タイトルからは予想できないほど素晴らしい、一匹の猫の『人生』物語

8時になると人から猫へ、猫から人へと変身してしまう記憶喪失の主人公が、女子大生に拾われて共同生活をする……というサブタイトルやあらすじを見て、最初は「可愛いヒロインが出てくる美少女ゲームや、ちょっとHな展開もあるラブコメラノベみたいな内容なのかな」と想像しました。
しかし蓋を開けてみると、実際は全く違う内容でした。それでいて満足いく読後感を味わえる、良い意味で予想外・想像を裏切られる作品です。

『ハチ』と名付けられた主人公が『昴』と出逢い、共に暮らしていきながら「なぜ猫になってしまったのか? 過去の自分は何者だったのか?」を探る、ミステリーテイストも含まれるお話でした。
少しずつ距離が縮まり、温かな感情が芽生える二人。かと思えば『魔女』との対決では緊迫する場面が続き、全ての真実が発覚した後には『人生とは、己とは』というテーマが、深く心に沁み入るストーリーとなっていました。素晴らしい完成度です。

『人が猫になる』という部分はファンタジーですが、論理的に物事を考える昴や、見ず知らずの女子に世話される葛藤を抱えるハチの心情、周囲の人々の対応などは、どこまでもリアリティに溢れています。
まさに『現代ファンタジー』のジャンル名に嘘偽りない、一人の青年のドラマです。私が今までに読んだ同ジャンルの作品で、一番『現代のファンタジー』をやっていたと思います。感銘を受けました。

惜しい点といえば、冒頭にも述べた通り、サブタイやあらすじがキャッチーすぎる部分かなと。
素敵な現代ドラマであるのに「あぁ、男の願望が滲み出てるオタク向けの作品ね」と勘違いされて嫌厭されたり、逆に「猫になって女子大生とドキドキ甘々な生活してぇ~」と願う層からは「なんか……思ってたのと、期待してたのと違うな」と取られるリスクを孕んでいます。

しかし、そのミステイクを補うのも読者レビューの役目でしょう。
猫になって女子大生とのHなハプニングがあるような、ライトな共同生活モノではないです。どちらかというと一般文芸寄りです。
しかし読めば必ず――とある青年が猫となったのをキッカケに、人生を見つめ直すまでの姿に――『何かしら』を感じることができる、綺麗にまとまった良作の読書体験を味わえます。オススメです。

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