我に似ろ・・我に似ろ・・我に似ろ・・

男は髪が長く後ろに束ねて結んでいた。

男は崩れた崖の横に空いた穴の中に何かを隠しているようだった。

その何かは生き物のようで動いているように見えた。

もしかしたら人ではないかと思うと恐怖に身が縮んだ。

私は男に気が付かれないように物陰で息を殺して見ていた。


男は草や土を使ってその穴を丁寧に塞いだ。そして鋭い目で回りを見渡した。

そして誰も居ないことを確認すると。塞いだ穴に向かって手を合わせ、ジガ ジガ 似我 似我 ジガ ジガジガ ジガ と唱え始めたのだ。

似我 似我 似我 似我 ジガ ジガ ジガ 我に似ろ 我に似ろ 我に似ろ・・


しばらく呪文を唱えると男は急に私の方に向きを変えた。

その時、男の鋭い目が私を捉えた。

私はうろたえて逃げようとしたが、体がすくんでしまい動けなかった。

男は私を見据えたまま宙にふわっと浮いた。

そして人とは思えないような速さで、すーうっと森の暗闇に消えたのだ。

私は恐怖のあまり地を這うようにその場から離れ我が家に逃げ帰ったのだった。


喉元過ぎれば熱さを忘れるの例えがある。

数日たつと私は男が何を隠したのか気になって仕方なかった。

私は好奇心に負けて10日後にその場所を訪れた。


崖の穴は男が塞いだままで、特段変わっていないようだった。

私は塞がれた穴の壁を手で掘ってみた。

壁は思ったより薄く、少し掘ると穴が開いた。

私は穴の中がどうなっているのかと中を覗こうと顔を近かずけた。


その時その穴から黒い手がにゅーっと表れた。

私は動転して後すざりをした。逃げようとしたが腰が抜けて動けない。

その手は穴を内側から崩し、やがて黒い大きな物体が穴から現れたのだ。


それは、あの男だった・・

あの日見た髪の長いあの男だ。

そんなはずは無い・・あの男がこの穴を閉じたのだ。

その時私ははっと気が付いた。

あの呪文の意味・・ジガジガジガ 似我 似我 我に似ろ 我に似ろ


あの男は人を埋めて呪文を唱え、もう一人の自分をこさえたのだ。

男は私に気が付いたのか、鋭い目で私を見下ろした。

恐ろしかった・・今度は私の番なのか・・そう思って私は恐怖に震えた。

すると男は、あの男と同じようにふわりと浮いた。

そして、すーっと滑るように森へ消えていったのだ。


夏の暑い日差しが河原に降り注ぎ、遠くの景色が蜃気楼のように揺れていた。

何事も無かったように蝉が無き、遠くで川のせせらぎの音がしていた。

まるで白昼夢でも見たように、ただ 私は 呆然としていた。



************

ジガバチという虫がいる。

この虫は他の昆虫の幼虫を穴に入れ、卵を産み付ける。

穴を閉じてジガジガジガと呪文を唱えると10日ほどで

自分と同じジガバチが穴から出てくるのだ。

穴の周りを飛ぶときの羽音がジガジガジガと聞こえる

らしい。

それで古来よりその虫を似我蜂と呼んでいるのだそうだ。















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