19話 崩壊

 魚人の身体が観音開きになって、中から光をも通さぬ混沌が零れ、溢れる。

 これこそが千なる異形の目的であった。吾輩を夢の国から追ってきたのは、それが邪念を悟られずに魔術師の元まで行く最短距離であったからに過ぎない。


 初めから狙いは加藤であったのだ。今まさに宿願を果たそうとする魔術師を、その指先が夢にかかる寸前で深淵へと引きずり込むことが。

 なんなれば、自らの賢さを誇るものを狂気の地獄に落とすことこそ、ニャルラトホテプの最大の楽しみであるのだから。


 しかし吾輩らも見物などしていられない。目的を果たしたということは、吾輩らはもはや用済みである。そして理由が無ければ、悪魔はそこらのものを諸共に呑み尽くすことをためらったりはしない。


「高き所で小石に躓いたな!魔術師よ!善きにしろ悪しきにしろ、人が星辰の運命を繰れるとは思わぬことだ。傲慢こそ神々の最も戒むること故に!」


 狂える魔神の勝利の哄笑凄まじく。有機無機の区別さえない粘体が加藤を引き寄せていく。合わせて紅の都は怒涛の如く崩れ、夢は泡沫となって滅びの波にさらわれようとしていた。


「先生!」


「もうどうにもならん!逃げ道を探す時であるぞ!」


 瑠璃絵が未練がましく手を伸ばすのをはたき落とした。しかしながら逃げ出すのも楽ではない。もはやここは渦の目。ちょっとやそっとの跳躍では、離れることもできぬ。

 早く軍勢と合流して大跳躍に加わらねば、宇宙の藻屑となり果てるほかない。


 か細いフルートの音が、尖塔の崩壊の轟音を貫通するように響いてくる。理性なき外なる神々の歌がやかまくなってきた。

 

「猫ち「やったぁ「ニャルちゃん大満足!」ぁあああああ!」ゃあああ「一「ありがとねー」緒にいこ「怖いことな「最近いいこと「やっぱり人間だよな。いい感じに絶望してくれ「最近邪魔され「俺が何したっていうんだ」まくってたからな」るし」なかったからな」いって」うぜ」ああんんん」


 ニャルラトホテプはこちらにも猫なで声を向けてくる。節操のないことだ。もうおとなしく帰ればよいものを。

 試しに軽く跳躍してみるが、引力が強すぎて学校を出ることもままならぬ。


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