第2話 「キミに届け」と思いながら



 急いでスマホの写真フォルダーを漁る。

 あった筈、あった筈だ。

 あの場所の風景が。



 あれからもう5年も経ってる。

 写真は相当下の方に眠っていた。


 

 本文には何も書かない。


 結局のところ、言葉だけなら何とでも言える。

 だから言葉は使わなかった。

 アイツがそうしてくれたように。


 恐る恐る送信ボタンを押してみれば、『4文字』のリプライに街の丘から撮ったあの、5年前の朝日の写真がポンッと上がる。


 言葉になんて出来なくても“君を応援してる人が、確かに一人ここに居る”。

 そんな気持ちが伝わればいいと思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。


 写真の景色はアイツが昔俺に見せた、無言のエールそのものだった。




 いつの間にか眠っていた。

 意識が浮上しゆっくり目を開いてみると、既に朝日がカーテンの端から洩れている。


 固い感触を頬に感じた。

 触ってみればスマホを敷いて寝てたと気づく。


 もしかしたら頬に跡が付いているかもしれない。

 そんな仄かな痒みを感じつつ眠気眼で液晶を覗くと、時刻は6時29分。

 どうやらアラームが鳴る直前に目が覚めたみたいだった。



 2、3秒のタイムラグを置いた後、「あぁそうだ」と思い出す。

 画面のロックを解除してツイッターを開けてみると、今日もたくさんの感情と文字が乱立していた。

 昨日のあのツイートなんて、もう既に押し流されてる。

 

 また少し考えて、「もしかしたら自分の画面からなら探せるのかも」と思い至った。

 自分のツイート画面を開く。

 そこで異変に気が付いて、その部分を凝視した。



 昨日は間違いなく0だった筈のフォロワー数。

 その数字が「1」になってる。


 恐る恐るタップすると、一人の名前が表示された。



 覚えてる。

 昨日のツイート主だコレは。


 反射的に、その人の画面に飛んでいた。



 すると最新の書き込みは例の1件。

 俺のリプライも健在だ。

 だけど一つ、また変化が一つあった。


 ――俺のリプライに、ハートが一つ付いている。



 もしかして、ちょっとは届いてくれたんだろうか。

 そんな風に考えた。


 何の返信も無かったから、もしかしたらただ適当に『リプライが来たから付けたっていうだけのもの』かもしれないハート。

 だけどもらえた反応が無性に嬉しく、無意識にスマホを握る手に力が入った。

 

 だからブッと震えたスマホを余さず浴びてしまって、一人で地味に驚いた。



 ***



 それ以降、少しずつ自分でもツイートをし始めた。


「歩いてたらなんと靴紐がブチっと飛んだ。でもこれで『靴紐オシャレ』に挑戦できる」


「真っ赤で綺麗な木の葉を見つけた」


「寝坊して怒られたけど罰の雑用で先生とちょっと仲良くなれた……かもしれない」


「早起きしたら空が良い感じに白んでた」


 あの人が見てくれているかもしれない。

 そう思ってツイートをする。



 ツイてないなと思って沈むのは、きっと誰もが経験済み。

 もちろん俺にも沢山あって、特に凹んでいる時はその一つ一つが地味なボディーブローになる。



 日々には多分、小さな幸せが沢山転がっている。

 それに気付けるかどうかっていうのはきっとアンテナの高さ次第で、その高さは多分心の余裕に大きく左右するんだと思う。

 

 だからもしかすると、ほんの少しだけ今のキミより高くアンテナを張れているかもしれない俺が、キミの代わりの小さな不幸をかき集め小さなプラスに変えてみよう。

 



 ツイートする度に、コッソリとつくハートが一つ。

 この小さなやり取りに、俺は少し『誰かと繋がれる幸せ』と共に孤独の薄れを感じていた。


 ――これじゃぁ一体どっちが救われたのか分からないな。

 そう思うとちょっと苦笑ものだけど、結局人は他の誰かに感化される生き物だ。

 それは顔が見えなくっても、きっと変わる事は無い。


 

 顔も知らない画面の向こうにいる誰か。

 匿名の相手。

 だからこそ、ネットでは顔が見えないのをいい事に酷いことを書く人もいる。


 でもそれと同じくらい、たった一言の書き込みがどこかで誰かを人知れず救っているかもしれない……なんて思うのは、少しロマンチスト過ぎるだろうか。

 



 気が付けば、日々のツイートへのハートが一つから二つに増殖してた。


 たまたまかもしれないけど、そうじゃないっていう可能性もあるわけで。

 そう思えば、心がちょっとふわりと浮いて口角も勝手にフヨフヨ泳ぐ。



 今日は何を投稿しよう。

 営業帰りの移動中、歩きながらまだ見ぬ友への短い手紙を今日も探して辺りを見回す。



 ふと空を見上げると、ビルの向こうにうっすらと七色の橋が掛かってた。

 

 ――なるべくベストな写真を撮ろう。 

 気付けば走り出していた。

 よく虹が見える場所を目指して。



 息を切らして立ち止まり、「キミに届け」と思いながら今日もスマホのシャッターを切る。

 カシャリという音が軽快に、俺の耳朶を優しく撫でた。



~~Fin.

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「キミに届け」と思いながら 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake

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