夜釣り

私は夜釣が好きなんですよ。

なぜ夜に釣りをするのかといいますとね・・

夜は魚の警戒心が落ちてるからなんです。

夜食時を狙って効率よく高級魚を釣るんです。


たまにはね・・いいもんなんですよ。

対岸の明かりを見ながら、ゆっくり糸でも垂れる・・


ところで私はね、験(げん)を担がない人なんですよ。

元来、理数系の人間なもんですからね・・

げんとか・・占いとか・・

論理から外れた事は信じない人なんです。

もちろんユーホーとか幽霊とかも信じません(笑)


それがね、どうした事か釣りに関しては験をかつぐんですよ。

何かねあるんですよ・・


験のいい竿とか・・験のいい浮きとか有りましてね。

この竿で釣っているときに限って大物が釣れるとか・・

この浮きで釣ると針掛かりが良いとかね。

その日もね、験のいい竿と験のいい浮きを持って出かけたんですよ。


釣り場に着いて竿を出した直後でした・・

電気浮きがスーっと沈んで・・・・ポコンと浮いたんですね。

そして次の瞬間! ツーっと海中に引き込まれたんです。


少し待ってから、大きく合わせると・・・ガツンと掛かりました。

大きい・・手応えで判ります・・

ガク・・ガく・・ガクと強く引く・・

チヌですね、クロダイです。引き方で判るんですよ。


引き上げて引き寄せて見ると、やっぱりチヌでした。

標準和名はクロダイ・・40センチはありそうです。


再投入して、しばらくすると・・又電気浮きが反応します。

チョコ・・チョコ・・

そして・・ツー・ツーとっ段をつけて沈んでいきます。

よしっ、今だ!! 

合わせたとたん! ググーっと一気に引き込んでいく・・

強い引きです。

この引き込みはカサゴとかハタのような魚です・・

最初にあれだけ引いたのに、しばらくすると気が抜けたように

スーっと上がってくる。寄せてみると・・アカミズです・・

これはね、キジハタといって高級魚なんです。

これだから夜釣りはやめられない!


さてと・・次は何が釣れるかな・・

わくわくしながら次の竿を振りました。

ところがね、その後はさっぱりです。

浮きがピクンともしないんです。


1時間ねばってみたものの、ぜんぜん駄目・・・

釣りとはこんなものです。

さて・・そろそろ帰るかなあ・・

と考えていたその時でした。

突然!!

ツーーーっと一気に電気浮きが引き込まれたんですよ。


あわてて合わせると、ガツンと手応えが・・

重い・・

竿が限界まで曲がり、糸がキリキリと音をたてる・・

ああ、まずい・・

ドラッグが締めてある・・

このままでは糸が切れる・・

その時プツンッ!!


ドラッグを緩めようとした時に、糸が切れてしまったんです。

しかも・・電気浮きの上の結び目からでした。


獲物は電気浮きを引きずったまま去って行きました。

ああ・・あの験の良い電気ウキまで持ってかれた。


それにしても、あの引き・・どんな魚なんだろう。

これまで経験の無い引き方でした。


まあね・・逃した魚は大きいと言いますからね(笑)

諦めてその日は帰りました。

それにしても、あの電気浮き・・欲しいことをした。


次の日は朝から良い天気でしてね・・

車で防波堤の近くを走っていると人が集まっていました。

それにパトカーまでいるんです。

そこには知り合いのお巡りの山本がいました。


山本はロープを張って野次馬を規制していたのです。

私は素知らぬ顔で山本の側に近寄って小さな声で・・

「何!? どうしたの?」と聞いてみました。


「女の水死体が上がったんだ、死後4ー5日って感じだな。」

「水死体かよ、 嫌だなあ・・」

「あのさあ・・お前、釣りをするよな?」

「ああ・・ する。」

「電気浮きの電池ってどのくらいもつもんなの。」

「物にもよるけど、たぶん7-8時間ってところかなあ・・」


「だろう・・何日も電池はもたないよな。変なんだよ・・

死体が握っていた電気浮きは、まだ光ってるんだよな。」

そう言って彼はビニール袋に入った浮きを私に見せたんです。


その袋の中には・・

昨夜失った、あの験の良い電気浮きが入っていたのです。

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