抜け幽霊
私の好きだった祖父が亡くなって1年が経った。祖父の趣味は骨董で倉庫にはたくさんの古いものが残されていた。
私の父は一人っ子で祖父の所有するものはすべて相続するのだが、そのためには骨董品の現在価値を調べなければいけないのだ
父は骨董屋さんを呼んで骨董品の鑑定をしてもらう事にした。父も母も骨董には興味がなく、祖父の集めていたものの価値は検討すらつかなかった。
その日は午後になって骨董屋さんが軽トラでやってきた。この骨董屋は祖父と付き合いがあり、祖父の持っている品の事は熟知しているようだ。
「お宅のお爺さんは根付が趣味でしてね江戸時代の象牙の根付を多く収集してらしたんですよ。」そう言いながら木箱の中からたくさんの根付を取り出した。
「これは何に使うものですか?」
「これは紐の端をとめるものでしてね、今でも有るでしょう。傘の紐に付いているプラスチックでできたやつが。昔は腰に付ける印籠とか矢立の紐の先に付けてたんです。」
根付はどれもデザインが良くて動物や人などが小さく巧妙に表現されている。中には男女の合体したデザインもあり象牙なので肌感がリアルでとてもエロっぽい。それを父親とみるのはちょっと気恥ずかしい。
100個近い根付が有り、それぞれに骨董屋さんが値段を付ける。安いものでも3万円で高いものは25万円もする。総額で800万はあると言うのだ。他にも掛け軸が20本と、日本刀や刀の鍔が40枚ほど出てきた。それを合わせた総額は2400万円ぐらいになると言う。
骨董屋さんは言う
「骨董品は現在価格が相続資産になりますので、残されたい物だけ残されて後は処分されて相続税に当てられたが良いでしょうなあ。」
私たちは話し合って、掛け軸の一部を残し、後は骨董屋さんに買い取って貰ったのだった。
残した掛け軸は丸山応挙一派の物で、弟子たちが書いたもらしい。応挙の作なら一本200万円ぐらいはするのだそうだ。私はその中の美人画と根付を数個、祖父の形見としてもらう事にした。
この美人画は洋画風にリアルに描かれていて掛け軸としてはミスマッチな作品だ。これも弟子の作品らしいが、それでも40万はするそうだ。100万円とか200万円とか言われると40万が安く思えるから不思議だ。
私の家は車が2台入る大きな車庫がありその車庫の上に私の部屋がある。私は寝室のドアの横の空きスペースに掛け軸を飾った。美しい女性の横姿が描かれていて、江戸時代の末期に洋画的手法を取り入れた、掛け軸としては斬新な作品だ。
今日は昼から良太が来た。彼とは中学時代から付き合っている。最近良太と体の関係も出来て、本当の彼氏になってきた感じがする。良太がお腹が減ったというので母屋の台所で焼きそばを作っていると母が入ってきた。
「良太君が来てるの?」
「うん、腹が減ったって言うから・・」
「あなたたち仲のいいのは良いんだけど、妊娠だけは気を付けてよ。」
「もう、大丈夫だから・・彼が気を付けてるから。」
「彼に任せてないであなたも注意しないとね。」
「ちょっと、もう、止めてよ!」
この頃良太が土曜日に泊っていくので、親が心配するのは分かるが、お母さんは女同士だからずけずけと言ってくる。先日などは私の部屋に避妊具の箱が置いてあった。その気使いがキモいのだ。うざいったら無い。私は腹を立てながら、焼きそばを入れた皿を持って車庫の階段を上がった。
「私も食べるから二人分作ったよ。」
「あ、美味そう・・良い匂いだ。流美の作る焼きそばは美味いからな。」
「ソースもセットで売ってるやつだから誰が作っても同じだよ。」
私はそう言って彼に箸を渡した。
焼きそばを食べながら私は思った、いちいち母屋の台所を使うのはめんどくさい。この部屋にガスレンジとシンクを設置してもらおう。トイレとジャワールームが有るんだから排水は出来るしガスを引くのは簡単だ。それほどの費用は掛からないから、お父さんに相談してみるか。
彼が頻繁に来るようになったので部屋をもう少し機能的に変えたい。私は高専の建築科なのでそういう所には頭が回るのだ。
「良太、今日は泊っていくでしょう?」
「もちろん!」
「親は何も言わないの?」
「俺の親は流美の所に泊るのは喜んでるよ。」
「どうして?」
「流美の家は俺んちより家柄が上だから、俺と流美に結婚して欲しいみたい。だってさあ、骨董売って二千何百万円だろ。俺んちなんか売るもんも無いし・・」
「結婚?!そこまで考えてるの?」
「俺じゃあないけどね・・俺は親に飯食わせてもらってる立場だから・・」
「そうだよね、卒業して自立して・・22歳になった時にまだ付き合ってたら結婚しようよ。」
「まだ付き合ってたらって、俺は流美と別れないよ。絶対・・」
「あ、ちょっと・・まって・・まだ明るいのに・・」
「こんな可愛い流美を離すもんか・・」
「ねえ、あ・・だから・・・・」
「ねえ、ゴム有る?」
「うん・・有るよ。」
私は肌寒さを感じて目を覚ました。私たちは裸のままベッドの上で眠っていたようだ。ベッドの横に落ちていた毛布を取って良太に掛けてあげようとすると良太が変な声を出した。
「うう・・わっ わっ・・」
何か夢でも見ているようだ。私が毛布を掛けて、私もその中に入ろうとすると
「うわー!!」
っと私を押しのけて良太が起き上がってきた。
「どうしたの?」
「あ、何だ!・・夢かよ・・ああ怖かった。細い白い指がさあ・・俺の手首をぎゅっとつかんで離さないんだ。その指が氷みたいに冷たいんだぜ。ああ、焦ったなあ・・あれはどっかで見たことのある女だった、誰だっけ・・」
夢ぐらいで動揺する朗太はまるで子供みたいだ。
「良太・・お姉さんが付いてて上げるから、ほらお寝んねしなさい・・」
「笑うなよ、マジ怖かったんだから・・」
私は良太をなだめながら、後ろから抱くようにして一緒に眠った。
田舎には水田に水を引くための小川が流れている。その脇にある小道を、私は良太と手を繋いで散歩をしていた。早春の事で少し肌寒いが川べりには黄色い菜の花が咲き、小川のせせらぎも耳に心地よかった。
「良太・・22歳になったら絶対結婚しようね。」
良太はそれに答えず私の手を強く握り返して返事をする。毎年見るこの風景みたいに、私と良太の気持ちは変らないだろうと思った。
道の向こうから女の人が来た。川べりの道は細いので私たちは道の横に避けてその人に道を譲った。その人は伏目がちに「どうも・・」と挨拶をしながら私の横を通り抜けた。髪の長い綺麗な人だった。
良太と私が歩き出したとき後ろからさっきの女の声がした。
「その人は私の男だ。離れなさい!」
そう言うと女は私の手首をつかんで私を彼から引き離したのだ。
「やめて!手を離して!」
私は女の手を振り払おうとするのだが、女の指が私の手首に絡みつき離すことができなかった。細く、白く、氷のように冷たい指だった。前髪の間に透けて見える女の目は鋭く恐ろしく憎しみに満ちていた。
私は女の指をつかんで引き離そうとしたが、指先が私の手首の皮膚に食い込んでいる。私は動揺し恐怖に襲われて助けを求めた。
「良太!助けて・・良太!・・」
「どうしたんだよ!大丈夫か。」
「あああ・・良太!・・え!・・なんだ、夢かあ・・ ああ怖かった。」
「どうしたんだよ。凄い声だったぞ。」
「女の指が私の手首に食い込んで離れないの・・氷みたいに冷たかった。」
「なんか俺の夢みたいだ、俺の見た夢が流美に移ったみたいだな。」
「そうだね、なんか喉が渇いちゃって・・なんか飲もうか。」
良太はベッドを出てソファーに座った。私は冷蔵庫を開けてサイダーを取り出した。そして「良太も飲むでしょう。」と彼にソーダを渡した。
「なんかね、凄くリアルな夢で、まだ指の感触が手首に残ってるんだよね・・」
そう言って良太を見ると、良太が私を指さして引きつったような顔をしている。
「後ろ・・お前の後ろだよ・・」
何だろうと思ってゆっくり振り返ると、夢で見たあの女が私の直ぐ後ろにいたのだ。
「わあ!!」
私は仰天してソファーの彼の横に飛び込んだ。彼は私を受けとめると、その女に向かって怒鳴った。
「何だよお前!! どこから入った!」
するとその女はたじろいたように後ろへ下がった。そして少し悲しい顔をして横を向くと、ドアの横の掛け軸の方に滑るように進んだ。
そして、す~と掛軸の中へ消えたのだ。
それを見た良太と私は同時に叫んだ。
「掛け軸の女だよお!!!」
女は掛け軸の中から抜け出て来た、大昔の幽霊だったのだ。
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