第6話 神か鬼か 両面宿儺(りょうめんすくな)

 秩父のジイの一行は、飛騨の山脈を背に、美濃(現在の岐阜県)の高原を抜け、鈴鹿山地の手前の多度の神社に向っていた。その道すがら、後ろから、大声で叫びながらこちらに向って来る物(者?)がいた。両面宿儺りょうめんすくなである。顔は、赤鬼と青鬼の二つの面を持っていて、胴体に四つの手、四つの足があった。手には鉾や斧などの武器を持ち、時に二本の弓矢まで用いて矢を放ってくることもあるらしい。

「待て~い!止まれ!そこの馬飼うまかいども!」

 秩父のジイは、手を上げ、全体に止まるように合図した。そして、自分達の隊列を追って来る鬼の妖怪をジッと眺めた。秩父のジイが、馬を降り槍を構えたので、次郎達は、騎乗のまま馬をひるがえし、戦闘態勢に入る。そして、追って来た鬼の妖怪と対峙するのであった。

 秩父のジイが、槍を構え、

「何用じゃ」

と、鬼の妖怪を睨み付ける。鬼は、

「ガゴゼに聞いたのじゃが、この一隊の中にアマテラスがおると言うとった!この地上で一番の女神とか?ひとつ、勝負を挑みたいものじゃ。どちらが、この国の神にふさわしいか。それに、その身を喰らわば、神力を得られると言うじゃないか」

「ここにそのようなお方は、おらぬわ。おわしましても、貴様なぞに近寄らせるか!」

 それを聞いて、鬼は、薄ら笑いをしながら、

「ジジイ、お前なんぞに、何が出来る!」

と吐き、剣を身構える。

「ジジイ、肉付きの無いお前を喰うても、不味いだけじゃ!お前なんか、喰わぬから、引っ込んでおれ。ワシは、この馬たちをたらふく喰うわい」

などと、言い終わるかどうかの時、秩父のジイが、構えていた槍で鬼の妖怪の胸を、一突きにしたのだった。槍の刃は、鬼の胸に突き刺さる。鬼は、その槍を一本の手で掴み、自分の胸から抜き取り、槍を秩父のジイごと、馬列一隊の先頭の方に、元々、秩父のジイが居た所まで投げ飛ばしたのだ。地面に叩きつけられた秩父のジイは、気を失い立ち上がれない。それを見て、次郎は、刀を二本抜き、両手に構え、自分の乗っている馬を鬼の方に走らせた。鬼の傍まで来た時に、馬から鬼に飛び掛かるようにジャンプし、その二本の刀で鬼を切りつけた。鬼の四本の腕の内、左右の二本の腕に、次郎の刀は食い込んだ。それでも鬼は、他の二本の腕で、次郎を、これまた、秩父のジイの方に放り投げたのだった。次郎は、投げ飛ばされ地面に叩きつけられ、そこで、次郎も気を失ってしまった。鬼の腕を切りつけたかに見えた次郎の刀は、鬼の他の手で抜き取られ、近くの草むらに放り投げ捨てられた。

鬼の妖怪は、赤鬼と、青鬼の二つの顔を持っており、今は、赤鬼のほうの顔が、次郎達に対峙し、睨みを利かせている。そこで、青鬼の方が、冷静に静かな声で、

「アマテラスさんは、どこじゃ?別に、食おうとは思ってはおらぬわ。頼み事があるだけじゃ」

そこで、赤鬼が、

「え~い、面倒臭い!こいつら、馬ごと、ワシがボコボコにして、食ってやるわ!いやでもアマテラスが、出てくるじゃろ!」

と、大声を張り上げた。青鬼は、瞬時に、

「うるさいのう。暴れることしか能の無い奴は、黙っとれ!」

と、受け応える。

「なに~」

「なに~?とは何ですか?」

まるで赤鬼と青鬼の夫婦喧嘩のようだ。青鬼が奥さんで、赤鬼が旦那、といった具合。


西宗頼は体子小刻みに震わせながらも刀を構えている。その後ろにいる香姫は、竹串を鬼目がけて投げ続ける。猪俣鴇芳は、無心に矢を放っている。

 鬼は、4本の腕で、矢や竹串を払い除けながら、赤鬼の方が、

「え~い、邪魔くさいのう!」

と、大声を上げ、弓を射続けている猪俣鴇芳の方にやって来て、西宗頼ごと一撃で払い除けた。そして、竹串を投げ続ける横山香姫の方に向ったのである。香姫は、足がぶるぶる震えて、今にも地面に座り込みそうだが、目を見開き、腰に差していた刀を抜いて、赤鬼を睨みつけている。完全に鬼にやられる、そう覚悟し絶対絶命な状況ではあるが、やれることは、全てやろうという、強い意志が感じられた。赤鬼が、香姫と対峙している形になったので、後ろを見ることになった青鬼。その少し、穏やかな目は、香姫を守ってやりたいという感じがする。その青鬼の目が何かに驚くように見開いた。次郎が、騎馬で全速力でコチラにやって来るのであった。近くまで来たところで、槍を手に宙に舞い、鬼を一刺しにしようとした、次の瞬間、鬼の手で、また、宙に跳ね返された。そこへ、香姫が、天火雲剣(あまのひくものつるぎ)を次郎に投げ渡す。次郎は、またまたカッコつけるように右手を天に突き上げて

「出でよ!天火雲剣(あまのひくものつるぎ)!」

と仁王立ちになる。天火雲剣(あまのひくものつるぎ)は、炎の尾を引いて、次郎の手に収まった。次郎は、宙に浮いた状態から剣を振り下ろした。剣からは、炎が帯の様に吹き出て、鬼、両面宿儺(りょうめんすくな)を頭から、一刀両断したのだ。

 両断したというより、青鬼と、赤鬼の二匹になった、と言う方が正しかった。二匹は、お互いに分かれた姿を眺め、見つめ合い、抱き合った。


 十年位前のこと。

 都から、大和平野を抜けて、飛騨の手前辺りの高沢山に、白い大きな竜が住み着き、

「我名は、白竜大王、この地の支配者じゃ!」

などと声を轟かせ、山里の村の者達に、自分の神社を造らせたり、貢物をさせたり、気に入らない者達の家々を襲い、食い殺したりと悪行を尽くしていた。そこで、都の帝は、岡崎あたりにいた五鬼一族に、白竜の退治を命じたのだった。そこで、血気盛んな赤鬼が、

「ワシが、チョイと行って、退治してやるわい!」

と申し出た。五鬼一族の長老は、

「お前さんは、力は強いが、知恵がない。相手が、色々な策を施す奴では、ひとたまりもナイわ。ここは、知恵者の妻の青鬼も、行ってくれんかの?ここに、一族に伝わる秘鬼のダンゴという物がある。どうにもならぬと思った時に、二人で食べてみよ。ワシは、以前の長老からは最強の鬼になる、としか聞いとらんで、どの様な物か知らんが・・・・・・」

頷く青鬼に、大きな葉に包まれた二つのダンゴを手渡した。

 それから、一族の皆に見送られて岡崎を出た赤鬼と青鬼は、遠目に高沢山が眺められる所に着き、驚いた。巨大な白い竜とは、想像を超える大きさだったのだ。高沢山に巻き付くように、じっとしている。

 赤鬼は、その竜の姿を見て、

「えっ!あれを懲らしめるのか?」

などと口から漏らし、片手を小さく震えさせるものだから、青鬼が、

「こんな遠くから見て、怯えてんの?例のダンゴ、喰っとく?」

と、赤鬼が、震える片手を、もう一方の手で震えを押さえつけている姿に、微笑んでいる。

赤鬼は、

「バカ言え。武者震い、ってやつだヨ」


「よ~し、行くぞ」

と弓を採って、高沢山の方に速足で進み始めたのだった。青鬼は、その横に連れ添い並び、従う。かなり竜の近くに来たところで、青鬼が、槍を一本、竜の顔めがけて投げ付けた。槍は、竜に当たりはしたが、岩か鋼の鉾に当たったかのように、はじき返されたのだった。もう一本、青鬼が、竜を目がけて投げようとした時、竜が目を開けた。それは金色の大きな、鋭く睨み付けるような目だった。竜は、尾を青鬼に振り降ろしてきたのだ。寸前のところで鬼たちは、その尾をかわし、後ろに飛んで避けた。こちらを睨みつけている竜に、赤鬼が、弓を引き、矢を射るのだった。これも、竜に当たりはするが、矢は竜の体には刺さらず跳ね返り、はじき飛ばされてしまう。

赤鬼は、何度も何度も、矢を射る。そこへ、今度は、大きな口を拡げ、竜の顔の方が、噛みつくように飛んで来た。寸前で、赤鬼は竜の攻撃をかわしたが、竜の鋭い歯は、通り過ぎただけで、青鬼の脇腹を切り裂いた。脇腹から出血し、苦しむ青鬼。赤鬼は、心配そうに青鬼に近づき、青鬼を守るように両手に剣を携え、仁王立ちに竜に向って構える。竜は、さらに、鋭い牙をいて、赤鬼たちの方に飛んで来た。赤鬼は、剣を当て、竜をかわそうとするが、剣も、赤鬼も吹き飛ばされてしまう。そして、通りざまに、尾の方で、青鬼も払い飛ばされてしまったのだ。青鬼は、脇腹からだけでなく口からも血を流し、かなりの重症の様だ。苦しそうな青鬼に、こちらも重症と思われる赤鬼が、這って近づき、心配そうな顔をして青鬼を抱きかかえる。青鬼が、かすれた声で途切れ途切れに囁く。

「最初から、このダンゴ、食べとけば良かったね・・・・・・」

 青鬼は、二つのダンゴのうち、ひとつを摘まんで口にした。そして、もう一つのダンゴを赤鬼の口に運んだ。二人は、傷つきながらも微笑み、ダンゴを口にするお互いを見つめ合った。赤鬼も、青鬼も、毒を喰らったかのように、目を見開き、震える身体に変化が起こっている。二隊の鬼の体が少しづつ巨大化していった、その時、赤鬼、青鬼の身体がくっ付いてしまったのだ。手は四本、足は四本、赤鬼と青鬼の二つの顔を持つ、巨大な鬼が出現したのだ。その上、手にしている剣などの武器も巨大化している。

 両面宿儺(りょうめんすくな)が、出現した。鬼は、竜に飛び掛かり、手にしていた、剣や槍で竜を切り刻んだのである。切り刻まれた竜の身体は、煙と化して天に昇って行ったのだ。両面宿儺(りょうめんすくな)は、その立ち昇る煙を眺め呟くのであった。

 青鬼の方が、

「さ~て、これから、どうする?」

「この身体じゃ、帰れんわな。取り合えず、帝には、高沢山の竜は退治した旨の書を送ろう。あとは、どこぞで、元に戻るまで暮らすかの?」

「こうなると、アンタの顔を見なくてイイので、幸せだ。けれど、アンタ、私の顔を見れなくて寂しいだろう?」

「バカ言ってんじゃね~よ!俺だって、セイセイするわ」

しかし、二人とも、寂しそう。

「子供や、みんな、どうしてるかね~」

「そっちにも、俺らは無事だが、暫く帰れない、と文を送っておこう・・・・・・」

 そして、両面宿儺(りょうめんすくな)は、先ずは高沢山の麓に住むことにしたのであった。


次郎が、天火雲剣(あまのひくものつるぎ)で、鬼、両面宿儺(りょうめんすくな)を頭から、一刀両断した。そして青鬼と、赤鬼の二匹になったのだった。

 青鬼が、

「元に戻れた。やっと元に戻れたな。家に帰ろうか?」

と言う。赤鬼は、

「ああ、家に帰ろう。家族の元に。やっと帰れるんだな」

と応えた。二人?二体の鬼は、東の方向にゆっくり歩き去って行く。その後ろ姿を、秩父のジイと次郎たちは、ぽか~ん、と見送ったのだった。


 多度の社に着いた一行は、連れていた一等の白い馬を献上した。宮司は、

「やはり、坂東の、武蔵の馬は立派ですなぁ。都への行きも帰りも、この社を宿とされよ。神様も喜んでおられます」

と皆を部屋に案内した。そこで、秩父のジイは、

「この社の清水を少し頂けますかな?この多度の清水と、伊勢の清水を合わせたものを持ち帰りたいのです」

「お~、どうぞ、どうぞ。社殿の脇の岩より染み出ております。竹管を通して、岩の器に貯められるようにしてございます。しかし、その清水を求められることが有るとは。実は、私が若い時に、その時の宮司より拝見させて頂きました古文書に記載されておりました。この世で、最強で最古の聖水だと。この世に降臨された神が、創り出された聖水。どのような物でも思い通りの形、物にしてしまうと言われる聖水だそうです」

何に使うのか?と宮司は聞かなかった。


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