第10話 対決! 源基経《みなもとのきつね》

 畠山はたけやま氏の屋敷は、周囲を土塀で囲まれており、塀の内側には遠くを見渡せる、高い櫓、高見櫓が一棟あった。それが、今は四方に一棟ずつ、四棟になっていた。そこには、源基経みなもとのきつねの部下らが、弓や刀を持って見張り役としている。屋敷の内から弓矢が届かない位のところ、四方を武者達が取り囲んでおり、塀の中の兵と睨み合いの状態にあった。

 正面の門の前側に、武者達の大将らしきが腰掛けていた。平将門たいらのまさかどだ。その横には、児玉本将こだまもとかつが、地べたに坐っている。

 その平将門たいらのまさかどのところに、秩父のジイたちが騎乗で現れた。将門の部下たちが、刀を抜き、

「何者だ!」

と、今にも切りかからんとしたところで秩父のジイ、他は馬を降りる。秩父のジイが、将門に一礼して、

「将門さま、この度は、ご面倒をお掛けしました」

頭を下げて挨拶をした。児玉本将こだまもとかつは、素早く立ち上がり、

「あ、秩父のジイさま!あ、次郎!」

喜び勇んで次郎の元へ走った。

 将門が、腰を上げて、

「秩父の、あやつら、妖怪みたいなものもいて、手強いぞ」

秩父のジイに話しかけたところで、将門の部下の兵士たちは、武器を収めた。

 秩父のジイは、屋敷の方を一瞥し、将門に答えた。

「都に馬を献上に行く途中、あ奴らと我らも戦いましたが、止めは刺せませんでした」

「ほー、戦ったのか。今は居らんが、少し前まで、都で武官たちが退治したと言われておったぬえまでおったわ。今は何処におるか分からんが」

「鵺は、やはり此処に居りましたか。西の牧で、退治しようとしましたが、西の方に逃げて行きました。次郎が、将門さまから頂いた剣を頭に突き刺したのですが、止めは刺せませんでした。ワシら、チョット、屋敷の様子を見に行ってみますわ。畠山の者がどうなっているか?気にもなりますので」

 そこへ、次郎がやって来た。

「将門さま。頂いた天火雲剣あまのひくものつるぎ、使いこなせるようになってきました。有難うございました」

「そうか。使えるか」

「横山のカオリに、空中を操って貰ってですが」

「ほ~、その手があったか、って、おまえ、飛べるのか」

「カオリが飛ばして操れる人間は、俺だけみたいですけれど」

次郎は、そこへやって来た、横山氏の香姫を指差した。香姫は、将門に、

「将門さま、横山の家を守っていただき有難うございます」

一礼をした。

「急いで兵を集めて来たのだが、間に合わなかった家もあってな」

「はい、そのように聞いております。村山とか西とかですね」

将門は、静に頷いた。その後で、顔を上げ正面の畠山氏の屋敷の方を見つめた。その同じ方角を次郎も眺め、日照り坊が、両脇に兵を従え、櫓の上に居るのに気が付いた。

「あ、日照り坊だ」

「日照り坊というのか?あやつが、屋敷に攻め込もうとするワシの兵たちを石にした妖怪だ。屋敷の者たちも石にされたという話しじゃが」

「日照り坊に石にされたのか~、あの水、残しておけば良かったな、カオリ」

「馬鹿みたいに、振り撒くんだから」

香姫は、次郎を睨んだ後に、一本の竹筒を取り出した。

「次郎に持たせていたら、何するか分からないから、私が別に一本持ってたよ」

 秩父のジイは、香姫と次郎に微笑んで、

「さて、それが有るのであれば、ワシらでアチラに挨拶に行こうかのう」

と言って馬に乗り、香姫と次郎がそれに続く。

秩父のジイの隣に和田次郎わだじろう、横山氏の香姫かおりひめが並び、その次には猪俣鴇芳いのまたときよし西宗頼にしむねより川越直介かわごえなおすけと横並びで源基経みなもとのきつねに乗っ取られた畠山氏の屋敷にゆっくりと向って行った。

 畠山氏の屋敷内にある正面側高見櫓にいた日照り坊が、彼らに気が付いた。

(⁉)

 日照り坊は、高見櫓から降り、大蛇の土蛇と共に正面の門を出てきた。そして、次郎の方に、

「お~、馬養うまかいども。無事に都に馬を献上して来たのかな?」

「なんで、おじさん、こんなところで悪さしてんだよ。また、俺に退治されたいのか」

「ワシは、源様を武蔵国に案内して来ただけじゃ。なのに、後から、鬼女が、鵺とやって来て、皆を喰おうとするから、喰われる前にワシが石に変えておいたんじゃ。鵺は、それで美味そうな牛や馬がおる、西の牧の方に出て行ったがのう。そう言えば、嬢ちゃん、多度と伊勢の社の清水は手に入ったかの?」

「うん、手に入れたよ。今は、竹筒1本だけ。最初の1本は、次郎が、アンタが西の城塞の街で石にした人たちにばら撒いて元に戻したから無くなったけれど」

「ところで、お前さんに宿られていた女神様、アマテラス様は、どうされた?」

「伊勢の社の本殿にはいられたわよ。伊勢の宮司さんたちがお祭りしていたら急にいなくなられたんだって。そして、私が社に伺う前日に、(明日、帰るから)とお告げされ、私と共に現れたと言う訳なの」

「あのお人らしいのう」

日照り坊は、腕組みをして深く頷いた。

「あの御方が居らなくても、神力は、全部、私に潜在的にあるんだって」

「ところで、嬢ちゃん。ここで石にしてしまった人々用に清水は、あるんじゃな?」

日照り坊が、そう確認したところで、秩父のジイが尋ねた。

「ひとつ、伺いたいが、屋敷におった畠山の者は、どうなったかの?」

「最初に鵺に喰われそうになったので、ワシが全員、石にして奥座敷においてある」

 秩父のジイは、少し安堵して呟いた。

「元に戻せるのかのう?」

「わしの居った城塞の街で、皆を元通りにしたのじゃろ?同じじゃよ」

「ガシャドクロまで戻してしもうたがの・・・・・・・」

「何?ワシが石にしたガシャドクロまで元通りにしたのか?」

驚く日照り坊に、次郎が、

「でも、天火雲剣あまのひくものつるぎで焼き殺しておいた」

誇らしげに言ったのだった。

「おお、それは良かった。天火雲剣あまのひくものつるぎは、嬢ちゃんの中に宿っておるんじゃな。それに、アマテラス様は、居られんが、アマノウズメの女神が、寄り添っておられるようじゃの」

そう言う日照り坊の言葉に、香姫は驚いた。

「アマノウズメ様がいらっしゃるの?」

「え?本当に。おぬし、気づかなかったのか」

不思議そうに香姫を見ながら、

「まあ~、アマテラス様の侍女のような女神様じゃから、大人しく慎ましい方じゃて、積極的には出てこられんわのう」

と呟き、

「さ~てと、わしら山の里に帰るワ。後は宜しくの」

と、日照り坊は、土蛇と一緒に西の里に帰って行った。それを見ていた、鬼女の呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)が、日照り坊の後を追うように畠山の屋敷から飛び出して来た。

「日照り坊!お前、何処へ行く。鵺も居なくなったと言うに!」

 日照り坊は、声のする後ろも振り返らず、片手を掲げ左右に振った。(バイ、バイ)

 鬼女は、門前に並ぶ、以前戦った馬養うまかいの次郎たちを睨みつけ、唸るように声を出す。

「お前らは・・・・・・・」

怒り心頭の鬼女呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)は、屋敷の内に向かって叫ぶ。

「みんな!出ておいで。食い殺しておしまい」

 そこで、香姫は、背中の方から天火雲剣あまのひくものつるぎを取出し、次郎に渡した。次郎の手に握られた剣からメラメラと炎が立ち上る。

鬼女の呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)は、背中の方から剣を取り出した香姫を見て青

ざめた。彼女の背後に寄り添っているアマノウズメに気付き戦慄したのであった。

 部下の鬼女たちを引き連れ、畠山の屋敷に戻り、門を閉ざさせた。そして、自分たちは、西の門から逃げるように脱出してしまったのだ。

源基経みなもとのきつねは、取り残された感、満載である。

 源基経みなもとのきつねは、全ての門を固く閉ざさせ、守りを強固にするよう部下たちに命じた。


 夜、煌々と篝火かがりびを焚いて、屋敷を取り囲んでいる平将門たいらのまさかどの兵士達。その中心に位置し、畠山の屋敷の正門の前側に、平将門たいらのまさかどと、その隣に、新しく武蔵国の領主になったという、都から来た興王(きょうおう)と、秩父のジイが座って、三人で酒を飲みながら談笑をしていた。

「私は武蔵国の東隣の国の領主の嫡男。平将門たいらのまさかどと申します」

「おお、あなたが平将門たいらのまさかど殿ですか。私は、この度、武蔵国の領主とすると帝より命を賜りました興王(きょうおう)と申します。都から源基経みなもとのきつねと一緒に此処に参りましたが、彼は好き放題、バケモノと略奪、暴行をはじめましたので、私は逃げ出してきました。これから、領主としての私の居城を探さなければなりません」

「それでは、先の領主、武蔵野武志(むさしののたけし)王がいらっしゃった城が空いておりますぞ。王はもう、都にお帰りになり、空のはずですぞ。山側の道、東山道を西に向かい最初の山の関を超えたあたりに、高く長い石の城壁に囲まれた城塞じょうさいが在り、街の中心に城がございます」

「ほお、それは良い所そうですな」

「それに、城兵もおりますし、先程まで、あちらの屋敷におりました日照り坊と土蛇が、勝手に城主だと言って住み着いておりましたので、我らが退治・退散させました。それで、街の皆には、ワシらは大いに感謝され、城に入って城主になってくれとも言われたのです。城迄は、我らがご案内申し上げましょう。そして、街や城の者達に、あなた様が、新しい武蔵国の領主様であられるとご紹介させて頂きましょう」

「これは、これはご丁寧に」

「いえ、我らが領主様ですので」

「それでは、その城に入らせて頂きましょうかのう」

 そんな談笑し、酒を酌み交わす三人を見て、源基経みなもとのきつねは、興王(きょうおう)も加わり、自分に大掛かりな攻撃をしかけてくるのではないか?と疑心暗鬼になっていたのだった。そして、屋敷の奥に戻り、従者たちに、

「都に帰るぞ。外の奴らに悟られぬ様に、全ての篝火を点けたまま裏門から出る。用意しろ」

と命じた。

 源基経みなもとのきつねは、夜に紛れて都に帰って行ったのである。そして、都においては、

「武蔵国では、興王きょうおうと、隣国の平将門たいらのまさかどが、謀反を企んでおります。私に攻撃を仕掛けてまいりましたが、蹴散らし、無事に戻ってまいりました」

と、朝廷に誣告した。

 帝は、早速、興王きょうおうと、平将門たいらのまさかどに書状をもって真意を確かめられたのだった。二人の書状での返答は、同じように、

源基経みなもとのきつねが、私利私欲によって、領民から略奪、そして殺戮を始めたので、屋敷を取り囲み、領民たちを守った)旨が記載されていた。

 帝は、源基経みなもとのきつねの奏上を虚偽のもの「謀反は事実無根」として、経基を讒言の罪によって左衛門府に拘禁させられたのだった。


 朝になって、平将門たいらのまさかどたちは、畠山の屋敷の異変に気が付いた。

「あいつら、白々と赤くなっても、篝火をけさないなあ~?」と、次郎が呟くと秩父のジイが、

「う~ん、物見櫓にも誰もおらん」

と薄目で屋敷の物見櫓を眺めた。

「奴ら!逃げたか⁉」

 平将門たいらのまさかどは、4,5名の先遣隊を屋敷に送り探りを入れた。

 しばらくして、先遣隊の隊長が、平将門たいらのまさかどの前に戻ってきて跪き、

「ご報告申し上げます。屋敷の中には、誰も居ない様子でした。昨晩、逃げ出したものと思われます」

と、大きな声で報告した。

「屋敷に突撃をかけるぞ。四方に連絡せよ」

と立ち上がり、屋敷の門に向かって腕を振り下ろした。

 平将門たいらのまさかどは、ここで、四方とは言ったが、実は、屋敷を占拠している者達の切羽詰まった必死の抵抗を避けるために、裏門側には、兵を配置していなかった。屋敷の中の兵が逃げられる経路を確保してやっていたのだ。

平将門たいらのまさかどと兵たちは、畠山の屋敷にゆっくりと進む。秩父のジイや次郎たちも、それに続いて屋敷に向かって行った。 

 屋敷に入って、将門達は屋敷内を隅々まで残兵がいないか捜索した。

 将門が、秩父のジイや次郎のいる所に来て、屋敷内の様子を教えてくれた。

「屋敷内の源基経みなもとのきつねらは、全ての者たちは退散したようだ。ただ、所々に先に攻め入った者たちが、石にされているし、奥座敷に、石にされた家族が置き去りにされているが‥‥‥」

「それ、畠山の家族ですね。日照り坊が、鵺や鬼女に喰われない様、石にしたと言っておりました」

  次郎の言葉を聞いて平将門たいらのまさかどは、横山の香姫に、

「元の人間に戻せる清水を持っておるのだよな?」

と訊ね、確認した。

 横山の香姫は、竹筒を取り出し、強く頷いた。

「それでは、参ろうか」

平将門たいらのまさかどは、香姫や秩父のジイと次郎たちに促して、

「それで、畠山の一族を元に戻した後に、ワシの兵も元に戻してやってくれるか?」

付け加え確認する様に念を押した。それに横山の香姫は、再度、強く頷いた。


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