第5話 妖怪鬼 ガゴゼ

 都に続く山の道(東山道)は、海の道(東海道)と違い、崖、谷などけわしい場所が多い。しかしながら、馬などが通り易い森、林、牧場を抜けることが出来る。秩父のジイたち一行は、信濃、木曽(現在の長野県)を越え、美濃(現在の岐阜県)の高原に入った。

 春から夏にかけて、山の道は、野の花にでられて、桜は、思う存分に枝を張り、咲き誇り乱れる。大きく懐を開き満開となり、生に芽吹めぶき、生に舞い上がり、花の嵐となる。桜吹雪は、壮大そうだいな人生の幕引まくひきにも見える。武士の切腹のごとく、名残り・怨念おんねんを隠し、みごと、その生に終わりを告げる。

 桜に続き、つつじが、紫、ピンク、白と花を付けて、咲きほこる。シモツケ、小手毬、エゴノキ、ウツギが白き花を付けて、ベニバナトキワマンサク、乙女椿が赤き花を抱き、山吹、ビョウヤナギが、黄色をいろどる。

 そして、虫どもが、ブンブンとワガモノ顔で、人を威嚇する。

 山の道には、和田次郎が、最も苦手な虫たちが多く生息している。

 今、一同は、都に献上けんじょうする馬達に草を食わし、自分の馬は木につなぎ、そのそばで休憩中だ。香姫は、野の花を愛で、少し摘んでは、つないで花のかんむりを作っている。そのそばで虫におびえ、騒いで走り回っている和田次郎が、香姫には、鬱陶うっとうしくてしかたがない。

「うわ~!クモだ~、何で飛んでくるの~!」

「うえ~、テントウムシ!ハチ?ブヨ?」

「蚊か?ハエか~?」

と、やたらさわがしく、近寄ってくる虫たちから逃げ回っているのである。

「カオリ~!助けて~、そんな所で何してる~?」

 野の花を摘んでいた香姫が、

「ウ・ル・サイ!お花を摘んでるの!」

と、怒るように声をあげた。そして、近くを歩いていた蟻の隊列を、片手で気を使って、次郎の方に向かわせた。

 次郎は、虫が、自分の顔の周りに群がるのをさわぎながら逃げ回っている。

「蚊か?ハエか~?」

「アリ⁉蟻?」

 次郎は、ハッと気が付き、香姫の方を睨む。

「てめえ~、カオリ!俺の方に虫を飛ばしてんじゃねえ!」

と、叫び、続けて、

「そこ、さっき、俺が小便したとこじゃねえか?」

と、和田次郎は、虫から逃げ回りながら香姫に向って、叫ぶ。

⁉……

「うるさい!」

と、香姫が、次郎を目がけて近くの石を投げつける。次郎は、飛んでくる石を軽く横に、かわす。次郎は、得意顔。しかし、香姫は、次郎にかわされた石を操り、Uターンさせて次郎の後ろ頭に当てた。石を後ろから当てられた次郎は、

「痛~!卑怯だぞ!カオリ……」

と、後頭部を両手で押さえてうずくまる。


 そこへ、獣皮の衣姿で髭モジャラの大男が現れた。その男の肩には、若い娘が気を失った状態で担がれている。男は、何かに片足を噛まれたのか?足を引きっていた。

 その大男は、秩父のジイに、声をかけてきたのだ。

「馬飼殿、1頭、馬を頂けませんかね?足を直してもらう為、飛騨ひだの鬼神様の所に行かなければならんのじゃが、犬に噛まれた足が痛うて、鬼神スクナ様のところまで歩いては行けそうもないワイ」

 秩父のジイは、ゆっくりと手を横に振りながら、

「いや、これは、都への献上品じゃ、お渡しは致しかねる」

と、やんわりと断った。大男は、静かにうなずき、たずねる。

「ほ~、都にですか?私は、以前に、奈良の都、元興寺(がんごうじ)に居ったことがありました。今は、都から遠州府中(静岡県磐田市)に移ったのじゃが、暴れ犬に噛みつかれて、この通りじゃ」

などと呟きながら、右足のひざの辺りをぜるのだった。それを同情気味に見つめていた秩父のジイは、ふと、男が肩に抱えていた女を指さし、

「ところで、その女人は?」

と、心配そうに尋ねた。

 男は、

「まあ、色々あっての……」

と、ハッキリしない。口ごもる。

 秩父のジイは、同情気に、

「馬は、1頭、差し上げたいが、途中で多度の神社に行く用が出来もうしての。その神社に、馬を献上する習わしがあるので、1頭献上する為に、馬を減らすわけにはいかんのじゃ」

と、男を気にしながら呟いた。

 大男が、

「しかたないのう……」

と、一瞬、険しい顔に変り、立ち上がろうとした、その時!

「助けて下さい!」

と、大男に担がれていた女人が、男の肩から飛び降りて、秩父のジイの背に隠れ、しがみ付いたのだった。

「この男は、ガゴゼという鬼です。私は、この鬼に村から攫われて来ました。いずれは食べられてしまいます!」

と、身体を震わせて秩父のジイにしがみつき、その後ろで小さくなっている。それを睨みつける大男。

「え~い、だまらんか!あの犬に噛まれておらねば、お前を、サッサと食っちまってたわ……、この足の傷を治してもらうために、飛騨のスクナにお前を土産に持って行かなくてはならないから、生かせておいたのだ!この場で、このジジイの連れの子供ごと食ってやろうか⁉」

 そう喚きながら、大男の顔が、鬼の形相に変った。肌の色は、薄い茶色。目は大きくむき出していて、吊り上がり、瞳に白色は無い。全体的に金色だ。口は、大きく両方の端が耳のあたりまで吊り上がり裂けた様で、イノシシ、ヒヒのような牙が左右両上に突き出ている。

 秩父のジイは、その変化へんげぶりに、ひるむことなく、背にいる女に、

「そなた、あちらの少年たちの所に行って、そこで控ておれ」

そう言って、女人をかばう様にし、女人に自分から離れ、次郎たちの方へ行く様、せかした。それから、秩父のジイは、鬼と対峙たいじした。

「そちが、遠州府中(静岡県磐田市)で田畑を荒らし、気に入った家の娘を、生け贄として、さらって行くと云う怪物か⁉それも、もとは、都で娘たちをあやめ、騒ぎを起こしていた人食い妖怪、ガゴゼとかだな⁉、都で、*1酒呑童子(しゅてんどうじ)も*2玉藻前(たまものまえ)の九尾の狐も、退治されたと聞いていたが、オヌシは、まだ生きておったのか⁉」

と、槍を身構え、ガゼゴと対峙たいじし、間合いを取った。

 妖怪鬼ガゴゼは、大きな声で笑いながらしゃべる。

「玉藻前(たまものまえ)の九尾の狐は、都か何処かで退治されたとかどうとか分からんが、酒呑童子(しゅてんどうじ)は、健在じゃ!誰が、毒入りの酒を飲まされて死ぬか⁉*3鵺(ぬえ)だって生きておるワイ!歌人で武士の、適当に射た矢に当たって屋根から落ちて、そこを刀で刺された?そんな事でぬえが死ぬか⁉」

 秩父のジイは、かなり驚いたようで、表情が厳しくなっている。

「なに?あの大化け物のぬえが、まだ生きておるのか⁉」

と、吐く。

「ああ、鬼や妖怪たちは、都から東にカナリの物が移動しておる。都には、厄介な陰陽師(おんみょうじ)が現れたからな。何時いつの日か、みんな一斉いっせいに都に攻め込むんだ。俺は、スクナに会って、この足の傷を治してもらうのが先じゃが」


*1酒呑童子(しゅてんどうじ)

平安時代、京に住む若者や姫が次々と神隠しに遭う怪奇現象が起こった。平安の世に、都で大暴れしたと伝えられる鬼。六メートルもある巨体に、角は五本あり、さらに目が十五個もあるという、恐ろしい見た目をしており「史上最強の鬼」と云われる。

*2玉藻前(たまものまえ)

平安時代、鳥羽上皇に寵愛されていた女性・玉藻前。美貌と博識から愛されていましたが、その正体は九尾の狐でした。

玉藻前は白面金毛の九尾の狐の姿となって姿を消します。九尾の狐は、近づく人間や動物等の命を奪い、人々を恐れさせました。

*3鵺(ぬえ)

頭が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、の気味悪い声で鳴くという妖怪。

「平家物語」をはじめさまざまな説話集などにも見られる有名な逸話です。


 ガゴゼは、その後、淡々と話し始めた。

「スクナは、三河、岡崎あたりにいた五鬼一族の内の二人が合体した鬼だとワシは思っておる。飛騨国で、ワシと、ぬえや酒呑童子、毒龍、九尾の狐が暴れているところに、ワシらより先に飛騨国にいたスクナ、*4両面宿儺(りょうめんすくな)は、自分が、人々から略奪を繰り替えしては、暴れ放題で楽しんでいたくせに、いきなり、天皇の命が出たと言って、ワシらを討ちに来た。奴は、それは、強い、強い。ワシらは、散々な目に会わされた。そこで、ワシは、生け贄としてその時、捕まえていた村の娘をスクナに、やると言って、奴にやられた傷を治してもらって命を救われたんじゃ。それからワシは遠江に、九尾の狐の玉藻前たまものまえは、坂東の下野に逃げた。玉藻前は、そこで退治されたとかどうとか・・・・・・」

と言い終わるや、鋭い爪を持った手を秩父のジイに上から振り下ろしてきた。ジイは、その腕を、スッと横に飛びのきかわし、ガゴゼと間合まあいを取る。

ぬえや酒呑童子などが都に攻め込んだ、その時は、俺様も元興寺(がんごうじ)に戻るわい!暴れ放題、大暴れして都人みやこびとを怖がらせてやるワ!」

 ガゴゼが次々と振り下ろしてくる腕を、間合いを計り、上手くかわす秩父のジイ。ジリジリと、後ろに下がりながら槍を鬼の身体を目がけて突く。鬼は、その槍を、うまくかわしながら両の手を代わるがわる秩父のジイに振り下ろしてくるのだった。

 猪俣鴇芳(いのまたときよし)が、妖怪鬼ガゴゼを目がけて放った矢が、ガゴゼの片腕を貫いた。直ぐに次郎は、

「カオリ、俺をアイツの頭に向って飛ばしてくれ!」

と叫ぶ。香姫(かおりひめ)は、次郎の後ろに回り、その背に気を送る。次郎は、ものすごく早いスピードでガゴゼに向って飛んで行った!まさに次郎がガゴゼの首を切りつける、その瞬間に、ガゴゼに刀をけられた。そこで香姫が、次郎をUターンさせたのだった。次郎の一振りが、ガゴゼの片腕を切ったと思われたが、ガゴゼの鉄の様な、太い腕は何でもないようだ。刀の方が、が零れ落ち、折れそうになっている。ガゴゼは、自分の周りを飛び回り、刀を振りまわす次郎を、ハエでも払うかのように腕を振り回している。そのマグレのような一撃を、次郎は喰らってしまった。

かなりの距離、次郎は横に吹っ飛ばされて、小山のように、そこにあった大きな岩に当たってしまったのだ。


*4両面宿儺(りょうめんすくな)

前と後ろに二つ顔があり、胴体に四つの手足があった。四つの手にはそれぞれ鉾・錫杖・斧・八角檜杖を持ち、そのうえ、二張りの弓矢を用いた。

 両面宿儺は、地域によっては、救国の英雄だとされている。飛騨より高沢山に移って後、お告により観音様の分身となったとも云われる。


てエ~」

 次郎は、岩で打った頭を撫ぜながら、

「カオリ~!あの剣、天火雲剣(あまのひくものつるぎ)をくれ!」

と叫び、続いて、

「出でよ!天火雲剣(あまのひくものつるぎ)」

と、カッコつけたポーズで炎の剣を受け取った。

「ちぃ!」

と香姫は、次郎のカッコつけた姿に舌打ちをした。

猪俣鴇芳は、さらに鬼に一矢を放った。それは、見事に鬼の、片方の目に当たったかにみえたのだが、鬼に寸前で素早く掴み取られ、その矢は猪俣鴇芳の方に投げ返された。矢は、矢を射た猪俣鴇芳の腕に刺ささった。秩父のジイが、急いで猪俣鴇芳のところに行き、矢じりの処理をし、腕から抜き取り、傷口に手拭いを巻き付ける。

 二人に留めを指そうとするガゴゼのところに、炎の剣を持った次郎が、飛んできて鬼の胸を突き刺した。ガゴゼは、かなり苦しみながら、次郎を操っていた香姫の姿を目にした。ガゴゼは、顔を青くして震えあがった。香姫の背後に女神が居ることに気が付き、その姿に驚き恐怖したのだ。

「待った、待った、マイッタ!女は置いていく。ワシを逃がしてくれ!スクナのところで手当てさせてくれ~」

と、叫びながら、北の彼方に逃げて行ったのである。ガゴゼは、逃げながら、次郎達の方を振り返り、

「なんで、あの娘の後ろにいるんだ⁉*5素戔嗚尊(すさのおのみこと)の姉ちゃんが……」

と、呟いたのだった。

 まさに、飛んで逃げるガゴゼ。


 ガゴゼは、都の元興寺に居座いすわり、人々に乱暴の限りを尽くす、その少し前、都近くで、近隣の人々を困らせ、暴れていた。そんな時に、地上に降りた神であった素戔嗚尊(すさのおのみこと)に懲らしめられ、散々な目に会わされたことがあったのだ。が、そのスサノオウを、こっぴどなぐりながらしかりつける、スサノオウの姉であるアマテラスを見たことがあるのだ。それは世にも恐ろしい光景であった。

(あれが、神のお仕置きと言うやつか・・・・・・・)

と、ガゴゼは、身震いしたものだ。思い出しただけでも、犬に深くまで食いつかれ、傷ついた脚が痛み、そこを手で摩るのだった。

「早く、両面宿儺(りょうめんすくな)に、このケガを直してもらわねば!しかし、土産の女を置いて来ちまった。何か、他を考えなければ・・・・・・、あ、そうか?アマテラスがここにいることを教えてやればイイか。ワシでは、連れて来れなんだと」

ガゴゼは、これは、良い言い訳だとほくそ笑むのだった。


*5素戔嗚尊(すさのおのみこと)

天照大御神(あまてらすおおみのかみ)の弟神。水田を壊し、春の種まきや秋の収穫を妨げ、また大御神の神聖な御殿を汚し、さらに乱暴の限りを尽した。そのため、大御神は、弟の所業に怒り、天岩戸の中にこもられた。すると、世界は光を失い、様々な災いがおこったと云われいまる。


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