第8話 石の城のガシャドクロ

 多度から海沿いの東海道を東に走り、両面宿儺になった鬼が住んでいたという岡崎あたりから、東海道を外れ北に向い、都に行く時に通った山側の道、東山道を行く。秩父のジイたちの馬の隊列が地響きをあげ疾走する。

山の関を超えたあたりで、砂漠の様な平野ひらのに、高く長い石の城壁に囲まれた城塞じょうさいが現れそこに向う。都に向う時に寄った所だ。

次郎は、急いで城塞の内に入り、直介の元に走った。城塞の街の中で、石にされたままの川越直介の元に向う。そして、直介の頭のてっぺんから竹筒の水を掛けた。石の地蔵は、頭の先から徐々に泣き虫直介に戻っていったのだった。

「やったー!元に戻った!」

直介は石の呪縛から解かれた。

次郎は、「よし」と竹筒の中を覗いて強く頷いた。街や村の中の、石にされた者に、水を掛けて廻ることにしたのだ。

 直介のもとに、秩父のジイを先頭に、猪俣鴇芳いのまたときよし西宗頼にしむねよりらが、騎乗で現れた。西宗頼は、馬を飛び降り、石の呪縛が解けて元通りになった直介に飛びついた。西宗頼は、涙を止めどなく流すのだった。

「なおすけ~、良かったあ。元に戻ってる!」

 石の地蔵にされた人々を元に戻した次郎が、感謝する街の人々を引き連れて戻って来た。そして、秩父のジイに、

「じい様、街のみんなが今日は大宴会するから泊まってくれとさ。それと、俺に、空いた城の城主になってくれとさ」

「次郎、宴会は良しとして、城主を決めるのは京の朝廷のなさること。許しも無く入城すれば、

日照り坊と同じく、乗っ取りに成るぞ。京から討伐隊が送られて来る。みんな、それでは、何時もの旅籠に向おうか」

 秩父のジイを先頭に、直介も、みんなは何時もの旅籠に向う。旅籠に入ると、中は街の人々で満杯となっていて次郎達は盛大な歓待を受けた。

宿の主人は、満面の笑顔と揉み手で、にこやかに一行を迎えた。

宿の女中がみんなを部屋に案内する。

宿の主人は、今回は先に宿泊の御代を請求しない。そして、

「落ち着きましたら、こちらで宴会をしますので、お越しください」

と言ったのだった。

 女中に、次郎達は部屋に案内されて茶をいれてもらう。卓袱台ちゃぶだいの上にはたんまりと菓子が積み上げられていた。菓子を口にし、茶を飲みほしたところで下の階に降りた。次郎達の降りて来たその姿に、先ほどと同じく集まっている街の人々は、盛大な歓待だ。

 特等席の様な所に案内された次郎達の前には、豪華な料理が用意されていた。

 喰い、飲み、踊り、盛大な宴会は、夜分には終わり、それぞれ、床に就いた。夜明けのまだ朝早い時分に、街人が大声で叫びながら、街の多くの者が倒れた様に寝ている旅籠にやって来た。

「お~い、みんなー!大変だ~。城が、ガシャドクロに乗っ取られた。ガシャドクロが復活したぞ」

 その慌てた声に、秩父のジイがムクリと起き上がり、

「ガシャドクロとは?」

 血相変えて飛んで来た街人は、

「がしゃ髑髏(どくろ)は、人の骸骨や怨念が集まって巨大なドクロの姿になったといわれる妖怪です。ガチガチ音をたててさまよい歩き、生きている人間に襲いかかっては握りつぶして食べるのです。日照り坊が、邪魔だと石に変えていたのですが、今、復活して城に入って、兵士達を食っているようです」

「日照り坊に石にされていたのが、復活?」

 秩父のジイは、眠い目を擦りながら次郎の方を見た。

「次郎、昨日、石の地蔵にされた街の人に清水をかけて廻ったな。一つ一つの地蔵に、丁寧にかけたんだよな?」

 次郎は、眠そうに、

「う~ん。最後はメンドクサイから竹筒からバラまいたかな」

(⁉)

 秩父のジイは、素早く起き上がり、

「次郎、香姫、みんな!今から妖怪退治じゃ。起きてしたくせい!」

と次郎達に号令をかけた。

 次郎は、まだまだ眠そうで、

「う~ん、眠い。朝飯くらい食わせてよ」

と、寝ぼけ眼をこすりながら、面倒くさそうに文句を呟く。

 そこへ、鍋蓋が次郎の顔に飛んできた。次にホホをかすめて鉄箸も飛んできた。

「危ね~な。カオリ!」

 そこで今度は、鍋が飛んできた。

「さっさと起きなさい!皆で、お城に行くよ」

秩父のジイに続き、猪俣鴇芳いのまたときよし西宗頼にしむねより川越直介かわごえなおすけ、最後に、次郎の襟元を掴んで、香姫が旅籠屋から出てくる。全員、馬にまたがり、この石の城塞の街の中心に在る石造りの城に向かった。

 城のほとりに着いた時には、すでに巨大なドクロの妖怪、ガシャドクロと城兵との闘いが始まっていた。闘いというか、一方的にガシャドクロが、城兵を捕まえては喰っているのだ。

城兵は、弓や剣、槍で応戦しているが、全てガシャドクロに払い除けられている。

 先ずは、鴇芳と次郎が弓矢を間髪入れず射まくる。弓矢を雨のごとく浴びせるのであるが、ガイコツなので、素通りする矢も多いし、骨に当たって跳ね返るだけであった。

 ガシャドクロは、次郎達の方を眺め、やがて前かがみに両の手を下に垂らしたゴリラのような恰好でユックリと向かって来た。

 秩父のジイが、槍を遠投するも、槍は骨と骨の間に挟まってしまった。そして、揺れたところで、地に落ちた。秩父のジイは、馬を走らせ槍を拾いに向かう。ガシャドクロは、長い手で秩父のジイを捕まえようと手を右に左に振り回しているが、秩父のジイは、それをうまく避けながら、槍を回収した。それから、騎乗で槍を構え、ガシャドクロに攻撃を開始したのだ。数回、槍を当て、ガシャドクロが転びそうになるが、その瞬間、秩父のジイは、ガシャドクロの長い手に捕まってしまったのだ。

 鴇芳と次郎が弓矢を間髪入れず射まくる。頭の部分を徹底的に狙う。そのシツコサに、ガシャドクロは、秩父のジイを投げ捨て、次郎たちの方に走り寄って来た。

「カオリー!アマテラスのおばさん居なくても、俺を飛ばせるか?」

「大丈夫だと、言われたから大丈夫だと思うよ」

「じゃあ、あいつの頭のところだ」

 剣を両手にもった次郎の背に、香姫は回り込み、気を送る構えに入った。

 香姫が、両方の手を力を込めて前に突き出すと、次郎がガシャドクロの頭の方に飛んで行った。

頭を叩き割る様に、次郎は、両手の剣を構える。今にも、ガシャドクロの頭を叩き割らんばかりに剣を当てた。その時、次郎はガシャドクロのの両目の穴の部分に、普通の大人サイズのドクロが居るのに気が付いた。それと、口の中にも二人?二匹?二体?同じようなドクロが居たのだ。この巨大なガシャドクロを操縦しているようにも見えた。次郎は、そこに入り、ドクロたちを退治しようとしたのだが、今度は空中を泳ぐように、慌てて引き返そうとしている。目の中、口の中には、沢山のウジ虫、ハエが居たのだ。その次郎のアタフタしている姿を香姫は眺めて、無理やり、ドクロの口の中に次郎を放り込もうと操作している。虫が大の苦手な次郎は、必死で、ドクロの中に入らない様に、空を泳いでいる。

「あれ?次郎、何してんの?」

と、次郎の様子を不思議に思った香姫は、次郎を引き戻した。

 香姫たちの所に戻った次郎は、涙目である。

「あのドクロの目と口の中に、普通の人の大きさのドクロが四人いるんだ。そいつらが、あの大きなガシャドクロを動かしてる。奴らをやっつければガシャドクロは、動かなくなる」

 次郎は強い調子で言ったのだが、また泣きそうになって、

「でも、あの目や口の中に、ウジ虫やハエがワンサカいて、俺、無理。ぜ~たい無理」

と肩を落とすのだった。そこで香姫は、自分の身体に宿っている、天火雲剣あまのひくものつるぎを取り出し、次郎に渡した。

「中に入らず、それで焼いちゃえば?成仏もするんじゃない?」

 次郎は、天火雲剣あまのひくものつるぎを受け取り、

「よ~し、これで退治してやる」

強く頷き飛んで行く体制に入った。香姫は、その背にもう一度、両手を突き出して気を送り、次郎をガシャドクロの頭の方へ飛ばし、頭の部分で旋回させた。

 ガシャドクロは、うるさい虫を払うかのように、長い手を振り回し、次郎を追い払おうとしている。それを、香姫は、うまく躱すように次郎を操縦している。次郎は、ガシャドクロの頭の辺りで旋回しながら、天火雲剣あまのひくものつるぎから、炎を吹き出し、攻撃を続けているのだった。何本かの巨大な炎の柱が、ガシャドクロの目の中、口の中に入り、ガシャドクロは、地に崩れ落ちた。

 香姫の所に戻って来た次郎は、

「カオリ、ホイよ」

天火雲剣あまのひくものつるぎを投げ渡した。それは、スッと香姫の体の中に吸い取られるように消えたのだ。

 少し離れた場所に居た街の人々や城兵たちは、両手を上げて大喜び。次郎達に感謝の声を浴びせている。秩父のジイの一行は、騎乗で先程までいた旅籠屋へ向かい帰ることにした。そこへ、急いで馬を走らせて来た少年が現れた。次郎達と同じ年の仲間、村山潮代むらやまちょうだいだ。

 潮代は、秩父のジイに馬を並べ、

「大変なことになりました。武蔵の国の新しい領主の興王(きょうおう)と一緒に来た、権守の源基経(みなもとのきつね)とかいうのが、国の皆から税だとか言って、蓄えていた穀物や家畜を取り上げて、逆らう者は、殺され、家を焼かれているのです。ウチは、家族を殺された上に、家も焼かれました」

「なに~!源基経みなもとのきつね。あの日照り坊の所に来た奴じゃな」

と秩父のジイが思い出していたところで、次郎が深刻な顔で聞いた。

「潮代!俺の家は、どうなった」

「オヤジ殿、聖山せいざん様が戦っておられた。しかし、奴らには鬼女達とか、妖怪みたいなのがついてて苦戦してる」

「鬼女⁉ 呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)じゃな。退治されてはおらなんだか。そう言えば、基経を追っかけておったな。後はどんな妖怪じゃ?」

「え~と、何でも石にしてしまうお地蔵さまのようなのと、大っきな蛇」

「なに?日照り坊と、土蛇じゃの?あっちでも、こっちでも悪行をしとるのか」

などと秩父のジイが言い終わった時、皆が、次から次に、潮代に自分の家の事を聞いてきた。

 潮代は、西宗頼にしむねよりに、下を俯いて答えた。

「宗頼のところは、オレの家と同じ。後の皆のところは、大丈夫だ。今、児玉こだま本将が平将門たいらのまさかど様のところへ、救援を求めに行ってる」

 皆は、馬を飛ばし急ぎ、自分たちの武蔵国に向う。


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