第2話 平将門と武蔵野

 平将門(たいらのまさかど)は、先ず、横山(よこやま)一党の香姫(かおりひめ)に興味を持った。

「オヌシの後ろに、如来様にょらいさまのような、女神様のような御方が浮かび上がるな。そのお方は、お前の守護神しゅごしんというか、憑依ひょういされているのか?」

と、将門は聞いてみたが、香姫は、分からない、というように、おずおずと首を横に振った。

続けて、将門は、

「オヌシ、すべての物を自分の思い通りに動かせるのか?」

とも聞いた。

 香姫は、上目遣いに将門を見つめ、軽く頷いた。将門は更に問いかける。

「竹串を相手の方に投げつけ、狙う相手に向って、風に運ばせているのか?」

 香姫は、またも、上目遣いに将門を見つめ軽く頷いた。その時、次郎の話声が香姫の耳に届いた。

「おい、おい、みんな。カオリを見てみろヨ。か弱い女の子みたいなブリッコしてネ?笑っちまうよナ」

それにムカついた香姫は、近くを飛んでいた蜂の群れを、次郎の方に向かわせた。蜂に追いかけられる羽目になった次郎。それで次郎は、パニック状態で蜂の群れから走しって逃げ回るのであった。

 次郎の方を睨みながら、

「ば~か」

つぶやく香姫を、将門は、感心したように頷き、眺めるのだった。そして、将門は、香姫から、4本の竹串を借り、両の手に2本づつ挟んで、

「竹串は、片手に2本づつ持って、腕を釣り竿のようにしならせて、相手に向って右左、順々に投げつけてみろ。そうして、その4本の串を操れ」

と、香姫に微笑んで助言した。それから、将門は、他の少年たちの方へ振り返る。

「次に、ワシに弓を射た奴は誰じゃったか?」

 将門は、居並ぶ少年たちの顔を、うかがった。

 そこで和田次郎が、手を挙げた。

「最初に、お前様に弓を引いたのは、ワシじゃ!でも、猪俣いのまた鴇芳ときよしの方が弓は上手だ。俺らの中では一番じゃ」

と、ケンカ腰のように答え、仲間の一人の少年をゆびさした。将門は、その少年を観て語る。

「それでは、猪俣の⁉弓の使い方を教えよう!ワシの横に来て、あの坂の途中の木を狙って、弓を射てみよ」

 猪俣鴇芳は、平将門の横に立ち、手作りの弓に、矢を添え、矢じりを親指と人差し指で摘まんで引いて、一矢を射た。矢は、坂の途中の木に、コンと音を立てて当たった。それを眺めていた将門は、

「もう、一度、やってみよ!」

と言って、猪俣鴇芳の弓を射る姿を丹念に眺め、鴇芳が弓の弦を引いたところで、将門は、その動作を止めた。

「先ずは、弓矢の持ち方。親指と人差し指で矢を摘まむのではなく、人差し指と中指で、糸の方を掴み、目元迄引くようにする。矢尻は、糸に当て、指で挟むような感じだ」

 鴇芳は、将門に言われた通りに弓を引き、矢を射た。今度は、矢が、坂の途中の的の木に突き刺さったのだ。

「よ~し、そして遠くの敵に、矢を雨の様に降らす場合は、多くの人数で一斉に矢を射るが、矢の射方は、弓の両端を両の足で支える。そして、弓を足で押すようにして引く。それで、矢を放てば、かなり遠くまで飛んで行くぞ。皆でやれば、遠くの敵に矢の雨を降らせることが出来る」

 鴇芳と次郎二人が、ためしてみる。二人の矢は、丘の下の川の向こうの森まで届いた。


「よ~し!後の者は、刀と槍の鍛錬じゃ!誰ぞ、槍のような、長い木の棒を持っておらんか?」

と、将門が皆に訪ねる。和田次郎が、将門を突き刺すように木の枝を荒く削った、こん棒を差し出す。慌てて避ける将門、そのこん棒の先をグイッと握り、次郎からねじり獲った。

 将門は、こん棒を、肩、背中を利用して縦に横にグルグルと廻し始める。まるで、こん棒が舞を踊っているかの様だ。こん棒の回転は徐々に速くなり、少年たちの目が追いつかない速度まで回転させる。そして、最後に、将門は、こん棒をグイっと次郎を突き刺すように次郎の顔の寸前で止めてみせた。

「ほら、返すよ。馬上では両手を使って槍は回せ!決して馬に当たらぬように!」

 それから将門は、腰に差していた自らの剣を抜き、縦斬り、横斬り、突きの型を舞う様に少年たちに見せた。

「これが、剣の型だ。この型で、木の枝が折れるくらい、当たった一瞬に力を込めて叩く練習をしろ!」

と言ってから、将門は、少し離れた所の木に繫いでおいた馬に跨り、牧の東へ向かって、駆け去って行ったのだった。


それから少年たちは、毎日のように、牧で馬の世話をしながら、武闘の鍛錬を始めた。

秩父のジイの孫、和田次郎。次郎に寄り添う、男勝りでブリッコな横山香姫(よこやま かおりひめ)。沈着冷静な面構えの猪俣鴇芳(いのまた ときよし)。香姫が大好き、臆病者の川越直介(かわごえ なおすけ)。そして、次郎たちの幼馴染、児玉本勝(こだま もとかつ)、村山潮代(むらやま ちょうだい)、西宗頼(にし むねより)。秩父氏から派生した、この武蔵野の牧の武士団のおさの子供達だ。


横山香姫を除いて、他の少年の皆は、二人一組となって木刀で掛り稽古の最中。

臆病者の川越直介は、相手の剣をうけながら、及び腰。ただ、香姫が、見ていると感じた時は、がぜん張り切る。香姫、命!で最強になる。

掛かり稽古が一段落して、皆が弓の稽古に入る。淡々と的の木に当て続ける猪俣鴇芳。将門に教わった、足で弓を引く方法で、どれだけ遠くまで矢を飛ばせるか、楽しんでいる和田次郎。鴇芳とともに次郎も足で弓を引く方法をマスターしていた。

香姫は、先ほどから、将門に教わった通りに、竹串を片手に2本づつ、代わるがわる投げて、4本全てを的の木に突き刺している。目標の遠くの木に投げつけ、両の手を目標に向って強く真っすぐ伸ばす。気の様なものを送っているのだろう。空気が、強い風となり、香姫の操るまま竹串は勢いよく飛んで行き、目標に突き刺さる。それを、不思議そうに興味深そうに感心しながら和田次郎は眺めている。

「な~、カオリ!竹串なんか投げてばかりいて、料理の練習してんのか?串の指し方より、味付け勉強した方がいいぞ!お前の作るメシは、馬のエサより不味いから」

「なに~!馬のエサ?じゃあ、食わしてやる~」

 香姫は、放牧して草を食べている馬の口から、その草を次郎の口の中に、気の様な物で操り、送り放り込んだ。

「わっ!何しやがんだ、カオリ!この野郎!」

と、怒りを露わにしたのだが、

「それより、俺をあの木に向って飛ばすことできるか~?」

等と、香姫を遊びのように誘った。

「う~ん、出来るかもネ。やったことないけど」

香姫は、しおらしく応えているが、目は、怒りに燃えていた。

(あの木に突き刺してやろうか)

「やって、やって!やってみて~、カオリちゃん」

「うん!分かった」

と、香姫は次郎の後ろに回りこんだ。怒りに燃えた眼差しを次郎の背に送る。次郎は、両腰に木刀を差し、長めのこん棒を握りしめ、目標とする遠くの矢の的にしていた木を睨みつけている。

「いくよ!」

と、香姫は次郎に合図を送る。

「オぉ!」

香姫が、次郎の背を押すように両手をまっすぐに気を送る。

すると目標に向って、次郎が飛んだ。次郎は、目標の木をじっと睨んで飛んで行く。かなりのスピードで次郎が真っすぐ飛んで行く。目標に頭が突き刺さるくらいに。次郎は、ぶつかる寸前で、こん棒を目標の木に突き刺し、こん棒をバネに木の上方に飛び、両の木刀を抜き、枝を打ち、太い枝に飛び乗った。そして、香姫に、

「あぶねーな、思いっきりぶつかるところだったじゃねーか⁉」

 香姫も、皆も次郎が飛んで行ったことにビックリ!

「すげーな、カオリ」

次郎が飛んで行ったのを見た皆は、香姫を絶賛している。香姫は、少し頬を赤らめて、手をヒラヒラ(イエ、イエ)という風に横に振る。その所為せいだろうか?次郎は、突然、木の枝の上で左右に揺れて、木から落ちてしまった。

ドスン!

それを、遠目に見た皆は、次郎の元に駆け寄った。

「大丈夫か?次郎」

「死んだか?息してるか?」

「確実に頭は打ったな。ま、これ以上、頭悪くは成んないか」

「ついに地獄行きだな」

「痛かったか?最後に何か言い残すことないか?」

そこで、次郎が薄っすらと目を開ける。それを眺め、皆は一安心。

「こんなに飛んで行くとは、すげーな」

「香姫と次郎は、最強のコンビだな?」

香姫は、頬を赤らめ俯き、次郎は頭を掻きながら香姫に言う。

「カオリ!明日から俺ら、コレ、練習しねえか!俺は、カオリの操り人形だ!」

夕陽の中、皆の笑い声が上がる。川越直介は、少し悔しそう。

「カオリヒメ!俺も飛ばしてみてくれ!」

と、川越直介が、香姫に願い出た。

「良いけど・・・・・・大丈夫かな?」

 香姫は、川越直介の後ろに回って、その背中を押すように気を送った。しかし、川越直介は、飛んでいかない。懸命に、苦しいほどに香姫が念ずるように、気を送る。

 川越直介は、心配そうに自分の後ろで気を送り続ける香姫を観て、問いかける。

「俺では、ダメなのかな?」

「いや、あの、その。人を操作したことないから分からないけど、次郎は簡単に飛んでった」

と、小首を傾げる香姫。そこで、児玉本勝、村山潮代、西宗頼と次々に自分を飛ばしてくれと、香姫に申し込んでくる。香姫は試みるが、誰も飛ばすことが出来なかった。そこで、猪俣鴇芳は、冷静に言う。

「飛んでって何かにぶつかって壊れる物は、飛ばせられないんじゃないか?次郎なら、何処の何に、ぶつかっても大丈夫だ。大したケガもしない」

 皆は、呑気に上を向いて空を眺めている次郎を見て、強く頷き納得した。


それから、香姫と次郎、二人は技に磨きをかける。次郎は、香姫に飛ばされ、アチコチ操られるも、楽しそう。しかし、向かう先に小さな虫でもいようものなら、大騒ぎ!

次郎は、虫が大の苦手。

たまに、香姫は虫を操り次郎を追い駆けさせる。逃げ惑う次郎。皆、大笑い。

毎日の様に、次郎と香姫の練習は続く。木刀や槍を持った次郎を香姫が縦横無尽に操っている。リモコン飛行機や、ドローンを操るがごとく。

弓の達人、猪俣鴇芳は、淡々と弓の練習を重ねる。猪俣鴇芳が放った矢を香姫が、操る練習もしている。矢を直角に曲げてみたり、Uターンさせてみたりと香姫が操っている。

七人の武芸の稽古は、この武蔵野の地で毎日の様に続いた。たまに、平将門が指南に来て、秩父のジイが優しく見守る。穏やかな武蔵野の牧の日々。


ある日、将門が武蔵野の皆に、武芸を指南していた時のこと。遠くから、馬の群れが将門や少年たちがいる方に全速力で突進してくるのが見えた。もくもくと、土煙が天に昇っている。

将門は、次郎に、

「ん?馬たちが暴走してコチラに向かって来ているぞ」

と言って注意して顎でその方向を指し示した。

「おわ!こっちに突進して来てる」

次郎も、相当な数の馬たちが、こちらに暴走してきているのを認めた。

「皆を、あの丘の林に逃がせ」

将門は、そう言って、自分の馬のほうへ走り、飛び乗り、暴走して来る馬の集団の先頭へと、猛スピードで駆けて行く。

「鴇芳(ときよし)~、皆を丘の上の木の上に避難させてくれ!」

次郎は、鴇芳に大声で指示し、自身は、馬に飛び乗り、将門を追った。将門が、暴走する馬達の先頭の馬に追いつき、宥めようとしている時、次郎が騎乗でやって来た。自身の乗る馬から、将門が、宥めようとしている馬に飛び移ったのだ。次郎は、馬の首にしがみ付きながらも、馬の頭、首を優しく撫ぜ、気負っている、その馬を宥めた。段々とパニック状態で走っていた馬は、正気を取り戻し、静まる様相を見せたが、後ろの馬に尻を押され、また、パニックに陥り、次郎を跳ね除けたのだった。宙に放り出された次郎。そのまま、暴走する馬の集団の中に、落ちて行く。それを見た将門は、自身の馬から飛び降り、次郎を胸に抱き、次郎を抱き守るように、自身の頭をガードして地面に蹲った。その上を馬達が走り抜ける。幸い、馬の進路は、鴇芳たちの方角から逸れ、何も障害物のない、広い牧の方に向かった。それでも、将門は、馬達に踏まれ続けながら、次郎を守っていた。馬の集団が全て通り去った、少しの静寂の間に、次郎は目を開けた。自分をかばっていた将門は、ボロボロである。

「将門さま!将門さま!大丈夫ですか?死んでませんよね⁉なんで、俺なんか、かばったんですか⁉ご自分が、ボロボロになってまで」

「ボロだと?てめえ、皆と逃げてろ、と言っただろうよ。なんでかばうか?だと。俺は、お前達と固い絆で結ばれた仲間だと思ってんだよ。絆で結ばれた仲間ってのは、相手が困るのを無視できねえもんだ。だから、絶対に仲間を守るし、相手に自分が困っている事で心配をかけたくない、だから、平気な素振りもする。これくらい、平気だ」

「今の、平気な素振り?」

と次郎が将門を心配そうに眺めていた時、今度は、狼の集団が、将門達に襲い掛かって来たのだ。馬たちは、この狼の集団に追われていたのであった。将門は、またもや次郎をかばう様に覆い被さった。馬達に散々に踏み蹴られ、将門は立ちあがることも出来ない。次郎を包み込むようにして守る事しか出来ない。そんな将門に、狼たちは、噛みつく。背中や足、腕を、噛みつかれている将門。

「将門さま!ここは、俺が、将門さまを守るから」

と言って、将門をかばうように、狼たちと対峙した。武器など持って来ていない。威嚇しながら、噛みつこうとする狼たちを、素手で殴りつけるか、蹴り揚げるしかない次郎。一匹に、パンチを入れ、蹴り上げようとした、その足に噛みつかれた。

「くわ~!痛え~!」

と叫び、噛みついた狼の顔に、渾身のパンチを食らわしたが、足の皮は、剥がれ、血が流れ落ちている。

 次郎は、かなりの痛みに堪えながら、蹲っている将門をかばい、狼たちに睨みを利かせ威嚇する。オオカミのような唸り声を洩らしている。そこへ、二本の矢が飛んできて、狼を貫いた。狼たちの集団を、猪俣鴇芳(いのまたときよし)、横山香姫(よこやまかおりひめ)ほかの仲間が、囲んでいた。鴇芳は、弓で、香姫は、竹串で狼たちを的確に攻撃し倒していった。川越直介(かわごえなおすけ)、そして児玉本将(こだまもとかつ)、村山潮代(むらやまちょうだい)、西宗頼(にしむねより)は、刀と、槍を携え狼たちに攻撃を加えている。直介と宗頼が、及び腰になってよろめいたところ、そこから、狼たちは、逃走していったのだった。

 皆は、傷だらけの将門を見つめ、心配そうにしている。香姫が、応急処置を施している。傍で、将門を抱えている次郎は、

「将門さま、大丈夫ですか?村には、良い医者がおりませんので、将門さまのお屋敷まで、俺らがお送りします」

と、心配そうに囁いた。

「ああ、皆、有難うナ。川越直介と、西宗頼は、良く、狼たちに逃げ道を作ってやったな。退路が無ければ、人でも、何でも、必死に攻撃しかけてくるから」

将門の言葉に、本当は怖くて及び腰になっただけの川越直介と、西宗頼は、照れくさそうに頭を掻きながら笑った。

 そして、児玉本将と、村山潮代が、村から馬車を持ってきた。それに、将門を載せて、東隣の国の領主の屋敷、将門の実家に皆で送って行ったのだった。


 武蔵野の牧では、年に一度、数十頭の駿馬を都に献上に行く。

秩父のジイを先頭に、猪俣鴇芳いのまたときよしが続き、中段には、騎乗の少年が二人、少しポッチャリ型の少年、西宗頼にしむねより川越直介かわごえなおすけ、最後尾には、和田次郎わだじろうと、少年とも少女とも判別がつかない横山氏の香姫かおりひめで配置されている。

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