【参】
あれから一週間が経った。
塚本はというと、今は部室に来ている。
特に理由を聞いてはいないが、聞くのが怖いというのが本音であるのと、触らぬ神に祟りなしということで聞かないでいる。
あと、三白夜さんが文芸部に仮入部していることも誰かにばれることはなかった。
なんか、一回変な手紙が届いたこともあったが、それは僕に対してだったのでほっとしながらも、でも、嫌ないたずらが過ぎるなぁと思ってすぐごみ箱に捨てた。どうせろくなこと書かれていないだろうから、特に内容も見なかった。
そんな僕のことは置いておいて。
僕はこの一週間で、思い知らされた。
三白夜翠がどういう人かということを。
それこそ、何気ない日常会話から全校集会、はたまた学校新聞の見出しなどいろんなところで、嫌になるほど見て聞いた。
僕のへんぴな噂話など一瞬で吹き飛んでしまうほど、聞き齧っていた。
文武両道、才色兼備――そして、誰にでも謙虚に振る舞う校内一の人格者。
加えて、お嬢様であるにもかかわらず私立の高校ではなく、公立の高校を選ぶという度量というのか覚悟というのか。
要は、まるで絵にかいたような人物であり、学校中の人間を羨望のまなざしで釘付けにしていた。
それを、僕はこの一週間で痛いほど見聞きした。
そして、あの時、三白夜さんが人目を気にしながらゴミ捨て場まで僕を引っ張っていって、誤解を恐れず勇気を出してあれを言った意味を理解した。
その判断はまったくもって正しく、懸命であり素晴らしかったのだ。
あの時、少しでも「三白夜さんらしくない」と思った自分を殴りたいぐらいには酷く後悔し、反省している。
だって、もしばれたらどうなるか。
僕の靴箱は果たし状で毎日埋められて、事あるごとに輩みたいな表情をしたやつにカチコミきめられて、ボコボコにされる未来を想像するのが容易だろう。
それに、僕は今渦中の人間だ。いや、火中か。
だから、このことが明るみになったらまさに火に油。
火力倍の大炎上だ。
もはや、火中の栗すら焦げちまう勢いになるだろう。
だから、今となってはその事実が明るみにならないという願いは僕の願いでもある。
そして、仮入部から一週間が経った。
この期間中、三白夜さんはほぼ毎日通っては、小説の書き方や物語の作り方をほぼ独学のような形で学んでもらった。
僕も多少の手助けをしたが、そのほとんどが折紙先輩の受け売りであったことは、ここだけの内緒にしてもろて……。
――兎にも角にも一週間が経った。
ということは、当然、仮入部期間が終わりを告げる。
文芸部に入るのかどうかを三白夜さんは選択をする。
そして、今、その決定的な瞬間が目の前で起きようとしているのだ。
「――七不思議、そんな怖い顔して扉を睨むんじゃないよ……三白夜さんが入ってきたらびっくりしちゃうじゃないか」
「ん? 何を言ってるんだ。別に睨んでいないし、扉なんて一ミリたりとも見ちゃいない」
「はぁ……何を言ってるんだか」
放課後になってからもう十五分が経っていた。
三白夜さんはいつも人目を盗んで、友達に何とか理由をつけて別れてからこっそりと部室に来る為、いつも遅めに来る。
大体、4時半ぐらいに来るので、まだ来ないのは分かっている。
なので、緊張なんてしていないし、ソワソワなんてしていない。
僕はただ、何となく筆が進まないくて考えごとをしていた時に、たまたま扉を見る機会が多かっただけだ。
ふぅー……。
「……そういえば、落研、新入部員来なかったな」
そう言うと、塚本はにへらと笑って口を開いた。
「そうだねぇ。こいつぁ多分、今年で無くなるかもねぇ」
「……そうだなぁ」
多分、落研は落研で何かを抱えているのだろうと僕は思う。
あの日から僕はそう思いながらも、そのことについて詳しく聞く勇気を持っていなかった。
それを聞くことはまるで、落研という人物の裸をまじまじと見るみたいな、そんな感覚なんだと思う。
だから、僕は恐れているのだ。
疑問は持てど、その真相を聞くことを恐れるのだ。
……そんな感じで、そんなこんなで。
僕は働かない頭をどうにか動かして執筆のようなもの、書いては消してを繰り返す何も生み出さない作業をしながら時間を進めた。
そして、迎えた4時半。
当然、僕の手は止まっていて、何故か塚本の手も止まっていた。
静かな部室にて、聞き耳を立てる。
リノリウムをはじく音に敏感になりながら、心臓はいつもより速く動いている。
……キュトッ、キュトッ。
廊下の奥の方から、うち履きがリノリウムの床を踏む音が聞こえる。最近、学校全体にワックスがけを行ったらしいので、より聴こえる気がする。
窓の外から鳥の声が聞こえてくる。
心臓の音が聞こえてきてくる。
グラウンドの方から聞こえてきているであろう運動部の掛け声が聞こえてくる。
意識しただけで、色んな音があった事を思い出す。
キュトッ、キュトッ。
その足音は今まさに、部室の前を通り過ぎるか過ぎないかあたりに差し掛かった。
……?
だが、その足音は部室の真ん前で止まったまんま後に続かない。
(何が起こってるの?)
(ボクが知ったことではない)
アイコンタクトと筆談で塚本とコミュニケーションを取りながら、僕達は警戒していた。
今そこにいるのはいったい誰なのだろうか。
三白夜さんの可能性が一番高いだろうが、そうとも言い切れないのが今の現状である。
(なあ、塚本、声をかけてみてくれよ!)
(やだよ! 君がやればいいだろ君が!)
キュトッ、キュトッ……。
しばらく息をひそめていると、再び動き出した足音は来た道を戻るように離れていく。
「……誰だったんだろうか」
「今ならまだ、後ろ姿見えるんじゃないのかい?」
「確かに。確認するだけなら別に悪いことじゃないよな……よし」
いつ来るかも分からない、本当に入部するかもわからないシュレディンガーの新入部員にソワソワして、さっきから落ち着かなかったので、そのあまり意味を成さない好奇心に乗ることにした。
早速、僕はさっきまで誰かがいた入口の扉まで行き、あまり音が立たないようにゆっくりと引いて開ける。
そして、限りなく体を出す面積を小さくしながら、半身と右頭半分を出す。
確か、こっち側に歩いて行ったから後ろ姿だけでも拝めるはず……あれ?
足音の消えていった方向を見てみても、そこには誰一人いない殺風景の廊下がただ続いているだけだった。
「おかしい……どれだけ速足で歩いていたとしても、まだ廊下の半分ぐらいまでしか行けないはずなのに」
「きゃっ……!」
聞き覚えのある声が聞こえてきて振り返ると、そこには美しいおみ足があった。
健康的で絶対的美脚力を兼ね備えたその美しい足が、僕の顔のわずか数ミリ横ギリギリを掠めるように、とんでもない速さで通過していった。
「動かないでください! あと、今、絶対上向かないでください!」
下手な好奇心が己を殺すとは言ったが、まさか本当に、しかもちゃんと物理的に殺されかけるとは思うまい。
僕は指示に従い、下を向いた。
「……薄々分かっていたけど、こんなに予想を超えることが起きるとは思わなかったよ」
そのままの状態で恐る恐る教室に戻った僕は、アホ顔のにやけ毛……じゃなくてにやけ顔のアホ毛女にからかわれることとなったのだった。
「本当にごめんなさい! 反射的に足を振り上げてしまって……当たらなくて本当に良かったです」
「いや、大丈夫だよ。こっちこそ、謎に物音立てないようにしていたのも悪いからね」
「ボク達もしかしたら忍者になれるかもね」
「……なれないよ」
茶番のような一段落を終えた僕達は、三白夜さんの入部歓迎会を開くことになった。
そう、三白夜さんは文芸部に入ってくれたのだ。
初めての後輩。
その存在は、部長というものの責任感をより押し上げるもののような気がする。
「ところで、このお菓子ってどなたが持ってきて下さったのですか?」
「塚本と僕だよ」
「そうなんですね! ありがとうございます。……あの、これはもしもの話で恐縮なのですが……私が文芸部に入部しなかった場合って、このお菓子はどうなっていたのでしょう」
「それはまぁ……僕の胃袋の中に納まってたんじゃないかな」
「いやいや、ボクの胃袋に入る予定だったはずだよ」
謎に張り合ってくる塚本。
「いや、そう張り合うな。もしそうなっていた場合は、好きなものだけ取って後は平等に分け合っていただろうから、どっちかが独占するなんてことは多分無い」
これは大事で良い文言なので、二回ぐらい言ってもよかったがそれはさすがにくどいので止めておく。
「七不思議先輩……いや、部長! いやでも、先輩は部長であって先輩でもあるから……部長先輩、うん。部長先輩は優しいですね!」
突然、後輩に変なあだ名をつけられた。
というか、部長って呼ばれるのも分かるし、先輩って呼ばれるのも分かるけど、その二つで迷った挙句、なんで混ぜちゃったの?
「いや、七不思議さんよ……その考えはちと甘すぎやしませんかい?」
「部長先輩」という謎な呼び名にツッコミを入れようとしたけど、それを言う前に塚本が口を開いてしまった。なので、どうやら僕がその呼び方を甘んじて受け入れた、という形になってしまったっぽいです。はい。
「甘すぎるって……どういう事だ?」
「ふっふふ、そのお菓子の袋を裏返してみたら分かることなんじゃないでしょうかね?」
その言葉の意味を理解できないまま、言われた通りに裏返す。
津■■菓■■本■。――ハ■■■■■、■■■済み。
そこには、戦後の検閲済み教科書みたいな感じに仕立て上げられた、成分表記が載っていた。
「うわっ、なんだこれ」
「……? 部長先輩、何個か塗られてない文字がありますよ」
確かにそこには、意図的かどうか定かではないが、所々塗られていない文字があり、それは他のお菓子の袋も同様になっていた。
「津、菓、本、ハ、済み。……つくわほんはちすみ?」
「どう頑張ってもそんな読み方はしなくないですか……。これを誰がやったかを考えてください」
「ごめんごめん、わざとだ。これはどう見ても、どこから見ても、つかもとはずみと読めるだろうな」
そう言って、それを書いた本人の顔を見る。
「ほらね?」
「何がほらねだ。一体、いつの間にこんな工作していたんだ」
「今日の昼休み、七不思議の鞄が不自然に膨らんでたから気になって覗いたら、たくさんのお菓子が入ってるっていうもんだから、びっくりしちゃって。だから、そのついでに書いておいただけだよ?」
「
「別に変なものが入ってるわけじゃないんだろう? いいじゃないか。これは、ボクからのサプライズだよ。サプライズ!」
猫のじゃれ合いみたいな、喧嘩に満たない口論を見て三白夜さんは「仲良しですね……羨ましいです」と小さく呟いた。
「なーに、三白夜さんだって七不思議に対して軽率にいたずらしていこうぜ! あ、そうだボクにいい案があるんだけど……」
「やめろやめろ! 後、こういうのは本人がいるところで相談するものじゃないだろうが」
厳かな雰囲気で始まった歓迎会は、案外、賑やか雰囲気になっていた。
大団円……とまでは行かずとも、僕の中では及第点を大きく超えていったと思える。
しかし、これは始まりに過ぎない。
だけど、だからこそ頑張りがいがあるってものあろう。
何事も。
だからここは、謙遜も込めた小団円ということにしよう。
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