第4話 鬼女 呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)

 甲斐の国から信濃の国に入ったあたり、難所と言われる峠を、馬達を一列にして乗り越えて出た森のあたり。小さなお社がある。ここ数年、秩父のジイや次郎達は、このお社で休憩をしてから、飛騨の国を目指すことにしている。このお社は、もとは、地場の森の神をお祭りしていたらしいのだが、ここ数年は、次郎や香姫が立ち寄り始めた頃から、飛騨の国から来られた女神様がいらっしゃるらしいのだ。香姫には見えるらしい。とても綺麗な女神様だという。それに、香姫に対して、上から目線ではなく、静かにかしずく侍女の様な態度で接して下さっているらしかった。次郎たちには、目に見えないし、感ずることも出来ないのだが、香姫が、

「こちらの女神様は、アマノウズメ様と言われる方らしいの。飛騨の方から色んな魔物がうろついて東に出て来てくるので、ここで、そのような魔物から、この当たりの東に住んでいる皆を守って下さっているらしいの」

 香姫は、ここで女神様の話を熱心に聞いているようだ。

「あら、いやだ~、怖い~」

と、香姫が、弱々しい女の子の声色を出すので、次郎達は、一斉に

「は?」

と、香姫のほうを見た。

香姫は、

「呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)、という鬼女が、美しい女の姿で、男達にお酒を飲ませ、舞を見せて、突然、食いかかって来るらしいの……」

と、女神さまの話を伝えてくれた。が、次郎達にすれば、

「別に、俺ら、酒は飲まないし、それに、お前は、女じゃねえか?食われんのは、秩父のジイ様くらいだろうが」

そこで、社近くの石の上に座り込んで酒を一口、水を一口と代わる代わるに飲んでいた秩父のジイが、

「なんか?言うたか?」

と、呟くように次郎に問いかけた。それから、秩父のジイは次郎達を見廻して、腰を上げ、お社に手を合わせた。

「さあ~、そろそろ出発するかの。これからの安全を、神様に、よう~、拝んでおかんとの」

などと、独り言を呟くようにして、自分の馬の方に向かって行った。

 次郎は、

「そうだ、そうだ。ジイ様、魔物に喰われませんように、と、よう拝んでおけ」

と、秩父のジイに言い放つ。

 一同は、馬を二列にして、山の細い道を通り、木曽、飛騨、美濃を目指す。少し進んで林を抜けたひらけたところで、反対側から、綺麗で、あでやかな姿の女の旅人達が、二列に並んで六人でコチラにやって来る。旅の踊り芸一座のように思えた。少し、俯き加減ではあるが、上目遣いで次郎達を視野に捉えている。通りすがりに、先頭の女が、こちらの先頭の秩父のジイに、声をかけた。

「馬飼様、随分りっぱなお馬ですわね?3~4頭頂けませんかね?お代もお支払いしますし、私どもの舞とお酒など、ふるまいまするに?」

 秩父のジイは騎乗のまま、ゆっくりと首を横に振りながら、

「いや、これは、都への献上品じゃ。お渡しは出来かねる」

と、即座に断った。女は、納得したように静かに頷き、尋ねる。

「ほ~、都にですか?私たちは、都から武蔵国に派遣された源基経(みなもとのきつね)様、武蔵国の権守になる方の後を追っておりまする。どこぞでお会いになられませんでしたか?」

 秩父のジイは、先の城塞の街、川越直介が石の地蔵にされた街の事を思い出した。

「この先の、甲斐の国の、石の城塞の街でお会いし申した」

 その言葉に最初、女は、

「そうであるか、急げば間に合うの~」

などしとやかに呟いてから、

「馬を六頭、こちらに渡せ!」

と、女の話し方は急に強い語気で命令調になった。秩父のジイは、軽く手を振り断る。

「は、は、何をたわむれを」

 それを聞いて女は、更に語気を強め

たわむれなどではない!サッサと渡せ!」

と、秩父のジイを、右手に持っていた金属の杖で射し殺そうと飛びかかって来たのだ。間一髪で秩父のジイは、自身の槍でこれを防いだ。

「何をされるか!」

もう女は、綺麗で華麗な女人ではない。人食いの鬼女と化していた。女たちは、全員、戦闘態勢に入っている。次郎たちは、馬を道の脇に集め、馬を降り、秩父のジイの周りに集まった。

秩父のジイは、

「そなた、飛騨にいんぺいされていた呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)か?」

そう、叫びながら対峙した鬼女の首領と思える者の喉元に槍を一突きした。しかし、鬼女は、激しい形相で、手にしていた金属の杖で、その槍を上に払い飛ばしたのだ。槍を宙に飛ばされた秩父のジイは、武器が無い。そこへ、鬼女は、

「いかにも、ワラワが呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)じゃ!」

と言って、金属の杖で秩父のジイを刺し殺そうと、一突きしてきた。次郎が寸前のところで、刀を当てて杖の矛先を変える。鬼女の金属の杖は、秩父のジイの頬をかすり、そこに一線の浅い切り傷が入る。秩父のジイは、傷から少し出血はしているが、大したことは無さそうだ。秩父のジイの頬の傷、その血を見て鬼紅葉は、薄ら笑いを浮かべた。次郎が、すかさず鬼紅葉を、一刀両断にするかのごとく刀を振り下したが、鬼紅葉の杖に、こちらも宙に吹き飛ばされた。鬼紅葉は、薄ら笑いを浮かべながら、熱気を帯びながらも淡々と語る。

「ふん、おぬしなんぞにやられるか!わらわは、母と魔王との契約により生まれた娘子。母と京に出て、琴を奏で、舞を踊り、母の目論見もくろみ通り、都で評判の娘となった。源基経(みなもとのきつね)殿に見初められ、囲われた。わらわは、その正妻の座を狙って、正妻を呪い、食い殺そうとしたところを、帝に雇われておる陰陽師に捕まり、飛騨の戸隠山に幽閉されたのじゃ。各地から魔物を呼び寄せ、優美な旅芸人の姿で、東の村々を廻っておったら、なんと、あの、源様が、東征され、都から武蔵国に行かれるとか。それを聞いて、わらわは、源様を追っておるのじゃ」

 次郎は、

「俺らは、武蔵国から京に向っているんだ!お前なんか、武蔵国に行かせるか!」

と、叫んで、弓を射た。その間に、宙に飛ばされた刀を掴み直して、鬼紅葉に向かって行った。

「え~い!シツコイ、ガキじゃ」

と、鬼紅葉が金属の杖で次郎を刺し殺そうとした、その瞬間、香姫が、気の力を使い、次郎を上空に上げ、杖を避けさせた。そして、香姫は、両の手を次郎に向って思いっきり下げる。次郎は、急降下して鬼紅葉めがけて突っ込んでゆく。そして、鬼紅葉に刀を振るった。寸前のところで、鬼紅葉は、次郎の攻撃をかわし、次郎を杖で横にはたいた。横に飛ばされ、岩にぶつけられた次郎。痛みを堪えているが、息が上がっている。

「くそ~!鬼女め。ナカナカやりやがる」

と、鬼紅葉を睨み付ける。次郎が、起き上がれないと見て、鬼紅葉は、

「シツコイ、ガキじゃ。オノレを喰らってから、後は、馬ごと、皆喰ってやるワ。そして、ワラワは、源様を追って、武蔵の国に入ろうゾ。ワラワの姿を見た者は、綺麗に消さなくてはのう。小僧、とどめジャ!」

と、言って、次郎に走り寄り、杖を突き刺そうとした。その瞬間、香姫の身体から?炎にまみれた剣が、出で現れ、次郎に方へ、炎の帯をきながら向かって行った。将門まさかどから貰った、天火雲剣あまのひくものつるぎだ。

次郎は、

「出でよ!天火雲剣あまのひくものつるぎ

などと、少し調子に乗ってというか、カッコつけて、その剣を掴み、鬼紅葉を一刺しにした。

「おのれ、小癪な⁉こんなもの、どこぞに隠して居った。ワラワの生き方を邪魔するでない。ワラワは、幼き頃から習っておった、舞と、歌詠みと、琴を奏でることで、宮殿で雅な暮らしをするはずなのじゃ。邪魔をするナ!」

と、自分に突き刺さった次郎の炎の剣を掴み、次郎を睨みつけ、剣を抜き取ろうとする。

「なにが、舞や、琴を学んだだ!雅に暮すだ?お前の一生懸命やってきたことは、男に媚びて、囲われる為のものだろうが?舞や、琴を学んだ時、雅な心根や、人に対する優しい思いやりを学んでないのか⁉人を襲って食ってりゃ、タダの化け物ジャないか⁉」

「何を小癪な」

「お前!人や自分を苦しめてまで大事にしているもの、雅ってのは何だ!自分が素晴らしい人とか、思われたいのか?源様だとか、人の身分で自分は身分の高い者などと演じるな!」

次郎は、そう叫び、一度、抜かれた剣を押し戻し、上に突き上げ、鬼紅葉を切ろうと試みた。しかしながら、鬼紅葉の怪力で、剣は、彼女の身体から抜かれた。

「覚悟せい!このガキ!」

 鬼紅葉は、金属の杖を次郎の頭めがけて振り下ろした、その瞬間、竹串が、鬼紅葉めがけて飛んで来たのだ。鬼紅葉は、竹串の飛んで来た方角に目をやり、香姫の守護霊のような者が、少女の背後に控える姿を見て、驚き慄いた。その次の瞬間、何処からともなく、アマノウズメが、身体ごと、鬼紅葉を貫き去ったのだ。苦しむ鬼紅葉。

「引き揚げよ!」

と、鬼紅葉は、他の鬼女たちに命じ、飛ぶがごとく姿を消したのだった。次郎達、皆は、目の前で起こったことが速すぎて、夢なのか、幻だったのか?ポカ~ンとするばかり。今、そこには香姫の守護霊と言われるアマテラスの姿も、一瞬、現れ消えた女神、アマノウズメの姿も見当たらない。

 香姫が、ポツンと呟く。

「鬼紅葉たちは、飛騨の戸隠山に逃げ帰ったようだヨ。だから、暫くは、旅の途中に私たちを、襲って来ないって。ただ、都から武蔵の国に帰る道には気を付けなさい、って」

そこで、次郎は、

「カオリ、お前、誰としゃべってんの?」

「うん?女の人。女神様かな?鬼紅葉は、飛騨に逃げ帰ったけれど、両面スクナという顔が前と後ろに二つあって、手も足も4本ある大男がまだ見つかってないんだって。気を付けなさい!って言われた」

次郎は、手も足も4本ある大男、そう言われるその姿を考えながら、

「なんだ?そりゃ⁉」

と、カニの姿以外に、容貌、姿がさっぱり思いつかない様子。

 秩父のジイが、

「さあ、出発じゃ!途中、多度たど大社にもよって、馬を一頭、献上して、聖水を頂かないとの」

と、言って一同の出発を促した。一行は、多度を目指し、更に西に向かうのだった。


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