【参】


 今日は、いつもよりも重たいリュックの感覚を肩に感じながら登校した。

 そして、本日の天気は見事あっぱれ――カンカン照りの晴天であった。

 これに関しては、こちらの事情で晴れてくれて本当に感謝しているが、僕に感謝している暇はない。


 いや、正しく言うなら余裕がない。


 朝から心臓を誰かに掴まれている気分だった。

 これは緊張ではないということは間違いないのだが、それではこれは何なのかというと、おそらくこれは心配の過剰分泌が原因だと考えられる。

 自分の将来を憂いてのことだろう。

 あぁ、おいたわしや……。

 そんなわけで、僕の心を鷲掴みにしてくる本命であり、肝心の部活動紹介は、本日の時間割における六時間目の授業の代わりで、場所は第二体育館で行われることとなった。

 『第二』ということは『第一』もあるということだが、別に特別な意味なんて特になく、第一より第二の方が小さいというだけのことだ。

 そんなこと誰も気にしないか。

 そんなこんなで、三時間における無味乾燥で、面白みもない、砂を噛んでいるかのような授業――という名の苦行を耐えきることができた直後の昼休み、僕はまたこっそりと屋上へと足を運んだ。

「よー! 七不思議、待っていたよー」

 まるで自分の居場所だと言わんばかりに、青いベンチへと深々座ってふんぞり返りながら挨拶された。


 堂々たる塚本弾。


 だけど、その傲慢な態度も今は許そう。

 何故なら、眼前に肉弾的で健康的な太ももの重なりがあったからである。

 やけに色白なその太ももは、ちゃんとその言葉の意味にたがわずしっかり太い。

 このことがどれだけ素晴らしいのかというと、富士山頂で眺める初日の出ぐらい素晴らしいと言っておきたいが、実際にこの目で見たことはないので、ここは素敵な比喩ということで一幕。

「おい塚本、そのベンチはなんだ」

「なんだ……って、これはボクが頑張って運んできた特製のベンチさ」

「は? そんなもんどっから――」


 ピーンポーンパーンポーン。

『サッカー部員に連絡します。至急部室に集まって下さい。繰り返します……』


 再びベンチを見た後に塚本の顔を見る。

 さっきまでとは打って変わり、自分は関せずと言わんばかりの知らんぷりを突き通すことに徹していた。

「僕はこれを見なかったことにするから、僕は悪くない。これは塚本がすべての責任を負う。……それでいいよな」

「で、でも昨日、一昨日通して一緒に協力した仲じゃ――」

「それはそれ、あれはあれ。よそはよそ、うちはうち」

「うぅ……」

 自業自得、というかそもそも、大事な昼休みの時間を削ってまでわざわざそんな話をしに来たわけではない。

 というわけで、一旦仕切り直して僕は、塚本と共に来たる六時間目――第二体育館で行われる大舞台(誇張表現)に向けた最終段階の調整ともいえる計画の打ち合わせを行う。

 屋上ならばこの極秘の計画会議を盗み聞きされる心配もない。

 こうして、昼休みに行われた会議は無事に進み、予鈴のチャイムが鳴ったことで切り上げの時刻を告げた。

 僕の昼ご飯はというと、喉を通らないという理由によって塚本のお腹の中へと納まることとなったのだった。

 そのせいでその後の授業中、満腹の塚本がこくりこくりと舟をこぐことになったのはまた別のお話である。



 五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 クラスメイト達はというと、部室に向かおうとする者やそのまま帰る準備をする者など三者三葉の様相であったが、明らかに急いで教室を出ていく者たちに限ってはその理由が明らかであった。

 当然ながら、僕もその中の一人ではあるのだが、しかし、今急いでいる人たちと僕とでは決定的な違いが一つあった。


 それは、運動部であるか文化部であるかである。


 俺か俺以外か、的な感じである。

 というのも、発表順というものが事前に決められており、その中でも文化部より運動部の方が先に発表するという流れで進むので、僕や塚本といった文化部の奴らは運動部と比べて、多少の余裕があった。

 というわけで、まだ発表出番までに時間がある僕は悠々とゆっくり廊下を歩いていく。

 そんな僕の横を吹奏楽部の部員らしき女子生徒達が慌てて通り過ぎていく。

 ……はたしてあの部活は運動部なのか文化部なのか、そんな疑問を少し考えて、やがてどうでもよくなったので、思考するのを止めた。



 僕が第二体育館に着くころには、もう運動部の生徒達が発表というかデモンストレーション的なものは始まっていた。

 第二体育館にはステージというものがなく、良くも悪くも広々と使えるという節もあってか、レクリエーション的なイベントはよくここで行っているイメージがある。

 そんな箸にも棒にも掛からない分析をしながら、僕は発表を待っている各部員の方々が集まっている集団、第二体育館の入り口横付近へと足を運ぶと、そこにある異様な光景が広がっていることに気が付いた。

 不自然に人がいないというか、意図的に人がそこから離れている範囲、まるで電車内に現れた迷惑客が現れた時に発生する、特有の結界的なサークルがあることに気が付いた。

 それを作っているものが一体何なのか気になって近づいてみると、そこには胡坐をかいて目を瞑り、ギリギリ周りに聞こえないような音量で、般若心経を唱えるようにブツブツと何かを喋っている女子生徒が目に飛び込んできた。


 ……変なものが目に飛び込んできたと言って、僕がファンタジー世界の主人公みたく、収まらない好奇心で何でも触れるようなタイプだと思うなよ。


 そう心の中で呟いて、僕は口を固く閉じ、すぐさま踵を返す。

 180度回転して、できるだけその場から離れようとしたが、それを実行するよりも前に何者かが僕の肩を強く掴んできた。

「いたたっ……」

「痛がる振りやめなー。あと、この50倍は力出せるけど……どうされたい?」

 「どうされたい?」のところだけ低音イケボの囁き声で囁いてきて、それが不意打ちすぎて不服にもドキッとしてしまった。

 これが本当の悪魔の囁きということで合ってますか?

「いや、お前が昼休みに起こした事件の反省を唱えていたみたいだから、邪魔したら悪いと思って……」

「そんなことしない! というか、ボクがそのことを反省するようなキャラだと思う?」

「……確かに。言われてみればそれもそうか」

 いや、そこは反省して今すぐ自首した方がいいとは思うが、それを言っても聞かないだろうからわざわざ言うこともあるまい。


 僕は口を結んだ。

 塚本の口は開いた。

「もう打てる手はすべてを打った。後は出番を待つ! それだけでいい、だろ?」


 僕は黙って頷いた。

 強引な話の逸らし方だったけど、この話題に対する塚本の打つ手はそれだけだったんだろうと勝手に結論付けて、スルーをすることにした。

 丁度今、運動部の発表が終わった。

 直後に僕は、自身の体が少し硬くなるのを感じるのだった。



「――吹奏楽部の発表でした! ありがとうございました! ……続いては似非科学同好会の……」


 文化部の発表は吹奏楽部の華々しい演奏から幕を開けた。

 僕の出番はあと4……4、部活目? にやってくる。

 そして、奇しくも僕の前に発表をするのは、塚本弾が所属する部活〈落語研究会〉であった。

 ……これは白々しい。

 まったく……『驚愕』という感情を共有せんとするがために、独白的でわざとらしい文言を吐いてしまった僕の気持ちが分かる人は、今、挙手をして欲しい。

 周りに変な目で見られると思うから今すぐやめた方がいいと思う。


 ……要は、どういうことか。

 ハナからそれを頼りに計画を練ったのに、すました顔して何を言ってんだということである。


 僕の出番まで後、3部活目になった。


 これは個人で発露した計画ではない。


 ――後、2部活。


 僕らが僕らの利益とたのしさから結託した凶暴な共謀だ。


 ――後、1部活。そして、塚本からしたら本番の時間。


「……続いては落語研究会の発表です! どうぞ!」

 体育座りをした大量の視線が突き刺さる中、飄々な感じで歩いて行く塚本。

 自身の伸長よりも高いマイクスタンドの前に立ち、慌てて高さを調節し改まる。


「コホン……。ボクたっ……私達は落語研究会です! 落語研究会、略して落研は落語や講談など古典的な事から、現代のお笑いのようなものまで、多岐にわたって研究をしたり、練習をしたりする部活動です!」


 至って普通の部活動の説明をいつもよりはきはきとした声で、テンポよく話す塚本を見ていると、いつも見ている塚本とのギャップにやられる。

 尊さが過ぎると死に至ることがある、ということを聞いたことがあるが、この現象はそれに酷似した類似性がありそうである。


「さて、先程一人称として「私達」と言いましたが、現在、落語研究会は部員一人となっておりまして……(頭に手を当て舌を出す)。なので、是非とも落研に入部……とまではいかずとも、見学など歓迎してますので是非よろしくお願いします!」


 塚本はわざとらしくえりのあたりを掴んで、グッと持ち上げて襟を正す仕草をした。


「ということで……今からデモンストレーションがてらに、この学校に関するお話を少々させて頂きます。いやー、既存の物語をお話をするのもいいんですが、せっかくの舞台ですので、創作したオリジナル台本っていうのもまた一興でしょう!」


 そして、塚本は口を閉じ、瞳を閉じた。


 しん……。


 一年生たちは塚本に注目し、塚本の一挙手一投足を逃さぬよう集中している。

 塚本はわざと空白の時間を作って、雰囲気をガラッと自分のものにしてしまった。


 そして、塚本弾は微笑んだ。


 いや、微笑むと表現するには大きすぎる三日月を作っていたが、これさえも塚本の策略だと思ってしまうぐらいには、塚本はこの場を飲み込んでいた。


「それでは……東西東西とざいとうざい!――」


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