第7話 二手に分かれる

 多度(たど)の社(やしろ)に宿を借りたその夜、秩父のジイが、「ここから都に馬を連れて向う一隊と、伊勢に清水を頂戴しに行く者達に別れよう」と提案した。ここ多度から琵琶湖を右手に見ながら、いつも通り馬を連れて都に向う者とは別に、伊勢に清水を頂きに向う者と二手に分かれようと言うのだ。伊勢に向うのは次郎と香姫で、都に向う一同と帰りには、再度、この多度で落ちあい、それから、武蔵国へ海の道を通り帰るというものだった。別に相談でも何でもないのだ。通達だ。誰も異議など唱えられる訳はない。

 朝、旅支度を終えて、次郎と香姫は、騎馬で、南の伊勢に向う。都へ向かう一隊は、隊列を整え、次郎達に、

「無事にな、また、ここで!」

と手を振って一時の別れの挨拶をし、見送った。次郎と香姫の二人は、林の中を暫く進み、木々の葉で辺りが薄暗くなってきた頃、香姫が、後ろをキョロキョロと気にしながら、次郎に、

「何か?何者か?に私たち、後をつけられていない?」

そう囁く。次郎は、後ろを眺めながら、

「そうか?何も居ない様だけど」

と、あまり気にしていないようだ。次郎の態度に、なぜか腹立たしい思いがする香姫。

「次郎は、それが虫だったら、ギャ~ギャー騒ぐのにね」

「おい、カオリ。虫なんか俺の方に飛ばしてくるんじゃね~ぞ」

「それより、何より、お前の後には、この世で最強の人が付いてるって言うじゃないか。何も怖いもんなんか、ね~だろ?」

「私、よく分かんないんだよね。自分で見えてる訳じゃないから」

「そのお方、そうとう、我ままで、暴れん坊、みたいじゃん。カオリも同じようなもんだから」

香姫が、頬を膨らせて、次郎を睨んだ、その瞬間、次郎の頭の上に何かがゴツンと落ちて来た。

「なんだ?」

と、その頭に落ちてきたものを手に取り、

「ぎゃ~!」

と叫ぶ。巨大なコガネムシだ。掴んだ次郎の手に異様な匂いが残る。

香姫が、手の平をひらひらと振って、あっちへ行け、と仕草で示した。

「くっさ~、次郎、こっちに寄るな」

 何はどおあれ、ともかくも、後ろの方が気になる香姫であった。先程振り返った折、遠くの木陰に、何かが、サッと身を隠したような気がしたのだ。


 次郎達が多度の社に着く前のこと。両面宿儺(りょうめんすくな)と戦う、その前に戦うことになったガゴゼは、犬に深く食いつかれて傷ついた脚を、両面宿儺に、直してもらおうと、アマテラスが次郎達といることを教えたのだった。それを聞いて直ぐに、両面宿儺は、多度の社の方に、次郎達を目指して飛び出して行ってしまったのだ。それで、ガゴゼは、両面宿儺を追って来たのだった。そこで、両面宿儺は、次郎に真っ二つに切られたのだが、赤鬼と青鬼となって、喜び勇んで東の岡崎の方に帰ってしまったのだ。おいてけぼり感満載のガゴゼは、せめて、アマテラスに会って、脚の傷を直してもらおうと次郎達、香姫を追って来たのであった。

 ガゴゼは、伊勢につく前にアマテラスに会いたかった。伊勢についてしまうとアマテラスに従う色々な神々が出て来て、自分はボコボコにされるに違いないからだ。


 次郎達は、木陰となる木に馬を繋ぎ、草をたべさせて休みをとらせる。自分達は、木陰の木の下に寝っ転がり空を眺めていた。そこへ、少し離れた木陰からガゴゼが飛び出してきて次郎達の方に一目散に向って来る。次郎と、香姫は素早く立ち上がり迎え撃つ体制に入った。次郎は、日本の刀を構えた。

「この野郎、懲りずに、またやられに来たか‼」

 ガゴゼは、両手のひらを次郎達に向け、

「オイオイ、戦いに来たのではない。そんな刀で、俺は切れんことぐらい分かっておろうが」

と、香姫の方に向かって土下座した。

「頼む、アマテラスさんに、会わせてくれ」

「はあ?」

「私も、どうやったら出て来て下さるか、知らないの」

「あのオバサン、無茶苦茶我ままなんだ。自分勝手なの。カオリが本当にやばい時、やっと出てくるんだよな」

 その時、上空の木から次郎の頭の上に何かが落ちて来た。かなり、重い物だろう、ガンと音がした。

「いて~、なんだよ」

と、頭に落ちて来たものが、地面にあるのを見た。巨大なミノムシであった。

「ぎゃ~!カオリ!こんな時に虫で遊ぶな-」

「え?私、何もしてないけど?」

ガゴゼは、騒ぐ二人に(実際に騒いでいるのは次郎だけだ)

「ならば、やばくなってもらおうか!」

と体を一回り大きく膨らまし、牙を剥き出すとともに、指から刀の様な爪を伸ばして対峙した。

「なにお~、出でよ!天火雲剣(あまのひくものつるぎ)」

次郎が、カッコつけて片腕を天に向かって突き上げ、香姫の方を見る。香姫は、またかよ、と言わんばかりにウンザリな顔をしている。次郎の方に向かて、片方の人差し指をはじくように天火雲剣を向かわせた。剣が炎の尾を引いて、次郎に向って行く。次郎に突き刺さるかに見える勢いだ。避ける様に次郎は、片方の手に収めた。次郎は、

「あぶね~ヨ!」

と香姫を睨み付ける。香姫は、さらに、片方の人差し指を上下左右に動かし、剣を持った次郎を宙に浮いた状態で操っている。次郎は、上空からガゴゼに向って剣を振り下ろした。剣からは、炎が帯の様に吹き出て、ガゴゼは炎に包まれ悶絶する。そして、炎に包まれながら東に走り去って行ったのであった。足のケガが治ったかのように。


 次郎と香姫は、周囲を気にしながら馬を伊勢に向って進めた。次郎の頭の上にやたらと、高い木の上から、巨大な虫が落ちてくる。誰かに投げつけられているようで、次郎は、

「かおり~、おめえ、さっきから俺に巨大な虫を投げつけてねえか?」

「ううん、何もしてないよ」

「そうか、さっきから、やたら色んなモンが、頭に落ちてくるんだよなあ」

「まあ、虫でよかったじゃん。槍とか矢とか岩じゃないし」

「いや、さっき、デカい石が降って来た」

 香姫は、高い木々の上を眺め、クスっと笑った。多分、アマテラス様がやっていると思えたからだ。

 二人が、伊勢の社の参道のような道に出た所に、道の両脇に宮司数人が膝をつき頭を垂れて二人を迎えていた。宮司の内、二人が、次郎と香姫の馬の手綱を付けている馬の口のハミを持ち、馬を誘導する。先頭で出迎えてくれていた宮司が、香姫に、

「昨日、夢枕に天照大御神(あまてらすおおみのかみ)が現れなされ、本日、馬で伊勢に帰ると申されまして、こうしてお迎えに参りました」

「天照様はある日、急に旅立たれ、私どもはどうして良いのか?とにかく、お戻りになると信じてここを守っておりました」

 二人は、目を合わせて、軽く吹き出し笑った。アマテラス様のやりそうなことだと思ったのだ。そこで、次郎だけに滝のような大雨が降り注いだ。次郎は天を仰ぎ、

「なにすんだよ!さっきから、オバサン!」

次郎もアマテラスのイタズラだと感付いたのだった。そこで、また、次郎目がけて大量の水が降って来た。それで、次郎は自分達の使命を思い出した。

「あ、そうだ。伊勢の清水とやらを貰えないかな?」

と、竹筒を宮司に差し出した。宮司は次郎から竹筒を受け取り、

「今夜は、こちらでお休みください。直ぐに着替えをお持ちします。そして後ほど、清水と、お夜食をお部屋にお届けいたします。それでは、お部屋にご案内させますので、私はこちらで失礼いたします」

と深々と頭を下げた。

「え?アマテラスさんは?」

「今、あちらの本殿のほうへ入られました」

「えっ、カオリ、おまえ、気が付いたか?」

香姫は、静かに首を横に振る。

翌朝、次郎と香姫は伊勢を出て、皆との待ち合わせ場所である多度に向う、その前に伊勢の本殿に伺った。二人は、観音菩薩とも思える像に手を合わせて感謝をし、旅立の挨拶をした。

二人には、アマテラスの声が聞こえた。

「カオリヒメ、ジロウ、元気でな。また助けが必要な時は出向くから。それから、将門を助けてやってくれ。彼は、帝の言う事も、神々の言う事も聞かない、自分が大王、という処があるが、人に優しいホンに大王にふさわしい男じゃ」

「うん、分かった。将門さまと良い国造る」

次郎は、そう言ってお辞儀をして本殿を後にするのであった。

「ところで、カオリの俺を飛ばすとかの力は?オバサン居なくなると無くなるのか?」

「だれが、オバサンじゃ!」

 次郎の頭の上に水が滝の様に降り注いだ。

「香姫の力は、彼女の秘めてていたチカラじゃ。ワラワが引き出したまで。ワラワが居なくなっても香姫の力は、香姫が持ったままじゃ」

「あ、そうなんだ。なんだ、よかった。じゃ~、オバサン、バイバイ」

 また、次郎の頭の上に水が滝の様に降り注いだ。

 次郎は、天を仰いで

「なんだよ~、水ばっかりかけやがって」

と呟いたところで、大きな虫の軍団が、次郎の顔を目がけて飛んで来た!

「ウワアアア~」

と頭を両の手で抱えて叫びながら走り逃げ回る次郎。それを眺めて、クスっと笑い、天を仰ぎ一礼をする香姫であった。


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