武蔵七党(むさししちとう) 武蔵野7(むさしのセブン)

横浜流人

第1話 第一話 武蔵国の七人

 今では関東地方と称せられるこの地域を、奈良・平安の時代、奈良・京の都から東に遠く離れた場所として、坂東(ばんどう)・東国(あずまのくに)と呼ぶことがあった。

 関東にあった武蔵国は、台地が広がり牧畜に好都合で、関東にいた人々が馬飼部として牧畜に携わったことから、多くの牧(牧場)が存在していた。その中から、数多くの中小武士団が生まれた。


江戸時代末期の、新選組まで繋がる坂東武者(ばんどうむしゃ)だ。


 後に、牧の管理者の中から武蔵七党むさししちとうと言われる同族的な武士団が生まれ割拠した。秩父氏ちちぶしを本流とした、横山よこやま和田わだとう猪俣党いのまたとう川越党かわごえとう、そして児玉党こだまとう村山党むらやまとう西党にしとう畠山党はたけやまとう。彼ら一党の子孫は、鎌倉幕府成立にも貢献こうけんし、鎌倉幕府を支えた。武蔵国府(東京都府中市)は鎌倉幕府にとって重要な拠点として存在し、鎌倉街道が敷設されたのだった。


 これは鎌倉幕府成立前の、かなり前の昔のオハナシ。

平家の世などと言われた時代よりも、ず~っと前のお話。


 武蔵野の草原を眺める丘の、その土手の木陰に、長い草の穂を楊枝ようじのように口にくわえて、野武士姿で寝っ転がっている若い男がいる。平将門(たいらのまさかど)、二十五歳、である。

 その丘からながめる牧を三十頭以上もの駿馬しゅんめひきいて、西の都に向かう一隊があった。牧を、草原を三十頭以上もの駿馬しゅんめが、全速力で駆け抜けて行く。


その駆け抜ける音、地響きに、野が揺れる。


 それを薄目を開けて眺める将門。隊列は、進みを緩め、ゆっくりと歩み始めた。隊列の、先頭には、武蔵野の牧の有力者、秩父氏を取りまとめている爺さんが位置し、この隊列を率いている。「秩父のジイ」と、皆に呼ばれている好々爺こうこうやである。あごには白く長いひげたくわえている。やせた細身ではあるが、戦闘能力は、まだ衰えていないような体躯をしていた。その少し後ろには、少年が一人従う。秩父のジイに一番近いところに居る少年は、弓の名手、猪俣鴇芳(いのまたときよし)。一隊の中段には馬にまたがった少年が二人、中段にいる少年は、川越直介(かわごえなおすけ)と、少しポッチャリ型の少年、西宗頼(にしむねより)がいる。最後尾には、少年とも少女とも判別がつかない若者と、秩父のジイの娘の子、孫であり、和田聖山(わだせいざん)の嫡男ちゃくなん、和田次郎(わだじろう)がいる。少年とも少女とも判別がつかない神秘な雰囲気ふんいきかもし出しているのは、長い褐色かっしょくの髪を後ろにたばね、姿が美しい若者、少年?横山氏の香姫(かおりひめ)である。女の子だ。二人ともに、腰に刀を差している。みんな幼馴染おさななじみなのだ。

隊列の後方にいた騎乗の少年、和田次郎が、将門に手を振りながら近づいて行く。

「将門さま~、こんにちは!」

 土手に寝転がっていた将門は、半身を起して片手を上げる。

「ヨッ!秩父のジイの孫息子!また、都まで馬の献上けんじょうに行くのか⁉」

「はい!毎年のことです」

「あんな、都のバカ達に、この駿馬をクレてやらなければならん、とはな……、昔の、聖徳太子しょうとくたいし様とか、中大兄皇子なかのおうえのみこ様がいらっしゃった時なら、さもあらん!だが、今のバカ者どもに、コノ駿馬をやらねばならんとは、勿体もったいないな」

 将門は、脇に置いておいた弓をとり、空に向って一矢を放った。すると少年の手元に、矢の刺さったきじが落ちてきた。

「秩父の!食事用に持って行け!」

と、少年の抱いた矢の刺さったきじを指さした。

「有難うございます。将門さま!それでは、行ってまいります。将門さまも、お気をつけてお帰りくださいませ!」

 将門は、次郎少年の言葉に、

「ああ、ここは、良い所だの。広々とした牧に、駆け回る馬。雄大なところだ。ワシはここが大好きじゃ」

と応え、また、

「この剣をオマエにやろう」

と、言って、一振りの幅広の古代刀を、次郎の方に差し出した。

「今の刀が役に立たなくなった時に、この剣を使え。お前が持っておくのではないぞ!やたら使う物ではないから、香姫にでも預けておけ。その剣を創り出したオカタは、たぶん、香姫に宿られておる」

と、将門が言い終えたところで、次郎が馬を降りて、将門に近づいて来た。

そして、将門から剣を受け取り、マジマジと剣を見つめた。将門は、

「その剣は、都のアル神宮に秘蔵されていた物。ワシが都を去る時に、頂戴して来た。熱田神宮に祀られておる三種の神器のひとつ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」と同じ時に同じく造られた物だそうだ。この剣は、身を守るものではなく、実戦に用いるための攻撃的に造られた剣で、天火雲剣(あめのひくものつるぎ)と言われるものだ。この剣は、炎を操ると言われている。ワシも何度か、一振りしたことが有るが、上手く使うことも、あやつることも出来なかった。大火事を起すは、自分が大火傷おおやけどするはでナ。お前が、今の刀で敵わない相手に、やられて、どうにもならなくなった時、その剣を使ってみよ」

そう言うと、将門は、また、寝転び、目を閉じて牧の風と香を感じているようだ。

 少年は、将門に一礼して騎乗し、馬を駆る。そして、隊列の先頭の秩父のジイに鳥を渡して、将門の方を指さした。秩父のジイは、将門の方に一礼した。そして、次郎は香姫の元に行き、将門から授かった剣を香姫に渡す。

「将門さまが、俺にこの剣をゆずると言われた。でも、自分で持っておかず、いざという時まで、香姫に預けておけ、と言われた」

香姫が、マジマジと眺め、剣を受け取った瞬間、その剣は、香姫の体の中に消えていく、そんな感じで剣は消えたのだった。それを見ても、何事も深刻には考えない次郎である。

「あれ、カオリ、お前、剣を何処かに捨てた???」

と、聞くくらいだ。

香姫が、

「大切に持ってるヨ、預かっとく」

と、言うと、納得して持ち場に帰るのだった。


秩父のジイは、隊列をゆっくりと動かした。次郎は、隊列の最後段に戻る。同じく、しんがりに横山の香姫も将門の方に一礼をし、馬を進めた。


 この武蔵野の少年たちと、平将門たいらのまさかどの出会いは、二年前のこと。

 将門は、都で役人としての出世をあきらめ、この武蔵野の東隣の国に帰って来た。彼は領主の息子、嫡男である。都から帰って来たバカリの頃、将門は、ちょくちょく武蔵野の広野とも牧(牧場)とも言えるコノ地に来てはひまつぶしていたのだ。

 将門が、武蔵野の草原を眺める丘、この土手の近くの川辺で、ようしていた時である。将門は、背後に殺気を感じ、身をける。矢先の無い矢が飛んで来たのだ!その方角に目をらすと、手作りの弓をたずさえた少年が、こちらにやって来たのだ。和田次郎である。

 その少年は、腰に差した二本の木刀のうち一本を抜き、将門を指すようにして注意する。その少年、次郎は、将門に対して大きな声をあげた。

「オイ!おまえ!こんなところで小便なんかすんじゃネエ!ここから、下は、馬達の水飲み場だぞ!」

 少年に怒られていると分かった将門は、恥ずかしさも有り、全身を震わせて怒りをあらわにした。そして、さっさと、身づくろいを直し、少年の方にむかって行く。

「オイ、オイ、随分、生意気な口をきいてくれるじゃないか⁉ワシを誰だと思っておる⁉」

「知らんわ!ただの小便たれじゃ!」

「俺はな、となりの国の領主りょうしゅ様の嫡男ちゃくなんじゃ! 平将門(たいらのまさかど)様じゃ!」

と、言い放った時に、少年は、その将門の口上こうじょうを無視するかのようにきびすかえして、河原の近くの丘を登って行く。

「オイ!コラ!聞かんか、小僧!」

と、将門は少年の後を追った。

 少年、和田次郎はきびすを返して、もう一度、将門をめがけて矢先の無い矢を放つ。将門は、怒りに目を大きく見開き、

「小僧!」

と、飛んで来た矢を払い除け、刀を向いて少年に切りかかろうとした。少年は、その丘を駆け慣れているようで、追って来る、将門を右に左にかわし、また、時々、アッカンベーと、将門を揶揄やゆするのだった。転びながら、クタクタになりながらも、体力は少年を上回る将門が、和田次郎をとらえようとした、その時、丘の上から将門めがけて、石や枝木が雨あられと降り注いできたのだ。丘の上には少年と、その仲間らしきが、六人。横山香姫(よこやまかおりひめ)、猪俣鴇芳(いのまたときよし)、川越直介(かわごえなおすけ)、そして児玉本将(こだまもとかつ)、村山潮代(むらやまちょうだい)、西宗頼(にしむねより)。将門めがけてそこらじゅうの物を手当たり次第に投げつけていたのである。

 将門は、投げつけられる物を交わしながら、丘を駆け上がり、最初に自分に弓を引いた少年、和田次郎につかみかかる。その時である。少年の様な、少女のような、横山の香姫が両手を顔の前で組み、呪文のような物を唱える。妖術ようじゅつであろうか?そこらじゅうの草木・枝が、将門に飛び掛かって来たのだ。それに、その少女から放たれた竹串のような矢が、風に乗って将門に鋭く向かって来た。将門は、それを必死で払い除けた。

その時、香姫が、

「アッ、ヤッチマッタ!!」

という様に叫び声をあげた。そこら中の物を手あたり次第、投げつけていたら、芋虫のような虫を次郎の方に投げてしまったのだ。次郎は、虫が大の苦手。次郎の顔にくっついた香姫の投げた芋虫を手の中で見をつめた。

「ぎゃ~!カオリ!てめ~」

と、香姫を睨みつけたものの、芋虫への恐怖で力が抜ける。香姫がアッカンベ~と、次郎にして見せた。次郎は、ここで逃げ回る気力も力も抜けてしまった。将門は、やっとの思いで、和田次郎を捕まえた。

「このガキ!よくも人に矢を放ってくれたな⁉」

とは言ったものの、将門は、七人の子共たちに囲まれている。それに、彼らは、各々、武器になるものを手に持っていた。

 将門は、

「このガキども!ワシがらしめてやるワ。俺をなめんなよ!」

と、タンカを切って少年たち一人づつを、相手にしようとしていた。少年たちは、二人一組で二組というか、四人がかりで、代わるがわる交代しながら将門を攻めて来た。

 苦戦する、将門。

 少年の様な少女の横山の香姫が、竹串を右手に挟んで、将門に投げつけようとしていた。

 将門は、捕まえていた次郎を離し、

「分かった、分かった、ワシが悪かった。おまえらの勝ち!勝ちじゃ!降参する。じゃ~が、戦い方が、ガキのケンカじゃ!たたかうなら、戦い方を、もっと鍛錬たんれんしろ!ワシが、戦い方を教えてやるわ!」


 この時からである。将門が、武蔵野の七人に、戦い方を教え始めたのは。


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