幽閉 (精神科病棟)


私の夫は医師で病院を経営している。病院は内科、外科、小児科、精神科を中心とした総合病院なので、医師も多数雇用していて、この地域では知らぬ人の居ない人物なのだ。


その私の夫には、愛人がいて精神科の担当医をしている。私より15才も若く、美人でスタイルも良い。だから夫が夢中になったのも分かる気がする。


当時、私は夫の不倫に気が付いていて、精神的に不安定になっていた。しかし、夫は私にも優しく接してくれるので、私は事を荒立てず、自分を抑えて、夫の不倫を黙認していたのだ。


そんなある日の事だった。私は夫の車を掃除していて、車の中にあったノートパソコンの中に、夫と精神科医との生々しいセックス動画を見つけたのだ。


あまりのショックで我を失った私は、夫の車に火を付けたのだ。火は車庫に燃え広がり大騒ぎになった。放火の疑いで警察に逮捕された私は、夫の友人の医師の助けで、精神疾患の診断を受け、罪に問われなかったのだ。

それ以来私は、夫の病院の精神科病棟に幽閉されている。もう8年にもなるのだ。


   ◇   ◇


「ねえ本池先生、夫に伝えて下さる? もう8年にもなるんだから、自宅に帰らせてくれって。本池先生と夫の邪魔をする気は無いから、本池先生からも夫を説得して下さいな。」


「はい、奥様・・ 院長先生にそう伝えておきます。でも奥様、お薬は飲んで下さいね。これを飲んで下さらないと・・ 又、凶暴になって、保護室に隔離しなくてはならなくなりますからね。それは奥様も嫌でしょう。」


「保護室は嫌です・・ あ・あのね、私はアナタと夫の関係は認めているのよ。私を気にしないで仲良くなさったら良いわ。だから私が自宅に帰れるようにして下さいな。」


「解りました奥様。院長にはそう伝えますから・・ さあ、薬を飲んて・・」


  ◇   ◇


「患者の美千代さんは、本池先生の事を夫の愛人がだと言うんですよ。先生が愛人なら美千代さんの夫って誰なんでしょうね。」


と新人の看護師が聞いた。すると精神科医は答えて言った。


「美千代さんの妄想の中にでは、院長先生が美千代さんの夫で、私がその愛人らしいの。夫をアナタにあげるから私を家に帰してくれって、私に言うのよ。ふふふ・・」


「だから院長先生に会わせろと煩く言うのですね。」


「そうなのよ、院長に会わせて上げても良いんだけど、以前会わせた時、不安定になって暴れたのよ。又暴れるとまずいからね。」


  ◇   ◇


分かっているのだ、私がどうあがいても無駄だと言う事を。病院は夫の城だ。職員は夫の兵士で、私は捕えられた捕虜に過ぎない。その上、夫の愛人が私の房の看守なのだから・・私が救われる可能性は無い。


あの日夫は、わざとパスワードを掛けずにノートパソコンを車に置いたのだ。不倫を疑っている私がパソコンを開けるように仕向けたのだ。私はまんまとそれに乗って動画を見て、そしてパニックになり、車に放火をした。ライターも紙もタオルも、その時車の中にあった。パニックになれば私が何をするのか、夫は予測していたのだ。


私の父は代々資産家で総合病院を運営していた。そこへ内科医として勤務したのが夫だった。父に気に入られた夫は私と結婚をして病院長になった。だから夫は私と離婚が出来ないのだ。


私は正常だ・・正しく現状を認識している。しかし誰がそれに気が付くと言うのだ。私の精神状態を診断するのは担当医と院長だ。医者の診断書は法的に有効で、それを一般人が覆すことは出来ない。私は死ぬまでこの病棟に幽閉されるのだ・・・


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