【肆】
「号外だ! 号外だー!」
この学校で、朝から騒ぎまわる小動物と言えば考えるべくしても一人しか思いつかない。
そう言い切ってもいいぐらいには有名な女子生徒が存在するこの学校は珍しいか否か。
比較できないので判断できないが、個人的な感想を言えばこんなのが何人もいては堪らないだろうと僕は思う。
新聞部部長、
人呼んで、地獄耳のコソネズミ。
または、低身長おかっぱ丸眼鏡元気っ子ロリ。
彼女のその噂を耳にするアンテナの高さと、不明瞭な事案に対するリサーチ能力は他の追随を許さぬ所業であった。
だから、それを面白コンテンツのために使えばよかったものを、彼女は悪事や正義執行のために使っている……という噂らしい。
その最たる例が『週刊学内新聞』である。
なお、新聞と名を関しているが、実のところは特定の掲示板に定期的に掲載される一枚の画用紙が主戦場である。
そして、稀に大きなニュースとして手に入れた情報を素早い作業でまとめ上げて掲載するのが、号外として出されるこの新聞ということである。
朝一でそれを掲載すると、「号外だ!」とあちらこちらで触れ回って、生徒たちの関心を引くのがいつもの算段であった。
これが社会人だったら全然関心の持ち方が違っただろうが、感度高めの年頃達がわんさかいるというのがこの高校という名の魔境である。
ゴシップ好きの女の子もたくさんいるだろうし、面白半分で見に来る人も多いだろう。
それ故に、学校内でもわりかし好評だし、いろんな情報は新聞部に集まってくる。
それに、部長の可愛らしい見た目とキャラクターが相まって支持されているのもあるのだろう。
カワイイは正義とはここに極まれり。
そういう僕はというと、そう言った事件とかニュースに興味が湧かないので、あまり自分から見に行ったりすることはない。
それでも、学校特有の風の噂とやらの力は凄まじく、こんなボクの下にさえ届くことが多々ある。
そして、今日もその例に違わず僕の耳にあるうわさが飛び込んできた。
「どうやら、三白夜さんが
あの、とは失礼な。
なんて、とぼけた感じで言っている場合ではない。
今のこの事態は、三白夜さんが危惧していたことそのものであった。
しかし、このことと朝から走り回っていた新聞部とが、関係あると考えるのはまだ早計だろう。
僕はこの目で見たことしか信じないタイプの人間だからな。
なので、僕は自分のその足でその掲示板へと行って確かめることにするのだった。
特別棟二階にある新聞部の部室、その付近にある廊下に緑色の掲示板が見える。
これが例の掲示板だろう。
そして、そこには確かに号外の小さな画用紙が貼ってあり、色んな話題が色とりどりに書かれていた。
そして、そんな中に小さな文字で、
『発覚! どの部活に入るのか期待されていたS氏、文学部へと入部していたことが分かった!』
と書かれているのを見つけた。
名前は辛うじて明言されておらず、なけなしのプライバシー保護がなされていた。
そして、大見出しは別の話題がでかでかと書かれていた。
『全部活にて時計が二十分ずれるというポルターガイスト現象が多発! 我々は急速な原因の解明を急いでいる』
あぁ、そういえば、そんなこともあったな。
あれ、いろんな部活で起こってたんだ……。
あとその他にも、『怪物類研究会が新種の生物を発見』とか『総務委員会が学校の七不思議募集中』とかそんなことが書いてある。
今はそんなことより。
三白夜さんのことを大々的に書かれていないところを見て、僕は少し安心した。
あの様子であれば、多少噂になることはあれど、今すぐに爆発的な影響を及ぼしたりすることはないだろう。
慌てた心に平穏を取り戻しながら、部室へと向かう午後4時4分。
僕は油断していた。
この掲示板と三白夜さんという組み合わせが、どんな化学反応を生み出すのかを考える余地もなかった。
そして、それを実感することとなるのは、もう少しの未来である事を僕はまだ知らない。
遠くから見ても大盛況なあの教室はどこだろう。
もしかしたら、間違って人気ラーメン店があそこに開いちゃったのかなって具合の人だかりである。
階段を上って、長く伸びた廊下の奥に見えるそれは、あまりにも異様な光景だった。
ここまでとぼけたけどあの教室は紛れもなく、文学部と落研の部室で間違いないだろう。
そして、多分、僕が遠回りをして自販機でネクター缶を買う前に、鍵を持って部室まで行っていたらあれに巻き込まれていただろう。
はぁ……。
この規模は、予想外というか予想をはるかに上回っていったというか……。
あれは近寄りがたい。
部活動は仕事ではないけれど、業務妨害で訴えられるレベルだろあれは。
うーん……こうなったらあれだ。
緊急時に集合する場所と言ったら僕らの共通認識では一つしかない。
塚本にはもうばれているというか、把握しているだろうからいいとして……後は、今すぐに取れる連絡手段のない三白夜さんにどう連絡するかだが……。
――という心配も想定の範囲内だ。
予想外の規模ではあったが、こうなることは想定内であったということ。
それすなわち、備えあれば患いなしと考えた過去の七不思議さんが、仮入部時に緊急避難場所ということで、何かあった時の為に教えていたのだ。
……いや、普通に連絡先交換していたらメッセージ送るだけで済んだんだろうけど、臆病な僕はまだ交換えきていないので、それはまた別の問題ということで。
そして、僕は階段を上る。
さて、久々に行く屋上は果たしてどうなっているのだろうか。
二つほど階段を上って、屋上まで通じているドアの前まで来ると、そこには段ボールとか雑誌とか机と椅子などの乱雑な山があった。
うーん、何というか荒れてるなぁ。
多分、入学式とかクラス替えとかの、ごたごたした時時に一旦置いておいた物を戻し忘れたり、置き場がなくなってしまった物の墓場になってしまったのだろうか。
これはこれで好都合。
このことによって、下側にある横に細長い窓、という名の隠し扉を上手くごまかせる。
別にこの山がなくてもばれていなかっただろうけど、偶然の産物を利用しない手はない。
僕は
「……よっと」
外は晴れていて、春の日差しが温かく全身を包む。
「おー七不思議、遅かったじゃあないか」
「部長先輩お疲れ様です!」
屋上に出ると、コンクリートが出っ張っていてちょっとした屋根みたいになっている所に、二つのベンチをL字型に置いてそこに座っている二人の姿があった。
「……あれ?」
僕の知らぬ間にベンチが一つ増えていた。
「あぁ、これね。これ、扉の前の所に置いてあったから勝手に拝借してきた」
何という手際の良さ。
いや、手際はいいけど手癖が悪すぎる。
「部長先輩、大丈夫でしたか?」
三白夜さんは心配そうにそう言った。
「大丈夫ってなにが?」
「部室の前の状況がああなっていたので、質問攻めになっていたり嫌なこと言われたりしてないか不安で……」
「あぁ、それなら大丈夫だった。あと、別になんか言われても気にしないよ」
「そんなこと言わないでください。例え本当に部長先輩が気にしないとしても、私は絶対に悲しくなります。なので、嫌なことをされたら絶対に私に言ってください! そしたら私がその方とお話をしに行きます!」
そんなこと言われたら余計に言いにくいけど、三白夜さんなりの優しさということで受け取っておこう。絶対に言わないけど。
「まぁまぁ、とりあえず座ったらどう?」
ベンチに座るよう促してくる塚本。
「あぁそうだな。とりあえず落ち着いてから考え――」
目の前にはベンチが二つ。
そして、その両方どっちとも座られている。
「早く早くー!」
その笑い方と言い方は分かってて言ってるなぁ? こいつ……。
選択肢はいくつあるだろうか。
一つは両ベンチの両端に座ってもらって、僕が真ん中に座って、左右を見ながら話すパターン。両手に花スタイル。
一つはお二方共、片側のベンチに座ってもらって、僕がもう片方のベンチに座るパターン。俺ガイル風方式。
そして、最後にそこら辺で見つけた段ボールを見繕ってそこに座るパターンだ。これは顔を突き合わせて話せるという利点がある。
そして、そのままの状態でどっちかのベンチに座る、というパターンはハナから却下されている。
「うーん……」
どうするか決めかねていると、三白夜さんはハッとした表情をして口を開く。
「すみません! 部長先輩が座る場所がありませんでした……」
「えっ、あー僕は全然大丈――」
「私の膝の上に乗りますか?」
「「え?」」
僕と塚本は同時に声を上げた。
いやいや、これは多分、運動部かなんかの声と混ざって聞こえてしまった、空耳かなんかの類だろう。ひどいタイプの聞き間違いだろう。
「私のお膝はお嫌いですか?」
やっぱり聞き間違いじゃなかったらしい。
「三白夜さん? 悪い冗談はよしてくださいな。こちとらただでさえ評判の悪い男子高校生ですよ? これ以上怪しい動きをしたら休学しちゃう危険性あるアルヨ?」
「あっ、確かにそうですね。私、すっかりそのことを失念してました。すみません……」
冗談だったっぽい。
「分かってくれたならよかっ――」
「じゃあ、私が部長先輩の膝の上に乗りますね!」
ニコッと笑っていながらもその目は
その目の座りようは、もはや怖さすら感じた。
もしかしたら、その目の黒い部分はただ黒じゃなくて、何か執念みたいな深い闇みたいなものでできているのかもしれないと思った。
「三白夜さん、七不思議をそんなに困らせないであげて……彼はこう見えても臆病な人間なのよ」
その言葉は助け舟だということを理解するのに時間はかからなかった。
「そんなこと言うのはよせやい!(棒読み)、ということでそこら辺から段ボール取ってくる」
僕はこうして難を逃れた。
だけど、段ボールを取りに行っている間に三白夜さんが、「冗談じゃなかったのに……」と小声で言ったことを、僕は知らない。
……そういうことにした。
こうして、かくかくしかじかあった末の対策会議が開かれることなった。
司会進行は僕、七不思議。
そして、解説の塚本さん。
あと、三白夜さんは……まとめ役かな。
「ということで、文芸部落語研究会合同、第一回対策会議を始めます!」
「はい!」
「はーい」
各々が各々の返事をしてこの会議の合図となった。
「では、まずは現状の把握から参りたいと思います」
ガラガラガラ……。
背後から何かゴソゴソ物音がすると思ったら、塚本がキャスター付きのホワイトボードを押して持って来ていた。
「こんなのもあったよー!」
……褒められる所業ではないが、今の状況を加味した結果、僕の中で不問となった。
ということで、僕は早速ホワイトボードを使いながら会議を進めていくことにした。
「こほん。まず、現状と致しましては、僕と三白夜の所属する文芸部においての秘密が公の事実に
二人共静かに頷いた。
「そして、今その真相を聞こうと思った生徒たちが、僕らの部室の前をウロウロ徘徊しています」
ということは、要するにこういうことだ。
「みんなの心の片隅には、『あの学校のアイドルである三白夜さんが、あの悪名高き「えろどーじん野郎」の所属する文芸部に入っているかもしれない! そんなの噓だ! 絶対許さない!』となっているということになります」
「そんなアイドルだなんて……ふふふ」
「三白夜さん?」
「あ、いや、ナンデモナイデス」
最近の三白夜さんのあか抜け具合が、指数関数的に増加している気がするが、それはただの杞憂だろうか。
まぁ……いいか。
「……なので、このままだと明日には三白夜さんの周りに群がるような人だかりができると予測されます」
塚本はあからさまな表情で眉をひそめた。多分、塚本は沢山の人がいる場所とか空間があまり得意ではないのだろう。
「それはあまりにも三白夜ちゃんが可哀想すぎるなぁ……」
「そうだ。だから、我々は早急に手を打たなければならない。あと、三白夜さんが文芸部に入ったという情報は、まだ噂レベルで留まっている。なので、それを解消できる案を求むということだ」
「はいはいはい!」
元気よく手を挙げる塚本。
「はい、塚本さん」
「これは自分で言うのも何なのだけど名案だ!」
「なんだ! 聞かせてくれ!」
「――三白夜さんが落研に入るっていうのはどうかなと」
至って真顔でそう言った。
「だって、そう言ってしまえば簡単に説明付くし角も立たない。新聞部のでたらめな情報も変な真実味が相まってより説得力が増す……そうだろう?」
塚本はキメ顔でそう言った。
それを聞いて、僕は全く持って反論のハの字もなかった。それが一番簡単で正解に近いものだと一瞬で思わせられた。
「……三白夜さんがいいならそれでもいいと僕は思う」
それを聞いた三白夜さんは、ベンチからゆっくりと立ち上がり、穴が開くような強い視線で僕の目をギュッと見つめて、
「私は文芸部を辞めません。……もしかしたら、そのせいで部長先輩に迷惑がかかることもあるかもしれませんが、そうだとしても私がどうにかします!」
彼女は静かに、だけど芯の通った声ではっきりとそう言った。
塚本の表情は変わらず、眉一つ動かなかった。
「あ、いや、ごめんなさいそういうつもりじゃ――」
「七不思議~?」
「なんだ」
「マジでこの娘欲しいんだけど」
「うーん……」
なんて言おうか悩んだが、ここは僕らしくない一言を言おうか。
「ダメだ。この新人は絶対に渡さない」
「ケッ! お前は心底、羨ましい恨めしい奴だ」
僕はまだ、三白夜さんが何故こんなに文芸部というものにこだわっているのかいまいち分かっていなかった。
だけど、その言葉を三白夜さんの口から聞いた時、僕は思った。
文芸部に入ってよかったと。
「先に駄案を言っておくと、このまま部室を屋上にするっていうのがありまして、これは、このまま屋上を使うことになると、漫画化とアニメ化したときに作画コストを割きやすいからという、都合上的にこのままであってくれと願う奴の静かな圧力の賜物案だ」
「えっと、それを聞いて私は、何と答えればいいのでしょうか……」
「いや、ただ言ってみたかっただけの没案だからそんな気にしないでいい。忘れてくれ」
聞いてもらった通り、会議は難航していた。
遭難しそうなんですか? そうなんです!
……僕の頭も混乱していた。誰か頭に軟膏塗ってください。
「それで結果的に今、何個案が出たのでしたっけ?」
「今はえぇっと、一個……かなぁ」
「それはまずいかもですね……」
「しかも、その一つはさっき三白夜さんに取り消されたので、今はゼロ……だね」
「それは……本当にまずいですね」
というか、そんな急ピッチで何か案を出せと言われて、出せる方が凄いだろう。
そんな感じで、未だなんの解決策も出ていないのが現状である。
このままいくと、明日になって、予想よりも噂になっていなくてただの杞憂だったということになるのを祈るしかなくなるだろう。
「一つ案があるんだけどいいかい?」
ここでさっきまでずっと無言で考え込んでいた塚本が口を開いた。
「なんだ?」
「これって今は、新聞部がそれっぽい書き方で学内新聞に掲載しているからこの状況になっているんでしょ?」
「あぁ、その可能性が高いな」
「だったら今から新聞部の部室に突撃して行って、その事実確認をしに行くのはどうかな」
「突撃ってお前……そんなことしていいのか? なんかの罪になったりしないのか?」
「だとしたら、もう向こうが最初に業務妨害みたいなこと吹っ掛けてきていることになると思うんだけど」
「いや、確かにそれはそうなんだけど、でもそれは……」
それをするにあたって、もっと噂が広がるんじゃないかとか、自分から認めに行っているみたいなものじゃないのか、という懸念があった。
「それが不安なら三白夜さんは先に帰ってもらって、君と僕の二人で行こう。ボクは同じ部室の利用者として行かなくちゃだし、君は文芸部の部長だからね」
三白夜さんはやるせない顔をして下唇を嚙んでいる。
「……分かった。行こうか」
「よしきた! そんじゃあ行こうか!」
「三白夜さんは気を付けて帰ってください。僕達はいってくるので」
「はい。その代わり、私から手伝えることがあったら何でも言ってくださいね。お願いします」
「ほんとに? それじゃあお言葉に甘えようかな……」
程なくして。
僕は三白夜さんに簡単なミッションを課して、塚本と一緒に屋上を後にした。
さぁ、始めようか。
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