第8話剣闘剣技会

 この国では剣闘剣技会というものが月に一度開催され、大いに国全体を賑やかにする。


 己が選んだ武器を携え、同じく武器を持つ相手と格闘技や剣技を競い合い、国一番の勇士を決める。


 その熱い戦いに熱狂するのは競技者だけではなく、観戦している国民も多いに熱狂する。自分の好きな勇士の格好良い姿を見たい者や自分の家族が参加していてそれを応援する者などが力を入れている。多くは純粋に戦う勇ましい姿を見ている。


 弟様もここに勇士の一人として参加しており、勝利を重ねていた。



 しかし、この剣闘剣技会は純粋なものだけではない。


 表立ってはやっていないが、彼らの試合を食い物にしている奴らがいる。そう、闇賭博として。


 やっていることは単純だ。勝手にオッズをつけてこっそりと一部からお金を集め、結果に合わせて支払う。元々人気が合ったものに簡単な方法でお金をかけれるためそれなりの人数が多額のお金を動かしていた。本来の意図よりもそちらの賭博の方がメインとなるぐらいに。



 だからいけなかったのだろう。


 ご主人様の弟様は強く勝ち続けたから、狙われた。賭博の胴元に。



 弟様は無敗の若きエースであった。当然、オッズは低いのだが毎回勝つため、胴元は弟様が出る試合では必ず赤字を出していた。当然、胴元はそんな事を素直に見過ごさなかった。


 まずはランダムで決まるはずの試合相手を不正して世間で強いと噂されている男と対戦させた。弟様を絶対に倒すようにと国で禁止されている薬物まで使い、その男の体を強化した状態で。


 しかし、弟様はそんな男にも余裕を残して勝利を収めた。試合後に胴元はその男を誰にもバレないように処分した。その後も胴元が国内外から招いた強者と対戦させた。しかし、弟様はそんな相手も難なく倒した。



 次に胴元は弟様に直接交渉をした。八百長試合をすることを。


 巨額の金、権力、絶世の美女と普通の男が求めるものを胴元が用意するから、あえて試合で負けて、その試合で引退するように秘密裏に交渉した。


 だが、弟様はそれらを全て断り、胴元の要求を一切呑むことは無かった。胴元もなんとか試合から外したく、金額や女の人数を増やしていったが、弟様が首を縦に振ることは最後までなかった。


 そのため、弟様がでる試合は賭博なのに必ず賭ければ儲かるというものになってしまった。そして、いままで誰も成し得なかった"覇者"という絶対的な地位にたどり着くのも目前となっていた。この"覇者"というのは十回連続で剣闘剣技会で優勝するもので、弟様の小さい頃からの夢であり、この剣闘剣技会自体の本来の趣旨であり、剣闘剣技会を終わらせるものだった。




 だからこそ胴元も最終手段をとるしかなかった。弟様を確実に試合に出させないようにするために。この儲ける仕組みをなくさせないために。




 こんな風に胴元サイドが不穏な空気を出している時、本当に運が悪いことにご主人様は長期で違う国に商売のために出かけていた。もしもこの時にご主人様がこの国にいれば、胴元サイドの情報を察知してあんなことになることを避けれたことだろう。もしくは、弟様に試合に出ることを辞めさせていただろう。


 だが、その"もしも"はただのもしもで終わってしまった。




 それは良くある日のことだった。弟様は恋人と街で夕飯を食べて、恋人を家に送ろうとしていた時だった。普段はお酒に強い弟様だったが、なぜかその日は食事を終える頃にはだいぶ酩酊状態で少しフラフラとしたような感じの歩き方になっていた。


 きっと今日は姉であるご主人様が長期の外出から帰ってくるから、それが嬉しくて高揚して酔いが早く回ってしまったとその恋人に言っていた。


 そんな風に気分も良く、楽しい時間を過ごしていたからだろう。迫りくる魔の手に弟様は気がついていなかった。


 帰り道の途中、薄暗く誰もいない通りを弟様たちが歩いている時にそれは起こった。


 正面の方から黒ずくめの男が歩いてきた。その男が弟様に向けて何かを投げた。酩酊状態でいつもよりだいぶ反応は遅いがそれを避けた弟様。その瞬間、弟様たちの後ろから別の黒ずくめの人物が現れて、恋人を後ろから羽交い締めにして、首元に刃物を突き付けた。


 いつもの弟様であれば、投げつけられた物も後ろから忍び寄る人物もすぐに気がつき、撃退していただろう。だが、酩酊状態では上手く体が動かなかった。


 黒ずくめは低い声で言った。


「動くな。動くとこの女を殺す」


 弟様は恋人を取り戻そうと動きだそうとしていたが、急停止した。




 その瞬間、最初に何かを投げてきた黒ずくめが弟様に忍び寄り、二本の刃物を弟様の両ひざに突き刺した。




 苦悶の表情を浮かべる弟様。そこで黒ずくめはさらに言った。


「二度と剣闘剣技会に参加するな」


 弟様はおそらくその瞬間に、これは胴元が仕掛けたことだと理解した。それと同時にこの通り言う事を聞けば、恋人の命が助かるということも。


 弟様は自分の夢を捨てることは辛いが、まずは恋人の命が最優先だった。すぐにその言葉に従おうとした時、更なる不運に見舞われる。




 今日、帰ってくるはずのご主人様がすぐそばで弟様を見つけてしまった。




 ご主人様はこの国に帰国早々、弟様と会うために屋敷で待たずに弟様と恋人を探しに歩いていた。弟様が恋人を家に送ることを知っていたので、その通り道に向かっていた。久しぶりの再会を楽しみに。それに、ちょっとしたイタズラ心でその二人を驚かせてあげようという気持ちで。二人へのお土産を持って。


 だから、ご主人様が弟様が襲われている姿を見て助けようと、無意識に黒ずくめの方に走って立ち向かうとしたのは無理もない。


 もちろん、格闘経験の無いご主人様は無我夢中で黒ずくめの方に走ってぶつかる気であったのだろう。だが、黒ずくめの方は任務を妨げる者を許しはしない。他の投擲用のナイフをご主人様に向かって投げようとする。


 それに気がついた弟様は動けないはずの両足をなんとか動かして、黒ずくめとご主人の間に入るように駆け出した。そうして投げられたナイフ。そのご主人様に向けて進んでいく。


 ご主人様曰く、その瞬間はゆっくりと時が進んでいたらしい。相手がナイフを自分に投げることを分かっていたが、自分は弟様の方に向けて走ることしかできず、避けることはできなかったと。




 直後、ご主人様は自分を庇う弟様の姿と弟様の心臓に突き刺さったナイフを見た。おびただしい程の血を流しながら弟様は、それでも倒れずにご主人を守る形で立っていた。




 それを見た黒ずくめ達はすぐに消えて、ご主人様と恋人は弟様に駆け寄った。その怪我はもうすでに致命傷で、すぐにでも何かしたいとまずい事は明白だった。


「レオナルド! しっかりしなさい、レオナルド! 今すぐ手当して、助けるから! レオ、レオ!」


 ご主人様が必死に叫ぶ。それに弟様が力を振り絞って喋る。


「うっ、ぐっ、ふ、ふたりとも、怪我はないか?」


「喋らないで! 貴方はいいから黙ってなさい!」


 ご主人様が止血を試みるがまったく止まらない。そうして弟様の体が冷たくなっていく。そんな弟様は恐らく自分の状態を理解したのだろう。


「二人とも聞いてくれ」


「いいから、黙ってなさい! 喋らないで! すぐに血を止めるから無駄に体力を使わないで!」


 ご主人様と恋人は泣きながら血を止めようとする。


「お願い、ふたり、とも。きいて、くれ」


 それでも弟様は話す。


「ふ、たり、とも、いまま、で、ほんとうに、ありがと、う。おれを、あい、してくれ、て、ありがとう。おれ、も、ふたりをあいし、てる」


 もう弟様の声はかすれてほとんど聞こえない。そうして、弟様は笑顔になった。


「ねえ、さん。おかえ、り」




 それ以降、弟様が言葉を紡ぐことは無かった。彼の"覇者"になるという夢はここで潰えた。




 後日の調査で分かったことだが、夕飯を食べた料理とお酒の中に酩酊しやすい薬が大量に入っていた。胴元が店側にバレないように用意周到に仕込んでいたのだ。


 しかしそこまでやっていても、どれだけ情報を集めても、この事件の黒幕である胴元までつながらず、胴元を罰することができなかった。


 それから二年程、ご主人様は屋敷から出ることは無かった。

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