第11話 将門の乱(一)

 畠山氏の屋敷を占拠していた源基経みなもとのきつねは、全ての者たちを連れて都に退散していた。静まり返った屋敷の所々に、日照り坊が居る時に攻め入った者たちが石にされて残されている。そして屋敷の奥座敷には、石にされた畠山氏の家の者たちが寄り添うように置かれ、並べられていた。

 畠山氏は、二代目が家長となっており、祖父、祖母と共に二代目の家族が屋敷に住んでいた。三代目となるであろう二代目の嫡男は、未だ幼子であり次郎より年下である。もちろん、二代目は、次郎の父、和田聖山よりかなり若い。畠山氏、五名と従者五名が、奥座敷で石となって鎮座させられていたのだ。

 香姫は、石にされた者たちを基に戻すのに、次郎とは違い、丁寧に竹筒から一滴、一滴、清水を石にされた者にかけて回った。石にされていた者たちは、すーっと頭の先から元の人に戻っていった。完全に元に戻ると、まじまじと自身の体を眺め確認し、目を見開き歓喜した。次々に元に戻る者たちと抱き合い共に喜んだ。

平将門たいらのまさかどは、その様子をにこやかに眺め、興王きょうおうに、

「私は、武蔵国の隣の国の領主の嫡男であって、権守、領主ではございませんが、この国の先の権守(領主)、武蔵野武志むさしののたけし王とは同盟を結んでおりました。私は、ここから北を統一し、大和朝廷と対峙しようとしております。あなたは、どうされますか?」

と問うた。興王きょうおうは、少し考えるように目を閉じ、暫くして目を開け、それに答える。

「私は、大和朝廷から派遣された者です。朝廷に反旗を翻すなど、出来はしませんが、この先も今の朝廷に従いたいとも思っておりません。若い時から、武蔵野武志むさしののたけしと、何時も愚痴を言っておりました。大和朝廷と対峙はしませんが、アナタとも対峙する気はございません」

と、右手を差し出した。将門も、手を差し出し固く握手を交わしたのだった。

将門は興王きょうおうと目を合わせ強く頷いた、その時である。武蔵国の隣国から将門の身内の者が、馬を飛ばしてやって来た。

「将門さま、御父上、良将様がお亡くなりになりました。それに乗じて、伯父上の国香様、良兼様が独断で領土を分割、占拠され自領にされ始めておられます」

将門は、兵士達に大きな声で号令をかけた。

「皆の者!帰るぞ!」

と馬に乗り、東の国をめざし自分が先頭になり、振り返ってり秩父のジイに、

「秩父の!これは平家の内輪もめじゃ。興王きょうおうをはじめ、武蔵国の者が私に加勢しては、朝廷への反逆になるぞ。観ておれ」

と言い馬を進め東に走った。その姿を暫く眺めながら、秩父のジイは、興王きょうおうに、

「それでは、我々は、西の城塞じょうさいを目指しますかの?」

と誘った。

「そうですな。準備と休養を兼ねて、今宵はこの屋敷にお邪魔させて頂こう。それで、出立しゅったつは、明日の日の出前ということで、如何かな?」

と秩父のジイに答えながら、石の呪縛から解かれた畠山氏の当主に問いかけるように顔を向けたのだった。

「かしこまりました。直ぐにご用意させて頂きます。少々お待ちを」

 畠山氏の当主は、やはり石の呪縛から解かれた使用人に、テキパキと指示を出し、源基経が使っていた母屋に興王きょうおうを招き入れ、側近たちは、隣接する大広間に案内した。

 翌日、秩父のジイと次郎と香姫が畠山氏の屋敷に興王きょうおうを迎えに来たところで、

一行は、畠山氏の屋敷を後にして西を目指す。東山道を西に向かい最初の山の関を超えたあたりで、高く長い石の城壁に囲まれた城塞じょうさいが現れた。城壁の大門を通り抜け、そのまま城塞の中央に位置する石の城に向う。その途中の街の様子は、神が作り出したと言う妖怪、日照り坊に城を乗っ取られる前の活気に満ち溢れたものに戻っていた。日照り坊や妖怪を成敗した秩父のジイたちが通る姿を見た街の人々は、次々に家屋から沿道に出て来て並び始め、喜び、手を振り歓喜の声を挙げ始めた。秩父のジイたちは、それに手を上げ笑顔で応える。

街中まちなかを通り、城に向う秩父のジイたちを、街の皆はその後ろを追う様に付いて行く。街の多くの者が城に向って来るので、何事か?と城の中に居た城兵などが城門の前に出て来ていた。秩父のジイは、城門前で止まり、街の皆と城内の者達に、大きな声で輿に乗った興王きょうおうに手を向け、

「このお方が、先の武蔵野武志むさしののたけし王と替わり、武蔵国の権守、領主様として都から来られた興王きょうおう様じゃ。今日からここの城に入られる。皆、ようしてもらえ」

と、興王きょうおうを紹介した。街の皆と城兵たちは、大きく拍手をした後に、両の手を高く揚げ、「万歳」と大きな声で叫ぶ事を誰からともなく始めたのだ。城兵の隊長と思われる者が、兵士を城の中まで道の両脇に並ばせ、興王きょうおうを城に招き入れた。秩父のジイたちもそれに続いて、歓声をあげる街の皆に手を振りながら城の中に入って行った。しかしながら城兵の中には、秩父のジイ、次郎を睨みつけている者もいる。それは、先の日照り坊との戦いにおいて、次郎たちと戦った者たちであろう。

城内では、それぞれに部屋が用意された。そして、夕餉は、大宴会場で催された。街の有力者と思える者が多数、招待されており、城内の主要な者も多数参加していた。興王きょうおうの人柄なのか、全ての者が、歓迎の意を表しており、宴は、大いに盛り上がっている。だが、次郎も香姫も酒で騒がしくなる大人達がうっとうしくなり、席を立ち、当時珍しい石の城の内を散策してみることにした。

 全て石造りの城は、日本では珍しく、二人には、ヒンヤリとした空気が不気味でもあった。石造りといえば昔から墳墓、墓である。何よりも、所どころで見かける、鈍く光る西洋の甲冑かっちゅう(よろいかぶと)が不気味であった。なにか、見入られている気がしたのだ。実際、鎧の中から次郎と香姫を睨め付けているものが居たのだ。

 以前、秩父のジイたち、次郎、香姫、猪俣鴇芳いのまたときよしが、この城に攻め込み土蛇や日照り坊を退治しようとした折、城を守る数名の城兵を殺しているのだ。殺された城兵の親族、友人にしてみれば、そのかたきが、英雄の様に城に再来したのだ。面白い筈はない。

 次郎が香姫の袖を掴んで、恐る恐ると月の光と所どころに翳された松明の光に薄暗い石の城内を探索している。香姫にはぐれないよう震えを抑えながらソロリソロリと歩く次郎。小さな金属音に、

「うあ!怖いよ~、部屋に帰ろうよ」

「鬱陶しいわね。一人で帰りなさいよ!」

「そんな恐ろしいこと、よく言えるな」

「うるさいな~、ここはカヨワイ女の子の私が震えるとこでしょう⁉」

「カヨワイ?」

「何よ!隣があんたじゃなきゃ、私はカヨワイ女の子なの」

 その時、香姫の近くに立てられていた西洋甲冑の手にあった斧付きの槍が、倒れてきた。間一髪、香姫がバッサリ切られるところであったが、蹴り返した。香姫に蹴り返された斧付きの槍は、西洋甲冑に当たり、西洋甲冑は倒れた。

「危な~、危うく大怪我するとこだった」

香姫は、立ち上がり、また場内散策するために前に歩み始めたのだ。

「カオリ~、もう部屋に帰ろうよ」

「だから、一人で帰れって言ってるでしょう」

「一人では帰れないよ~、連れて帰ってくれよ。カオリ~」

「え~い、ウルサイナ。分かった。帰る」

「ありがたや~」

 香姫に引きずられるように部屋に帰る次郎。次郎は、一瞬だが、香姫に倒される甲冑の中に人が居たのに気が付いていた。

 二人は、秩父のジイの様子を伺いに部屋に行った。秩父のジイは、宴会を引き上げ部屋にいた。そこで次郎は、

「じい様、ここは早く引き払って帰った方が良いぞ」

「なに、あんた、ここの夜がそんなに怖かったんだ?」

香姫が言ったそれには次郎答えなかったが、秩父のジイは、

「わしも、明日朝には村に帰るつもりじゃ。次郎も気づいたか?」

次郎は頷いた。

「まあな。そうだろうな」

秩父のジイは、二人に静かに語り始めた。

「宴もタケナワとなって来た時、酔っぱらった城兵が、ワシに絡んできた。先の日照り坊退治の時にお前らの矢で殺されたのはオレの弟だ!とのう、、、」

「やはりな、、、」

「ソヤツが、お前たちはどこへ行った、と騒ぎ始めての。ワシは、失礼して、部屋に戻ったのだよ」

「じゃ、明日、日の出前に帰ろう。将門様のことも気になるし」


 翌早朝、秩父のジイたちは、興王きょうおうの側近に、

「平将門や、村の事が気になるので、我々は急ぎ村に戻ります。これからも御世話になります、とお伝えいただけますか」と伝え、急ぎ城を出た。それを聞いた興王きょうおうが、急ぎ自ら馬を飛ばし秩父のジイの所にやって来た。

「もう少し、ごゆるりとされれば、と思いますが、将門殿が気になると言えば私も気になっております。なんぞありましたら、是非、この私に手伝わせて下され。今回の入場のお膳立て、本に感謝しております」

と、深々と頭を下げた。

「あなたは、良い権守様じゃ。こちらこそ、何なりとお申し付け下さいませ。それでは」

と秩父のジイも頭を下げ、馬を進める。続く、次郎、香姫も興王きょうおうに深々と頭を下げ、秩父のジイに続いて馬を進めた。興王きょうおうは、暫く、手を上げその場に佇み秩父のジイたちを見送ったのだった。


 一方、東下した将門は、叔父の平国香らに上野国花園村(現群馬県高崎市)の染谷川で襲撃を受けることとなった。が、事前に情報を掴んでいた平将門は、難なくこれを殲滅させたのだ。


 平国香は、西に情報網を張り巡らせ将門を探させていた。

「あんな不逞ふていのガキに領主になられてたまるものか!」

「領主に相応しいのはワシじゃ」

などと、自分が領主となることの正当性を、一族の者たちに吹聴し、将門を速やかに追討しようとしていたのだ。

 そこへ、先遣隊より、

「将門の隊、五百、武蔵国からこちらに帰還するよう動き始めました」

との報告が入ったことで、国香は、一族全員に兵を出し、将門を染谷川あたりで待ち伏せし襲撃することを命じた。将門と仲の良い親族も居り、反対を唱えた者もいたが、即座にその場で国香に殺されてしまった。

叔父の平国香ら千人は、将門を染谷川で待ち伏せし襲撃をした。

その時、やはり将門の叔父であり国香の弟にあたる平良文が将門に(国香ら千人が染谷川で待ち伏せしている)ことを、伝令した。

染谷川の手前で、野営し、床几に坐っている将門の所に、部下がやって来た。

「将門さま、叔父上、平良文さまより伝令が来ております」

将門は、頷き、

「叔父上から?よい、ここへ通せ」

と応じた。素早く下がった部下は、次には伝令とみられる武者を連れて来た。その伝令は、一通の書状を将門に差し出した。将門は、その書状を開き、眉にしわを寄せて読み入る。

「う~ん、叔父の平国香ら千人が、染谷川で待ち伏せしており、ワシを討とうとしている、と」

 将門は、立ち上がり、

「軍議に入る。皆を集めよ!」と部下に命じた。

 暫くして、隊長クラスの者たちが、将門の元に集まって来た。

 将門の前には、上野国花園村の染谷川近辺の地図が広げられていた。

 将門は、ある丘をなぞらえて、

「国香らが潜むのは、この小高い丘を越えた向こう側、丘沿いに並んでいるあろう」

と言ってポンポンと木の棒で、その位置を叩いた。

「そして、丘の手前に数か所、見張りを置いているだろう。今夜、先ず、見張りを叩き、この丘の前に横並びに弓隊を布陣する。一人の弓では、訓練通り一度に二、三本の矢を放つこと。弓を放つ攻撃開始は、夜明けと同時にじゃ」

 将門の命に、皆は「は!」と承知した。

「それでは、先ずは、見張りどもを根こそぎ葬る。出立じゃ」

全ての兵は、出立の準備にかかった。


 敵の見張りを討ち取るべく、先方隊が騎馬で出立し、その少し後に将門本隊は、弓隊を先頭に進軍し始めた。


 将門の想定通りであった。染谷川の一番小高く長い丘の所々に国香の放った見張り数隊が伏せていた。この丘の裏側に国香ら千人が伏せているのであろう。先方隊が、既に、国香の放っていた見張りの伏せ兵をことごとく討ち取っていた。将門は、国香を討つべく二十の騎馬で丘の西端に廻り込む。もう、二十騎は、丘の東端から廻り込ませた。後の兵は、ある程度の広い間隔で丘の前に横並びに弓を待たせ控えさせてある。打合せ通り、夜明けとともに、一人二本以上の矢を丘の向こう側に射込み、その後、槍、刀で一斉に丘を駆けあがり、丘の上から国香らの伏せ兵の列に突入する計だ。


 染谷川の東の空に、日が昇り始めた。丘に沿って並んでいた将門の弓隊から、一斉に、丘の向こう側目がけて矢が放たれた。丘を越えた向こう側に伏せていた国香らの兵の上に、数多く雨の様に莫大な矢が降り注いだ。次に嵐の様な鬨の声とともに、将門の兵が丘を駆け下りて来たのであった。それに右と左の後方より将門の騎馬隊が突入して来たのだった。ここに、将門を追討しようとした叔父である平国香らの軍は壊滅させられた。将門は、叔父の国香を討ち取らんと騎馬隊で突撃したが、多くの親戚筋の者達が降伏、投降してきたため、国香を取り逃がしてしまった。

国香は、源護(みなもとのゆずる)、東北の鎮守府副将軍の本拠(真壁郡)に敗走し、逃れたのであった。

 取り敢えず、実家に戻り、父、良将の弔いを終えた平将門は、喪明けとともに、叔父たちに勝手に分割され盗られていた父の領地を取り戻しにかかった。連戦連勝で元の領地だけではなく、叔父たちが広げていた領地までも占領していったのである。

 承平五年(九三五年)二月に将門は、源護(みなもとのゆずる)の子・たすくらに常陸国真壁郡野本に駐屯している時に襲撃される。しかし将門は、それらを撃退したすくらは討ち死をしたのだった。

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