると思うが待遇は中隊長補佐。俺の直属だ」

 書面で出された給料は日雇いの傭兵の50倍ほどだった。

 普通の槍兵は一回の戦闘に参加して銀貨10枚ほどで、俺の給料はひと月で金貨5枚。破格と言っていい金額だった。

「字が読めるのであれば分遣隊を任せられますな」

「ああ、腕っぷしだけじゃないとは嬉しい誤算だった」

 補佐役、あとから聞いたがハンス・ヘルマンというらしい。団の経理とかギルドとの折衝なんかを担当している。


「いいのか?」

 給料の所を指さして尋ねる。

「うん? こんな稼業やってるとな。金を惜しんだやつから死んでいくもんだ」

「まあ、わからんでもない」

「もちろん働きに応じて昇給するし手柄次第でボーナスも出す」

「気前のいい雇い主は好きだぜ」

 肩をすくめて賛同の意を示す。味方だと思っていた連中が裏切って襲い掛かってきたことなんていくらでもある。そんなときは判断を誤ったやつから死んでいった。


「というわけでだ。傭兵団シリウスにようこそ。共にこのくそったれな世の中で少しでもマシな死に方ができるように頑張って行こうぜ」

 ニヤリと笑みを浮かべるノルベルト……団長になんとなく親近感を覚えるのだった。

「次の任務までは休暇です。それぞれ適切に時間を過ごしてください」

 ハンスは慇懃な口調でモノクルを直しながらそう告げてきた。


 契約内容として、訓練への参加を義務付けられた。もちろん依頼を受ければ出撃もする。

 契約の翌日、手合わせの相手がいるならばとギルドに併設された訓練施設に向かった。

 傭兵団の隊長格はそれぞれに武器を振るう。変わり種は徒手格闘術を修めたギュンター中隊長だろうか。

 組み手で剣と盾を持った兵を叩き伏せていた。あの踏み込みの速さの秘訣は何だろうか……と考えながら練習用の槍を手に基本の型をなぞる。 


「おう、さっそく来たのか。お前の槍は実に見事だった」

「それほどでもない。師匠の槍はもっと鋭く美しかった」

 おそらく本題はそこだろう。そう思って水を向ける。

「……お前に槍の手ほどきをした者の名前を教えてほしい」

 急に真顔になって聞かれた。隊長の名乗りを聞いたときからもしやと思っていたが、この質問で疑惑は確信に変わった。

「……ユーノ・ヴィゼルという女冒険者だ。俺の故郷、アルナの村で魔物討伐依頼のため滞在していた時に教わった。しばらくしたらまた来ると言っていたが……」

「ああ、妹は6年前から消息が分からなくなっている」

「やはりか」

「何か手掛かりになるような話はないか?」

「師匠は……竜騎士になりたいと言っていた。だから心を通わせられるドラゴンを探していたんだろう」

「ばかな! 魔獣と心を通わすなど無理だ!」

「……俺も師匠の後を追ったんだ。いくつかの手掛かりを探した。北のソヴィアの街で聞いた話によると、人語を解するドラゴンはいる、そうだ」

「ああ、伝説レベルの希少さだがな。竜騎士ともなればそれは引く手あまただろうよ。没落貴族の家を再興して余りある武功だ! 無茶が過ぎる!」

 様々に湧き上がる感情を吐き出すように声を荒げたのち、ため息をついた。


「すまん、お前に当たる話じゃなかった」

「師匠の音信が途絶えたことは俺も気にしている。師匠の縁者とつながりを持てば何らかの手掛かりがつかめないかとも思った」

「なるほどな。やはりお前は頭が切れる。先だっての戦いでも実に見事な立ち回りだった」

「武器を振るうだけが戦いではない。的確な状況を作って立ち回ることを構えの鍛錬の間に教わった」

「なるほどな。では改めてお前の技が見たい」

 そういうと自らの槍を構えた。


「師匠から教わった技を見せればいいのか?」

「ああ、ユーノは俺より強かったからな」

 笑みを浮かべて気当たりを俺に向ける。その威圧感は歴戦の戦士のもので、到底侮れる相手じゃない。

 傭兵団の面々も、先の戦いで敵の隊長を一撃で討ち取った俺の技量に興味があるのだろう。あっという間に人だかりができた。


「では……」

 腰を落とし、槍を中段に構える。

「はあっ!」

 何の変哲もない中段突き。それを受ける。再び突き込まれる突きを払う。

 一振りごとに風切り音がする。俺の技は槍の基本動作だけだ。最初は息を呑んで見ていた連中も俺がひたすら基本の動きしかしないのを見て、徐々に笑いが込み上げてきたのだろう。

 あざけるように笑いながら一人の大男が前に出てきた。


「団長! こんな奴はうちの兵団には要りませんぜ。仲間相手に手の内を隠すような奴は信用ならねえ!」

 

 団長ははニヤリと笑みを浮かべる。数回の打ち合いだけだったがその顔には汗が滴っていた。


「コルクマー、ライルと戦え。お前が勝ったらライルをクビにして、俺の直属にしてやる」

 ガハッと笑うと、コルクマーとやらは長大なこん棒を振り回し始めた。俺の胴ほどもある腕から繰り出される打撃はさぞかし強かろう。


「うらあああああああああああああああ!」

 大きく振りかぶってそのまま唐竹割に振り下ろしてくる。まともに喰らえば俺の頭はカチ割られるだろう。とても試合と思えない一撃だった。


「ふん!」

 呼吸を読み、棍棒の力点を突く。重心からして最も力の集約する場所だ。

 バーーーン! と乾いた音がして、棍棒はそのまま弾き返され、コルクマーは真後ろにひっくり返った。


「見事!」

団長が快哉を叫び、見物人からもどよめきが漏れる。


「ぐぬううううううう! これでどうだ!」

 横薙ぎの攻撃に槍先を合わせつつ、くるりと回し上から押さえつけるように力を加える。力の向きを流され棍棒ごとコルクマーがひっくり返る。


「うむ、真っ向から叩き返す合力に、水のようなよどみない手練の技。槍を手足としているな!」


 渾身の攻撃を二度も上回られ、コルクマーは呆然としている。俺の持つ槍先が眼前に突き付けられ、初めて自分の敗北を悟った。


「次は俺だ!」

 腕自慢の傭兵たちが武器を手に俺に挑みかかってくる。そんな光景を隊長は大笑いしながら見物していた。

 俺はそこで、傭兵団の腕自慢数人を叩き伏せたことで団長の懐刀として認められたようだ。

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