第9話 武蔵国の鵺(ぬえ)

 秩父のジイは、一隊を止め、横に並ぶ村山潮代むらやまちょうだいに声をかけた。

「もう少しで武蔵国の里じゃが、潮代ちょうだいヨ、源基経みなもとのきつねらは、どの辺りにおるんじゃ?」

畠山はたけやまの屋敷を乗っ取って、そこを拠点にしております」

畠山はたけやまの家の者は?」

「私が国を出る時は、屋敷の中に囚われていますが全員無事でした」

平将門たいらのまさかど様が、何とかしてくれていると良いのじゃが」

と、ゆっくりと隊列を進め始めた。

 すると、遠くの方から、馬の群れが秩父のジイや少年たちがいる方に全速力で突進してくるのが見えた。もくもくと、土煙が天に昇っている。

秩父のジイは、次郎に、

「ん?馬たちが暴走してコチラに向かって来ておるぞ」

と言ってその方向を指し示した。

「お、本当だ!こっちに突進して来ている。以前の様に狼に追われているのか?」

次郎も、相当な数の馬が、こちらに暴走して行くのを見た。

 武蔵野の草原を全速力で駆けて行く。

 そのはるか後方を、群れで走る集団がある。狼の群れだ。狼たちは、馬の群れとは少し違う方に走っている。馬を狙っているのではないようだ。こちらも、その後ろにいる何かから逃げているようなのだ。暫くして、その後方に、馬や狼の群れを追いかけるモノの姿が現れた。

 頭は猿のようだが、その手足は虎のようで、気味悪い声で叫んでいる妖怪だ。

 その姿を見た秩父のジイは、少し身を震わせて、

「あれは、*3鵺(ぬえ)じゃないか⁉やはり生きていたのか?」

と言った。それを聞いた次郎は、

「あ~、あれがガゴゼの奴が言っていた、ぬえとか言われるバケモノか~。見るからに最悪の妖怪だな」

「最悪、最強の妖怪じゃ。都で討たれたと聞いておったんじゃが、ガゴゼの言う通り生きていたとはの。で、なんでこんな所に居るんじゃ?武蔵国の権守になったという源基経みなもとのきつねとか、日照り坊が、連れて来たのかのう」


*3鵺(ぬえ)

頭が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、の気味悪い声で鳴くという妖怪。

「平家物語」をはじめさまざまな説話集などにも見られる有名な逸話です。

 次郎が、少し考えて、

「これから、武蔵国を好き放題、荒らしている源基経みなもとのきつねとか、日照り坊らを退治しに行くのに、その前に、あの妖怪は、先に退治しておかないと」

と秩父のジイに呟いた。

「そうじゃの」

等と語っている間に、鵺は狼たちに追いつき、掴み上げて喰い始めたのだ。

「かおりー!あの向こうの化け物のところに、思いっきり飛ばしてくんないか~」

「分かったー」

 香姫は、次郎を睨むように凝視し、手を妖怪、鵺の方に振った。

 次郎は、二本の刀を両手に持ち、鵺の方に一直線に飛んで行く。

 その後を追うように、槍を手にする秩父のジイに続き、猪俣鴇芳いのまたときよしが弓を射る体制で、香姫は、両手で次郎を操縦しながら鵺の方に進んだ。

 狼たちもタダやられてはいない。鵺と対峙し、牙を剝いている。鵺が振り回す手に捕まれぬように、当たらないように飛び跳ねかわしている。それに、噛みついてもいる。その戦闘が行われている横、少し離れたところに次郎は両の手に刀を握り着地した。その次郎の背中越しに一本の矢が高速で鵺をめがけて飛んでゆく。猪俣鴇芳いのまたときよしの弓から放たれたその矢は、鵺の猿顔の片腕に突き刺さった。鵺は、その矢を引き抜きもせず、その矢を折って投げ捨てた。それからジイ~っと矢の飛んできた方を凝視し、睨みつけた。矢の飛んできた方には両手に刀を持った次郎がいる。鵺は、次郎の方にゆっくりと歩み始めた。次郎も身構えた。さらに、猪俣鴇芳いのまたときよし以外の者も、鵺めがけて一斉に矢を射る準備をしている。そこで次郎は、

「カオリー!飛ばしてくれ」

と後ろの香姫に叫んだ。香姫は、両の手を前に突き出し、次郎を飛ばし操る。

 次郎は、鵺の振り回す手を避けながら、刀で鵺を刺したり、切りつけたりとするが、固いからだには、まったく聞いていないようだ。次郎は、たまに鵺の腕に払い除けられ近くの岩や木にぶつかってしまう。

 ヘトヘトになった次郎は、ガゴゼや秩父のジイの話を思い出した。

(都の宮殿の屋根に居たところを、弓の名手が射た矢が刺さり、屋根から落ちたところを、官史に槍や剣で刺され息絶えた)

「カオリー!おれを、あの大きな木の上に飛ばしてくれ!」

「うん、分かった」

と、香姫が、手を木の方に振り、次郎がその木に向って飛んで行く。それを、鵺が追いかけた。

 次郎が、大きな木の上近くの枝に降り立ち、鵺に向って、

「ほ~ら、バケモノ、早く登ってこ~い。ここだ、ここだ」

等と、鵺を囃し立てている。次郎は、猪俣鴇芳いのまたときよしに向って、

「お~い、鴇芳!みんなで、コイツに矢を射て、撃ち落としてくれ」

そして、香姫に、

「カオリー、出でよ!天火雲剣あまのひくものつるぎ

と格好つけて、右手を開き空に突き上げる。

「ちっ」

と、香姫は、舌打ちをして背中側から天火雲剣あまのひくものつるぎを取り出し、次郎目がけて投げだした。凄まじい炎を帯びながら、剣は、次郎に向い、受け取った次郎は、

「アッチー!」

と剣を握る。剣は、炎を収めた。

 その時、次郎目がけて木を登って来る鵺に、矢が雨の様に降り注ぐ。鴇芳や他の少年たちが、弓に二~三本の矢を一度につがえ、射ているのだった。鵺の体は鋼鉄のように固いらしく、刺さる矢は余り無かった。それでも、鴇芳の矢らしきは、鵺の身体に突き刺さっていた。その鴇芳の放った矢が、鵺の目に刺さった時、鵺は大きく高い木から落ちたのだった。そして、地面に叩きつけられた時、一斉に、秩父のジイが槍で、少年達は刀を鵺に突き刺した。鵺は苦しもがいてはいるが、それでも起き上がり抵抗しようとした。そこへ、木の上から飛び降りて来た次郎が、炎に包まれた天火雲剣あまのひくものつるぎを鵺の頭に突き刺したのだ。

もがき苦しむ鵺は、絶命するかと思われたが、次郎達を跳ね除け、草原の西の方に逃走していった。

次郎は、手に持った天火雲剣あまのひくものつるぎを見ながら呟いた。

「くっそー、これでも止めを刺せないのか~」

 それを聞いて、秩父のジイは、

「都でも、今の様にしても、止めは刺せなかったんじゃろうのう」

と言い、顎髭を撫ぜた。そこで次郎が、

「止め刺しに行こうか?」

と、鵺の逃げ去った方を睨んで言う。

「いや、今は村に急ごう。一刻も早く畠山はたけやまの者達を解放してやらねば」

「そうだね」

 秩父のジイの周りに、香姫や少年たちが集まって来た。

次郎は、

「カオリ、あんがと」

天火雲剣あまのひくものつるぎを香姫に、投げ渡した。それは、スッと香姫の体の中に吸い取られるように消えた。

 秩父のジイが、馬に乗り、

「さあ、畠山はたけやまの館に急ごう」

と、馬を蹴けた。その後に、次郎たちも騎乗して続いた。

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