小説は、現実から隔たった設定を持っているからといって、主題が、情感が、現実と隔たっているとは限りません。
本作は、紹介文からして突飛で、読み進めるとさらに現実離れしていきます。
でも、それは本当に現実離れなのでしょうか。それならば、どうして、読者は主人公に共感するのでしょう。どうして結末に納得するのでしょう。
カクヨムには文系の人が多いのですが、ここで理系の話を持ち出します。数学には「補助線」という考え方があります。どうやって答えを導き出していいか分からない図に、一本線を引いてみると、答えまでの階段がきちんと繋がることがあります。その、会談を繋げるための、元々の図になかった線が「補助線」です。それは回答者が勝手に引いた線ですが、答えを得るためには必要な線です。
現実から隔たった設定は、現実に対する「補助線」になることがあります。素の現実では見えなかった真実が、その設定を入れることによって見えてくる、という具合に。
本作はきちんと現実に「補助線」を引きました。そして得られた回答は、皆様にとって納得できるものでしょうか。最後は読者に委ねられています。
日常のなかにふっと出てくる錆びるという表現。
酸化というものが、当たり前にあって、感情をトリガーに症状が現れるらしい。
主人公は酸化している少女。
話すときに喉がキーってスキール音を立ててしまう。
学校をサボるためにバスジャックに遭おうとし、犯人にまるでご近所の人に話しかけるかのように語りかける。
中折のハットを被った紳士的な犯人も、どうやら酸化に関わることで悩み、事件を起こそうとしているらしい。
二人のやりとりが温かくて、思わずうるっときました。
そして、一体どんな結末を迎えるのだろうとドキドキしました。
優しくて、素敵なお話でした。ありがとうございます。