ライヘナウ帝国戦記~風を統べる竜王とルーンの騎士~

響恭也

寄せ集め部隊

「こっちだ」

 先導の兵士が手招きする。

 うっそうとした森の中をなるべく物音を立てずに歩く。故郷の森もこんな感じで、足場が悪いところを歩くのには慣れていた。

 敵の居場所は近いとあって無駄口を叩く奴はいない……はずだったが、緊張感に耐えかねた一人の兵が口を開いた。


「なあ、これってどこに向かってるんだ?」

 うっとおしいと思いながらも何となく気まぐれで答えを返した。

「なんだ、ビビってんのか?」

「そうじゃねえけどよ。いや、そうかも知れねえ」

「じゃあなんだよ」

「なんかこう、な。いやな予感がするんだ」


 その兵の顔は青ざめていた。戦闘が近づくとビビりだすやつは珍しくない。そういう俺もそれほど経験豊富じゃないだろう。そもそも熟練兵ベテランになる前に死ぬのが傭兵稼業だ。

 俺は肩をすくめると、視線を前に向けて歩を速めた。木々の間から光が差し込み、森の切れ目が迫ってきている。


 小高い丘の頂上に出た。日はまだ高くふわりとした風が吹きつけてくる。緩やかに降る坂の下には敵軍に占領された村が見える。一部の建物は焼かれ、いまだにうっすらと煙が立っていた。


「待機だ! もう少し日が落ちるまで待つぞ。見張りを立てろ!」

 中隊長が指示を出す。と言っても俺自身ギルドで言われるままに集まって、言われるままにこの指揮官の下についた。

 さっき話しかけてきた兵とか、指揮官の名前すら知らない。

 もう何年もそいう言うことを繰り返してきた。


 槍をいつでも手に取れるように地面に突きたてる。荷物の入った袋を足の下に置いて体を横たえた。

 周辺でも100人ほどの兵が同じように身体を休めている。いざって時に動けないやつから死んでいく。

 幾度も立った戦場で俺は学んできた。


 日が傾き周囲がうっすらと闇に落ち始める。夜戦の心得として槍の穂先にぼろ布を巻き付けた。光を反射すると居場所を敵に悟らせることになる。そうなればただの的だ。

 

「槍持ちは前に出ろ。剣持ちは両翼だ」

「槍持ちは俺に続け!」

 槍を持ち、盾を構えた傭兵は声を上げ、俺はそいつの側に向かった。陣列を組むときは槍を振り回すようなことはしない。目の前に現れた敵を突く、それだけだ。


 槍持ちの集団の後ろに中隊長が数人の兵と共に陣取る。剣を抜き放つとそのまま眼前にかざした。攻撃の合図だ。


「かかれ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」

 小隊長の短い号令に従い、俺たちは喉も裂けよと言わんばかりの喚声を上げて村に向かって駆け降る。見張りの敵兵が慌てふためく姿を見て、穂先に巻いたぼろ布を取っ払った。


「敵襲!」

 物見やぐらにいた兵がガンガンと鐘を鳴らし、叫んだあとぐらりと身体を傾けて落下した。


「ヒュウ」

 下手な口笛を吹いて称賛する。腕のいい弓兵が味方にいるようだ。

 村を攻める時に柵を叩き壊したあと修繕されていなかったため、俺たちは簡単に村の中に侵入する。中央の広場に兵が集まりだしたが、全員はまだ集まっていない。

 建物から飛び出してきた敵兵と目が合った。反射的に突き出した槍の穂先は狙い過たずその喉首を貫いた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 大声を上げて自分を鼓舞する。その声にひるんで逃げ腰になった敵兵に槍を突き出し、倒した。

 敵も何となく陣列を組み、囲まれないように並び始めた。それでも訓練された騎士団のようにはいかないのか、そこらに隙間がある。

 そこの隙間に踏み入って味方と戦っている敵兵の横から槍を突き出して援護した。


「くそっ! 逃げろ! 退却だ!」

 しばらくのもみ合いで明らかに旗色が悪いと見た敵の指揮官が声を張り上げた。

 

「敵は逃げるぞ! 一気に蹴散らせ!」

 小隊長の鼓舞に味方が沸き立った。

 さらに退路を断つように左右に展開していた兵がなだれ込む。

 味方と歩調を合わせて前進していたはずが少し前に出てしまい……上等な鎖帷子を着込んだ隊長と思われる相手と向き合っていた。


「ちぃっ!」

 ここで騎士などど柄あれば名乗りを上げるのだろうが、あいにくそんなお上品なことをしてはいられない。

 手にした槍を突き込んでくるのを穂先を絡めるようにして払う。

 バキッ! と甲高い音を立てて、敵兵の槍が大きく弾かれる。

「ダアッ!」

 裂帛の気合を込めて突き出した槍は鎖帷子を貫いて胸板を貫いた。

「ガッ、グッガガガガ……」

 口から泡混じりの血を吐いて、槍を抜こうと掴む。

 致命傷と理解したのか、苦悶の表情を緩めて敵兵は問いかけてきた。

「おう、おめえ、名前は?」

「……それを聞いてどうするんだ?」

「この俺様を殺したやつの名前くらい知っておきたいだろうがよ?」

「……ライルだ」

「そうか。せいぜい長生きしろよ。誰かに殺されるまでのほんの少しの間でもよ」

「そう、だな。せいぜいあがくさ。で、お前さんはなんていうんだ?」

「へっ、俺様はヨハンだ。死ぬまでの短い間覚えておきな……ぐっ」


 そう告げた敵の隊長、ヨハンの目から滂沱の涙がこぼれ落ちた。


「ちくしょう、死にたくねえよ、いてえ、いてえ、クソ、クソ、クソクソクソ……」


  世界に対する呪詛は徐々に小さくなり、すぐに途絶えた。こいつに殺された奴も同じように死にたくないと思っていたはずだ。


「次はお前だ」

戦場に立つたび、討ち死にする敵味方を見るたびに心のどこかにそんな声が聞こえていた。


「敵の隊長は討ち取ったぞ!」

 俺のあげた一声で完全に趨勢は決まった。そこらに武器を投げ出して降伏するもの。何とか逃げ伸びようと走り出す者、破れかぶれになって武器を振り回し、結果討ち取られる者。様々な末路だ。


 負け戦っていうものは実際きついものだ。そんなことを思い出しながら、槍を手に足を止め周囲を警戒する。

 

「ほう、勝鬨を上げたというのに気を抜いていないのか。大したものだ」

 この戦闘の指揮を執っていた中隊長の横に、見慣れない傭兵がいた。身なりは傭兵だが、何やら平民とは思えない雰囲気がある。

 没落貴族がコネを使って傭兵隊長をやるのはそれなりにある話だった。手柄を立てて家名を再興させようというやつだ。


「おい、貴様、名前をなんという?」

「……ライルだ。家名なんてもんはない」

「そうか、覚えておく。貴様は今回の臨時雇い、だな?」

「なんだ? 俺をスカウトでもしてくれるのか?」

「その通りだ。俺の部下になってくれんかね?」

 冗談交じりの軽口がまさか本当だとは思いもよらなかった。

「返答はとりあえず報酬を分配してからだな。それでよかろう?」

「あ、ああ」

「敵の隊長を討ち取ったんだ。弾むぞ」

 ニヤリと笑みをこぼす……名も知らない隊長。

「ああ、すまん。俺はノルベルトだ。ノルベルト・フォン・ヴィゼル。元は男爵家だったんだがな。親父がいくさでヘマやらかしてな」

 ヴィゼルという家名には聞き覚えがあった。そもそも俺がこんな傭兵稼業をやっている根本的な理由かもしれない。


 その日、俺は運命を変える2度目にどめの出会いを果たしたのだった。

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