お梅とお菊
江戸時代に 中村と言う若い同心が居た。同心とは現在で言う
お梅は夫に言った。
「どのお医者様に見て頂いても 良い事は言われません。私はしょせん寿命の短い運命なのです。お金が無駄になるだけですから お医者様をお呼びにならないでく下さい。」
すると夫は
「馬鹿な事を言うな、これまでの医者は藪医者だったが、広い江戸には大勢の医者がいる。必ずお前の病弱な体質を治してくれる優れた名医がいるはずだ。」
「いいえ、私はそう長くは無いと覚悟を決めておりますので・・ それよりも私には気になることが有って・・」
「何が気になるのだ。気に詰めてあれこれ思うことは 体に良くないから、何でも話しておくれ。夫婦なのに水臭いではないか。」
「私が亡くなるのは・・ それは寿命ですから仕方がありませんが、私が亡くなった後・・ きっとあなたは
「なんだ、そんな事か。いや私は
そうして二人は夜店に買い物に出かけた。ぼんぼり提灯の明かりに誘われて二人は夜店をぶらぶらとひやかして歩いたのだが、ある店の軒先に小さな梅の苗の鉢植えを見つけた。お梅はそれをたいそう気に入って、その苗を買って帰り 庭の隅に植えたのだった。
その梅の木は段々と大きくなって 毎年美しい花を咲かせろようになったのだが、ある年 江戸にはやり風邪が蔓延し 病弱なお梅はその風邪が元で あっけなく亡くなったのだ。今で言う風邪からの肺炎であった。
中村はたいそう悲しんだが、お梅のかねてからの遺言どうりお梅の
ある時親戚の1人が知恵を働かせたのである。
「私の知り合いに若い娘がおりましてな、その娘を下女として置いて頂けないかと言うのです。いや、勉強と言いますか 修行のために奉公させてくれと言うのです。どうでしょうねえ、中村さんも何かと不自由なご様子ですし・・これこそが願ったり叶ったりと言うものではありませんか。」
中村はこの申し出を引き受けて その女を下女として屋敷内に住まわせたのだった。
その娘の名はお菊と言った。
しかし、一つ屋根の下であり 女と男である。まだ若い中村と美しい娘である。
何も起きない分けは無い。親戚の者の
そうなればもう 親戚の者の思いどおりで 子供でも授かってからでは世間体が悪いですから・・などと言って二人を夫婦にしたのであった。もともと気持ちの優し中村はお菊をとても大切にし、それはそれは、世間も羨むほどの おしどり夫婦になっていったのだった。
次の年の早春の事である。中村が寄合に出かけようとするとお菊が言った。
「この頃 変な夢を見るのです。白い衣を着た女が夢枕に立ち・・ここはお前の居るところでは無い、早く立ち去れ。さもなくば必ず取り殺すというのです。気持ちが悪いので今日は早くお帰り下さいませ。」
それに応えて中村は、
「それはよくある夢で有ろうから 別に心配には及ばないが・・お前がそう言うのなら できるだけ早く帰るようにしよう。」と言って出かけたのだった。
寄合で少し酒を頂いた中村は同僚の斎藤と帰り道を歩いていた。
「どうだろう斎藤さん、帰りに我が家に寄って茶でも飲んでいかないか。久しぶりだからお菊も喜ぶだろうから。」
「そう言ってくれると有難い、久しぶりに奥方の美しい尊顔を
二人が木戸を入ると何か異様な雰囲気が漂っていた。夕方だというのに家の中は火の気が無く真っ暗だったのだ。中村は不審に思い目を凝らした。
すると斎藤が刀の束に手を掛けた。
「ううぬ! なんだこの殺気は・・中村さん、気を付けられよ!」
そう言って斎藤が家の中に入ると廊下が血の海になっていた。斎藤は刀を抜き放ち家の中に土足のまま上がる。中村も後に続く。
中村が薄暗い廊下を見渡すと 血の海の先には首の無いお菊の亡骸が横たわっていた。それを見ると中村は力が抜けたようになり その場に膝をついてしまった。
斎藤は刀を構えたまま血の跡をたどり裏庭に飛び降りた。血は転々と敷石を濡らし庭の隅の梅の木へと続いている。梅の木は今では大きく茂り藪の様になっている。
その藪の奥に何やら白い影のような物がある。その影のようなものが 何かをぶら下げているではないか・・
よく目を凝らしてみると それはお菊の切り取られた頭部だったのだ。
「おのれ、妖怪!!テーーッ!!」
斎藤は気合と共に切り込んだ。妖怪が後ろに下がってかわすと、斎藤はすかさず踏み込んで「テヤーーッ」と袈裟懸けに切り下した。
ガツンと手ごたえがあり、
「グキーーーー」
妖怪は声とも音ともつかぬ奇声を発し ガラガラとその場に崩れたのだった。
遅れて駆け付けた中村が 提灯の光で妖怪を照らす。そして「おお!」と呻いてその場に座り込んでしまった。よく見れば、それは白い衣を羽織ったお梅の骸骨だったのだ。
お梅とお菊の凄惨な姿に 心を打ちひしがれた中村は 二人の亡骸を弔った後 自らの頭を丸めて出家したのだった。そして生涯お梅とお菊の墓を守り 供養を続けたのだと言う。
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